13、忠告

「聞きたいこと?」

「ええ。最近、あなたの周りで、何か変わったことはないかしら」


 メリルローザの質問にピンとこないのか、「どういう意味?」とユリアが眉根を寄せる。


「その……、義父が心配していたの。レントリヒ子爵が持っていた品が、あなたの家にあったから」

「……特に変わったことはありませんけれど。……メリルローザ、あなたいつからオカルト趣味に目覚めたのかしら」


 メリルローザとヴァンの後ろにある、呪いの十字架のショウケースを一瞥しながら、小馬鹿にしたような顔をする。

 遠回しに言ってもユリアには伝わらない。メリルローザは単刀直入に聞いた。


「ユリア、あなた、子爵の持ち物を手に入れたりはしていないわよね」


 ユリアは一瞬ぎくりとした表情をして――キッと眉をつり上げた。


「何が言いたいの? レントリヒ子爵から譲って頂いたものはヒルシュベルガー家のものよ。どうしようがあなたに関係ないわ」

「ええ、そうね。でも、この間見せてもらった品以外にも何かあるはずなの。高価なものじゃなくても、ほんのちょっとしたものとかでも、ポケットに忍ばせたりしなかったかしら」

「わ、わたしが、お父さまの目を盗んで何か盗ったとでも言いたいの!? 言いがかりだわ!」


 憤慨したユリアが踵を返す。メリルローザは追いすがった。


「待ってユリア! その品、呪われているの!」

「……馬鹿馬鹿しい。そんなこと言って、わたしを怖がらせようとしているんでしょ」


 メリルローザを突き飛ばして、ユリアは言ってしまう。はあ、とメリルローザは溜め息をついた。交渉決裂だ。


「……まあ、ユリアが素直にわたしの言うことを聞いてくれるとは思ってなかったけど」

「……諦めるのか?」


 成り行きを見ていたヴァンに尋ねられる。いいえ、とメリルローザは顔を上げた。


「まだ、奥の手があるわ」



 *



 グレンと合流したメリルローザは、敢えて二人から離れた。


 出入り口でグレンを見つけたヒルシュベルガー士爵が挨拶をする傍らで、ユリアに近づいたヴァンがそっとメモを渡す。

 ユリアはちらりと折り畳んだメモに視線を走らせると、満更でもない表情をしていた。その様子を見届けて、メリルローザは遅れて二人に合流する。


「――それで? メリルローザはユリア嬢に一体何を渡したのかな?」


 ヒルシュベルガー家と別れたあと、グレンが可笑しそうに尋ねた。ヴァンが渡したメモの中身はメリルローザが書いたものだ。


「“さっきのメリルローザの非礼を詫びたい。明日の夕方、ブルク門の外で待っている。――ヴァンより”って書いておいたの」

「はあ?」


 何で俺の名前なんだとヴァンが文句を言った。ユリアにこっそり渡してきて、としか指示しなかったので、ヴァンも中身は知らなかったのだ。


「わたしが言ったって、火に油を注ぐだけだもの。ヴァンの顔で、『君のことが心配なんだ』とか言ったほうが、すんなり話を聞いてくれると思ったのよ」


 メリルローザは悪びれもせずに肩をすくめた。実際、ヴァンからメモを渡されたユリアも悪い気はしていなさそうだった。


「ああ、なるほどねぇ。でも、上手くやらないと余計に怒らせてしまうんじゃないかい?」

「明日、ユリアは絶対に呪われた何かを持って来るはずよ。サラスヴァティの涙でさえ怖がっていたもの」


 気味の悪いものを自分の手元に置いておきたいとは思うまい。ヴァンが『心配だから預かる』とでも言ってくれれば、ユリアもそれに乗って渡してくれるはずだ。


「じゃあ、明日はヴァンのお手並み拝見だね」


 グレンの言葉に、ヴァンは憮然とした表情で「俺の意思は?」と突っ込む。


「呪われたものを浄化するのが俺の役目であって、女を口説くのは業務外だ」

「誰も口説けとまでは言ってないわよ。大丈夫、台詞はわたしと叔父さまで考えるわ」

「……おや、私も参加かい?」

「こういうのは叔父さまの方が得意でしょう?」


 グレンが口説き上手かどうかは知らないが、メリルローザよりも口が回ることは確かだ。女性をいい気分にさせる言葉の一つや二つ、お手の物だろう。


「ね、ヴァン。力を貸してちょうだい」


 ヴァンの手を掴むと、ヴァンは眩しそうに目を細めてメリルローザを見た。


「……あいつと同じこというんだな」

「あいつって?」

「何でもない」


 ぷいっと顔を背けたヴァンが「失敗しても文句いうなよ」と冷たく言い放つ。

 メリルローザは、そんなヴァンの横顔を見上げた。


(……もしかして、大叔母さまのことを思い出したのかしら)


 薔薇園にいるときのような、ほんの少しだけ柔らかい視線。ヴァンが既視感を覚えるように、大叔母も彼に協力を頼んだことがあったのだろう。

 姿を重ねられたメリルローザは、そんなヴァンの様子に複雑な気持ちになったが、気を取り直してユリアのことを考える。


「じゃあ、ヴァン! 叔父さま!宜しくお願いね!」

「そうだねぇ……。まずは悩みを聞くふりをして手を握るんだ。親身になって相談を聞いてくれる相手には心を許しやすいからね。これは女性を口説く時の基本だよ」

「だから口説かねえって言ってるだろ!」


 ――なんだかんだでノリノリのグレンに、ヴァンが食ってかかった。

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