ビリオネアチャレンジ第五回戦:絵馬・ルゼットvs佐伯志之
志之は手始めに〈クラウ・ソラス〉の姿を確認することにした。
敵の位置を把握したのちに機動戦へと持ち込む。これまで散々徹底してきた基本だ。
以前、絵馬と戦った三鷹は真っ先に中央を押さえたが、これは迎撃に専念することで〈クラウ・ソラス〉の高機動に対処しようという作戦だった。もしもフィールドに建造物がなければ、功を奏していただろう。
この〈雄風〉にはそんな戦い方はできない。ユーウェイン製の装甲を装備しているので撃ち合いは有利かもしれないが、それでは人工筋肉のパワーを殺すことになる。
こちらはマシンガン。相手はサブマシンガン二
突然の衝撃で、マシンが小刻みに揺れる。
「……えっ?」
足の調子が悪いのではない。
いきなり背後から――寝ぼけているのか!? 撃たれたのだと、志之は遅れて気がつく。
横道に逃げ込みながら背部カメラを確認すると、確かに白銀の影が〈雄風〉の後ろを追跡していた。しかも、距離を徐々に詰めてきていた。
まず先にモーターの調子を見る。問題ない。射撃はダメージになっていない。
次にどうして〈クラウ・ソラス〉が自分の後ろにいるのかを考える。
試合が始まってたったの五分程度。
もちろん、フライングスタートを切ったわけではないだろう。
とすれば、絵馬はフィールドの中央を突っ切って、志之の後ろに回り込んだのだ。
大抵のプレイヤーは、円形のフィールドを右回りか左回りかで移動する。
志之は右を選んでいた。絵馬には左を選ぶ癖があったので、正面から鉢合わせになったところを先制攻撃しようと考えていたのである。
それを読んでいた?
わからない。もう接触した以上、考える必要がない。
志之はすぐさま反撃へと意識を切り替える。〈雄風〉を方向転換し、後ろ向きに走らせながら再び外周道路に出る。
入り組んだ横道よりも、外周のほうが〈クラウ・ソラス〉の利点を潰せると考えた。
が、それも浅知恵だったようだ。
〈クラウ・ソラス〉は徹底して〈雄風〉の正面を嫌った。一ブロックを挟んで平行に移動し、お互いの射線が通った瞬間――
左腕に衝撃。こちらの照準が逸れる。
「くそっ」
ダメージ狙いではない牽制か。こちらが焦れるのを誘っているのか。
また互いの姿を視認――
左腕に衝撃。こちらの射撃は回避される。
「……速い!」
確かに〈クラウ・ソラス〉の機影は捉えているはずだった。なのに、まるで|陽炎(かげろう)のように銃弾がすり抜けていく。
それに加えても、何か妙だ。
違和感を覚えたのは、マシンガンを構え直そうとしたときだった。
「嘘だろ……!?」
思わずカメラで見てしまったが、それよりもディスプレイにセンサーの反応を表示させたほうが確実だった。
先ほどから狙われている左腕――その肘にあたる関節が損傷している。ちょうど装甲に守られていない部分だ。人工筋肉のケーブル被膜が破れ、一部の繊維が千切れている。
牽制なんかじゃない。
あの距離から? サブマシンガンで? こちらがスピードに緩急つけているにもかかわらず?
狙撃しているのだ。絵馬・ルゼットは、〈雄風〉を無力化しようとしている。
信じられない、という感情はひとまず捨てる。
対策を捻り出すほうが先決だ。
志之は急ブレーキをかけ、やはり横道に、様々な形の建造物が並ぶ鉄骨と鉄板のジャングルへと逃げ込む。
正面を嫌うとすれば、向こうだと思っていた。
違う。嫌わなければならないのは、こちらのほうなのだ。
〇
「これが、ヤツを序盤で仕留めようとしてもできない理由だ」
ユーウェイン重工のガレージで、状況がよくわかっていない理緒に三鷹が解説する。
「誰もがよくわからないうちに絵馬・ルゼットのペースに持ってかれて、倒される。なんでかって、ヤツは計画的にダメージを与えてるんだ。サブマシンガンは火力が低いかもしれねえ。でも、その火力で十分ハウンドの動きを止めることができる」
「志之はそれで、自分から入り組んだ道に飛び込んだんですか?」
「恐らくはな。火力がねえってことは、向き合わなきゃ弾が通らねえってことでもある。……しかし、この分だと、ルゼットも佐伯の弱点には気づいてるだろうな」
その場の全員が、とりわけ立川整工の人間が驚いて注目する。
三鷹は肩を竦めた。
「俺はそのうち佐伯と当たることになるかもしれねえから黙ってたけど、多分、本人も気づいてるんじゃないか?」
「言ってください」
理緒のきつい視線に、三鷹は両手を上げる。敵意なし、のアピールだ。
「人間で考えてみ。サイドステップは速く動けても、前後移動はできないだろ?」
「……どういうことです?」
「接近時に足を使うと、瞬間的に離脱できない。離脱時に足を使うと、瞬間的に接近できない。フレームにガタが来て、パフォーマンスが一気に落ちるってことさ」
