14、さて、首尾は?

 ヘレンガッセ通りからブルク門へ出ると、城壁の外側は深い谷になっており、タウバー渓谷が見下ろせる。

 石垣に座りながらユリアを待つヴァンを、通り過ぎる人々――主に女性が、ちらちらと視線を送っていた。黙って立っていれば絵になる男なのだ。

 メリルローザと面白半分で付いてきたグレンは離れた場所から様子を伺っていた。


「うーん、やっぱり彼は目立つね。僕ももう少し見た目が若ければなあ」

「叔父さまもじゅうぶん若々しいと思いますけれど。……というか、単純に年齢だけならヴァンの方が年上ですよね?」


 元々は大叔母のものだが、その前はどこにいたのかわからない。精霊というからには人よりも長い時を生きているのだろうということは分かる。


「精霊だから見た目はいくらでも変えられそうだけどね。でも、持ち主からすれば、おじいさんに血を吸われるってなんか嫌じゃないかい?」

「…………」


 ちょっと想像してしまった。若い女性の生き血を啜るおじいさん。……確かに、なんというかビジュアル的にちょっと嫌かも。


 微妙な顔をしたメリルローザに、グレンはあははと笑って流す。

 視界の先ではユリアがブルク門から出てきた。上気した顔でヴァンの元に駆け寄る。この距離から会話は聞こえないが、


「お待たせしてごめんなさい」

「いや、俺も今来たところだ(棒読み)」


 というやり取りをしているはずだ。女性は少し遅れてくるものだから、こう返すようにと指導したのはグレンだが、台詞の棒読みだけは練習しても改善されなかった(嫌々やらせているので当然だが)。


「昨日はメリルローザが失礼なことを言ってすまなかった。不快な思いをさせてしまっただろう」

「そうね、少し嫌な気分になったけれど……あなたが謝ることじゃないわ。メリルローザは昔からああいうところがあるから」


 心の中で二人の台詞をあてながら様子を見守る。すっかりヴァンの顔に魅了されているユリアを見ながら、グレンは「そこで手を握ればてっとり早いのになぁ」と呟く。当たり前だが、ヴァンがそんなことするはずもない。


「どうだい? 彼女、今日は持ってきているのかな」

「ええ。ポケットにあります。予想通りだわ」


 ユリアのポケットから見える黒いもやに、ヴァンも気がついているはずだ。家から持ってきているということはユリアはヴァンに相談するつもりで、あとはヴァンが優しい言葉でもかけながら預かればいい。


「若い女性との交渉はヴァンに頼んだほうがスムーズに行きそうだね」


 熱っぽく潤んだユリアの顔を見ながら、グレンが冗談めかして言う。


「……ヴァンが嫌がりますよ?」


 知り合って間もないが、彼の性格上そういうことを喜んで引き受けるタイプではなさそうだ。今回はメリルローザの知り合いの相手だから仕方がないと思っているだろうけれど……。


「そんなことないさ。君の命令なら彼は従うよ」

「命令って……」

「これまでだってそうだっただろう? もっと便利に使ったらいい」


 確かに、今回も文句は言いつつもユリアのところに行ってくれている。首から血を吸われるのが嫌だと言ったメリルローザの言うことを一応聞いてくれているし、従っていると言えなくもないが……。


「そんな風に道具みたいには思えないわ」


 ヴァンにも感情があるし、都合のいいように使うのは良心が咎める。メリルローザの顔を見ながら、グレンは見透かしたように笑った。


「ヴァンは大叔母と長く一緒にいて、だいぶ人間っぽくなってしまっているからねぇ。それでも彼は本質的にぼくらとは違う。そこを忘れてはいけないということだ」


 本質的にぼくらと違う。

 グレンはそう言うけれど、薔薇園で大叔母を偲ぶヴァンの表情はとても切なくて優しかった。――まるで、大切な恋人を亡くしたかのような、そんな表情だったのだ。


「それは、ヴァンと親しくしないほうがいいということですか?」

「そこまでは言っていないよ。ヴァンがいてとても助かっているし、持ちつ持たれつの良い友人関係であるべきだ」


 でも、とグレンは一呼吸置いて繋いだ。


「メリルローザ、君はまだ若い。僕がヴァンと契約させたのに言える立場じゃないけど、あまりのめり込み過ぎないようにね」

「……わたしが、彼に熱をあげるとでも?」


 それはグレンの考え違いだ。思いがけず大きな声が出てしまったメリルローザと、ユリアがこちらの姿に気がついてしまったのはほぼ同時だった。


 ユリアの顔が驚きから怒りに変わり、

「こそこそ覗いてたのね、最低!」

 と怒鳴るなりぱっと踵を返して走り出す。


「ユリア! 待って!」


 今日を逃したら、ユリアはメリルローザを警戒するだろう。意固地になった彼女が素直に会ってくれるとは限らない。


「ヴァン! 追いかけるわよ!」


 メリルローザは走り去るユリアの姿を追って駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る