光と風の攻防

 射撃が命中したと見せかけて、離脱。回り込んで攻撃。ちょっとしたズルである。


 絵馬は咄嗟に片側のダガーを犠牲にして、〈雄風〉の側面へと移動する。相手はまんまと引っかかって乱射を始めた。


「まだまだだね……!」


 と、悪い笑みを浮かべるも、乱射はすぐに止まった。さすがに志之も空振りだということに気づいたようだ。


 でも、遅いよ。


 絵馬はスピードを保ったまま角を曲がり、〈雄風〉の姿を視認する。


 狙いは左腕の関節。全身の装甲は分厚くても、関節は可動域を確保するために守られていない。特に内側は。

 そこを重点的に損傷させれば、〈雄風〉最大の武器である瞬発的なパワーを削ぐことができる。


 絵馬は照準を使わない。体感的に武器を持ち上げ、銃口を向け、小刻みに連射する。それで大抵は当たる。

 だから、いつもの調子で〈雄風〉を攻撃する――


 はずだったが。


 棒立ちに見えた〈雄風〉がいきなり振り向いた。

 反撃される? 否、マシンガンの銃口は合っていない。合っていても先制攻撃で逸らす!


 サブマシンガンから迸ったマズルフラッシュが暗い道を照らす。

 相手の左腕に吸い込まれた弾丸は――


 かつーん、と。固い何かで防御された。


「ウソっ!?」


『何か』とは、マシンガンのストックだった。〈雄風〉はマシンガンを構え、左腕を守る盾にしたのだった。そんなことをするプレイヤーを、初めて見た。


 狙いがバレている。


 並大抵のプレイヤーは気づかないまま倒されるというのに、佐伯志之は気づいたのだ。

 キャリアが短いのに。グループBじゃこんな駆け引きしないだろうに。そういう判断ができる。やっぱり普通じゃない。


「あはっ」


 絵馬のテンションが山頂へと駆け上がっていく。

 試合はまだまだ始まったばかり。あちらは残弾を消耗し、こちらはダガーを一本失った。だからって勢いを失うことはない。


「……でしょ!?」


 今度は〈雄風〉が自分を追いかけてくる。


 絵馬は彼を引き剥がそうとするが、それにはもう少し距離が必要だ。

 緒戦と入れ替わり、絵馬は〈クラウ・ソラス〉を後ろ向きに走らせながら、〈雄風〉に対して迎撃を行う。


   〇


「開幕から熱いバトル! が、繰り広げられております! 六条さん! ふたりとも勢いがありますねえ!」


 実況席では、鳴戸が身を乗り出し気味に画面を見ている。フィールドで起きていることを見逃さないよう、必死のようでもある。


 それは六条も同じだ。

 絵馬・ルゼットからは具体的な作戦を聞いていない。彼女は教え子だが、解説という立場上、フラットなコメントを出さなければならないからだ。


 状況に応じて、両者がどういう考えで動いているのか、自分の経験から予測し、視聴者に伝える。それが六条の仕事である。


「〈クラウ・ソラス〉は曲線を描くように、〈雄風〉は直線的に移動しているのが見て取れますよね。さらに注意深く見ると、ストレートでは〈雄風〉が〈クラウ・ソラス〉に距離を詰めています。それがカーブになると、〈クラウ・ソラス〉が〈雄風〉との距離を離しています」


「えっと……あっ、確かにそうですね!」


 現在の状況は、〈雄風〉が〈クラウ・ソラス〉を追跡しているところだ。


「これはハウンドの性能差が出ているのでしょうか、六条さん」


「そうですね。〈クラウ・ソラス〉は速度の加減を適宜てきぎ行っているのに対し、〈雄風〉はカーブ時にブレーキをかけてしまっています。これはハウンドのコンセプトの違いなのですが、プレイヤーの技量差もあると思います」


「佐伯選手はまだまだテクニックが足りないと?」


「いえ、もちろん操縦技術は高いですよ。頂上決戦においては、細かい部分で差が出ているに過ぎません。しかし、先ほどのルゼット選手の攻撃、佐伯選手は弾道を読んでマシンガンを盾にしています。やはり、要所要所での行動力が素晴らしい」


「えっ、盾……?」


「二分前のシーンです」


 カメラに映らない範囲のスタッフが、サブホログラムにリプレイを表示させる。


「あっ、本当ですね!? ルゼット選手の弾道ぴったりに佐伯選手も銃身を合わせています!」


「佐伯選手は見切りが速い、ということはいつかの試合のときにお話ししました。こういうところに出るんですねえ」


 六条はしみじみと呟く。


 世界には、こういうプレイが可能な人間も少ないながらもいるという。天才や頭脳派とは異なる、生存本能に長けた人間が。


「それにしても六条さん。今回の試合は……目まぐるしいですね?」


「両者とも、嗅覚が鋭い。攻守が頻繁ひんぱんに入れ替わるので、まあ、観る側としてはとても楽しめる組み合わせだと思います」


 画面では、〈クラウ・ソラス〉の牽制射撃に〈雄風〉が防御姿勢を取る。

 その瞬間、〈クラウ・ソラス〉の狙いはガードの薄い部位への集中砲火へと切り替わり、〈雄風〉は被弾しないように飛び退すさった。


 数秒のスイッチングである。


 大抵の試合で、接敵後はそれほど距離を開けずに交戦するものだが、このふたりはフィールド全体を使って離脱と追撃を繰り返すつもりのようだ。


〈クラウ・ソラス〉が用いているサブマシンガンの利点は取り回しが容易なことだけではない。マガジンが軽い。よって、多くの予備マガジンを持ち運べるのだ。

 装甲の下にマガジンホルダーが設けられていて、サブアームでマガジン交換を行えるようになっている。


 無論、長時間戦える装備ではない。

 いつまでも続くように思える輪舞ロンドにも、いつかは終わりが訪れる。ゲームは次の展開へと進む。近接戦闘に。


   〇


〈雄風〉が角を曲がったので、絵馬はそのまま追いかける。


 相手はマシンガンを構え切っていなかった。まさか愚直に突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。それでも慌てず、正確に、照準を合わせてくる。


 絵馬は呼吸を止める。集中する。銃口から線が伸びるのをイメージして、上半身を置いておく。


 即、閃光が視界を焼いた。

 絵馬はコントローラー・グローブが固定されているアームごと右に振る。その動きに合わせ、〈クラウ・ソラス〉の上半身が腰の上からねじれた。


 マシンガンの弾丸が重い風切り音を残し、胸部装甲すれすれを掠めていく。

 下半身では前進を止めない。一気に〈雄風〉との間合いを――詰める!


「……ふっ!」


 右腕の内臓式ダガーを展開し、〈雄風〉に突き入れる。銃身の下を通り抜け、前腕に深々と刺さる。そういう軌道を刃は描いていた。お得意のバックステップをしても無駄だ。同じ距離だけ、〈クラウ・ソラス〉は肉薄する。


 しかし、〈雄風〉はその刺突をも防いだ。

 離脱するのではなく、逆に踏み込み、刃を回避しながら胸部に肘打ちを食らわせてきたのである。


 衝撃が突き抜け、マシンごと絵馬の体を浮かせる。


「くぅっ……!」


 マシンがバランスを崩す気配を感じて、慌てて後退する。

 ……


 コクピットには熱気がこもっている。汗が流れて、前髪が額に張りついている。スーツの中が蒸れている。


 なのに、背筋を冷たい指先がそっと這ったような気がした。

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