5. カッコーと底無し

こっちに引きずり込むほどの才能か、あっちに融通する器用さの、どちらかがないと芸術家は成功しない。


なんとなくそれを悟ってしまった俺は諦めた。賞をとるための指摘を、すべて無視する頑固者。制作はうんと楽になったけど、作家の道から外れてしまったとよくわかる。


「カコはどんな絵を描くんだ?」

「うーん、そうだね。…ここネットある?」

「スマホがあるけど」

「借りていい?俺のガラケーじゃ見れないんだ」

「自分のホームページでも持ってんの?」

「んー、たぶん英語で検索したら出てくる」


英語で?と首を傾げながらスマホを取り出し、Eiji Kako と打ち込んで、検索をかけてみる。一番に出てきたのはアメリカの有名な絵画コンクールだ。

トップページに載せられたグランプリの絵を見て口が勝手にぱかんと開いた。検索した名前は、その絵の中に誇らしく刻まれていた。


ぽとんと音がして、目をやれば自分の唾液がスマホに垂れていた。またドン引き状態で後ずさるカコも目に入る。


「え…これ?」

「うん」


いやいや嘘だろうと肖像を探せば、目の前にいる美少年とそっくりな日本人が迫力がある黒人の横で笑っていた。


「嘘だろ」

「そのサイトが一番に出るけど、その下のgalleryWHYのサイトのほうが他のあるよ」

「ギャラリーホワイ?」

「そこで絵を売ってるから」


促されるままに開いて見ると、一面アルファベットだらけのサイトに繋がった。しかしそこから先に進めなくなり、ギブアップしてカコに渡すと、暫くして作家ページのような画像一覧が見せられた。


「…すげえ」


海外に絵を売ってることよりも何よりも、次々と見せられるカコの絵に息を吐く。

どうしてこんな絵が描けるんだ?どの色も複雑な色味を含んで、灰色ですら微かな色を幾つも重ねた色彩の奔流に見えてしまう。画面越しで見てもわかるなら、本物はいったいどれほど…。


「カコ、本物見せて」

「見るだけならいいよ」

「よしっ!アトリエ行っていい?」

「コージも見せてくれたし、いいよ」

「うわー、すっげえ楽しみ」


カコの家を聞くと、ほんの数分歩けば着くような超ド近所に住んでいた。アパートを出て、コンビニのほうへ向かって、ポストのある角を左に曲がった筋の、手前から三軒目。

ここは俺が通う美術大学からすこし離れていて、休日に主婦や子どもの声がするだけの有りふれた住宅街だ。

大学近くと違って、芸術家が多く住みつくような味わいのある印象もまったくない。


だからこそ驚いた。こんなに近くにすごいやつがいるなんて。近隣にすごい画塾があったりもしない。聞けばカコの中学が特別美術教育に強かったりすることもない。


「完全に独学じゃん」


天才ってやつか。やっぱりいるんだな。表現は悪いけどどんな悪条件でも自然発生する雑草みたいだ。

運か、神様のイタズラか、遺伝子の突然変異か。少なくとも人為的に天才はできないはずだ。


「そうかな。会ったことないけど、父親は結構有名な絵描きらしいから」

「誰?」

「ナルキソウって名前」

「成木総!?俺、個展見るために東京まで行ったよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「いやいや…ってマジで?成木総の息子?」

「俺の母さんが成木さんの恋人だったんだ。籍は繋がってないし、母さんは生まれた時に死んじゃったから、会ったことはないけど」

「すげえ…そりゃ才能があるわ」

「どうなんだろ。でも確かに家には図鑑や事典よりも、図録がたくさんあった。学ぶ機会は多かったのかな」


そこまで言って、ふとカコが視線を落とす。それがなぜか何かに耐えるために身を守ろうとした動作に見えて、俺は話をやめてカコを見つめる。


褒めても喜ばないで困ったように笑っていたカコ。思い返せば、照れ臭さを取り繕っているというよりは、寧ろ苦しんでいたんじゃないかと思う。


カコは俺とは違うんだ。父親にも会ったことがないと言っていたし、いまも家で苦労をしているようだし。もしかすると俺は、カコの傷を抉るような悪いことをしたかもしれない。


天才とはいえ中学生だもんな。それも家出して他人のアパートに忍び込むような無鉄砲で、知らない大学生の家に上がり込むくらい世間知らずの未成年だ。


あれ、ちょっとカコの将来が心配になってきた。こいつ大丈夫か。もしかしてかなり限界なくらい、自暴自棄になってるんじゃないか。


「そういえば、カコはどうして家出したんだ?」

「え?」

「何があったんだよ。あんなに疲れて」

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