理緒ははっと気づいて画面を観る。
「だから、ルゼットさんは一定の距離を保ってるんですね? 志之に踏み込ませようとしてるんだ」
「ってところだろうな」
三鷹は笑みを浮かべるが、愉快そうでは全くなかった。
「理緒ちゃん。佐伯はパニクってると思うか?」
「いえ」
即答に、三鷹が興味深そうな目を向ける。
今聞く限りではなかなか難しい状況のようだが、理緒は強がりの微笑を浮かべてみせた。
「三鷹さんだって知ってるでしょう? 志之の性格。面白がってると思います」
〇
さあ、どうする。
志之は〈クラウ・ソラス〉と顔を合わせないようにスピードを調節しつつ、対処法を考える。
なんとか距離を詰めようとしても、相手はひとつ奥の通りへといつの間にか移動している。逆にいえば、こちらが詰めようとしない限り、同じラインに留まるとも考えられる。
こちらが一方的に射撃する手段。
相手の銃火器を奪うのは難しい。強引な接近はダメージを受けるばかりで、最悪、とどめまで刺される。マシンガンで手元を狙うか? いや、〈クラウ・ソラス〉は難なく回避するだろう。先ほどの銃撃戦で、はっきりとわかったではないか。
待ち伏せ。いや、それはダメだ。止まれば、走行音も消える。グループAのプレイヤーともなれば、相手の立てる音には耳を傾けているはずだ。
「……そうだ、音だ」
志之は耳を傾ける。
今も〈クラウ・ソラス〉が走っている音は聞こえる。どっちの方向だ? 鉄板に反響して判別しづらいが、左手のほうなのは間違いない。
三鷹から教わりはしたものの、推奨はされていない技がある。それを試すしかない。
走行を保ちながら、壁に向かってマシンガンを構え――トリガーを引く。
単発で放たれた弾丸は鉄板を貫通し、隣の通りへと突き抜ける。
当然、命中するわけがない。肝心なのは、反響音の変化。
志之はじっと聴覚を研ぎ澄ませる。
ホイールの回転音と人工筋肉の軋み、装甲が風を切る音。
冷静になれば、フィールドがこんなにも静かだということに気がつく。ここは自分と絵馬しかおらず、ハウンドに乗っていて、他人が介入できない空間なのだ。
自身の呼吸さえも感じ取る。うるさい。息を止める。
コントロール・グローブを軽く動かす。トリガーを引く動きから発生する電気信号が肩のケーブルから武器に伝達。
銃身から噴煙を巻き上げながら、第二撃が発射された。
〇
「壁抜きは見栄えがいいし、百発百中ならどんな相手にでも勝てる技術だ」
三鷹の語調はあまり明るくない。
理緒はそのことが気になって質問する。
「欠点があるんですね?」
「百発百中で壁を抜けるプレイヤーなんざ世界のどこにもいないってことなんだよ」
それはそうだろう。ですよね、と理緒は頷いてしまう。
「〈ドレッドノート〉は予備マガジンを多く積める。だから、割とチャレンジしても困らないんだ」
「でも、〈雄風〉はふたつしか持ってない」
「マガジンひとつにつき、二百発。ここまでで六十発近く使ってるはずだ」
「わかるんですか!?」
三鷹は自分の腕をぽんぽんと叩いてみせる。
「自分の使ってる武器はね、理緒ちゃん。発射速度と連射時間で、なんとなくわかるもんなんだぜ」
「さすがですね、三鷹さん」
純粋な尊敬を眼差しを向けてから、画面に意識を戻す。
すると、志之は慎重に敵の位置を探っているのだ。レーダーが存在しない世界で、それと同じようなことをやっている。
できるの?
見守る画面の中で、〈雄風〉の射撃は徐々に〈クラウ・ソラス〉へと近づいていく。
〇
発射。照準調整。発射。
二十発ほど費やしてようやく、志之は〈クラウ・ソラス〉の位置を確信した。
一気に銃口を動かし、敵機の進路方向に撃ち込む。
間髪置かずに照準を引き戻して、射撃。今までの鉄板を穿つ軽い音とは異なる、『がぁん!』という重い音が響き渡った。
切り返した〈クラウ・ソラス〉の上半身に命中したのだ。
ここだ。
志之はひとつ目のマガジンを撃ち尽くすつもりで乱射を始めた。
〇
「やめろ佐伯それは罠だ!」
三鷹が叫ぶ。
画面は、弾丸の雨から難なく逃れる〈クラウ・ソラス〉の姿を映し出している。
破損は一か所だけ。左腕から伸ばした内蔵型ダガーの刃が撃ち抜かれてへし折れていた。
絵馬・ルゼットは、志之の狙撃を予測し、ダガーを意図的に当てていたのだ。
理緒は呆然と一瞬の動きを思い返す。
そんなことが人間にできるのだろうか。三鷹の反応から見るに、ほとんどの人間には不可能なのだろう。
絵馬・ルゼットは『ほとんどの人間』に含まれない存在だった。
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