8月13日:対決の日

《ついにこの日がやってきました!》


 ストリームチャンネルに夜のスタジアムが映し出される。

 一気に流れ出すチャットに負けない勢いで、実況席の鳴戸が喋り出す。


《世紀の一戦! 今最も熱い若手選手同士のバチバチ! 絵馬・ルゼット選手と佐伯志之選手の試合! ということで、配信をご覧の皆さん、スタジアムは満員御礼でーす!》


 通常の〈4ハウンズ・バトルロイヤル〉と異なり、観客は二者の応援グッズを持ち込んでいる。そのため、いつもの混沌としたざわめきに、ある種の統一感が生まれていた。


 最年少にして最強の絵馬・ルゼットと〈クラウ・ソラス〉。

 猛追する新進気鋭の佐伯志之と〈雄風〉。


 チャットルームではすでに勝敗予想が始まっていた。

 というより、対戦が発表されたその日から、外野は好き勝手にふたりの分析をしていた。それが煮詰まってなお、賭け合っているのである。


 どちらかといえば、絵馬の勝利を予想する者のほうが多い。予想、というよりは応援、祈りのようなものだった。絵馬はアイドル的な人気もある。


 だが、志之だって負けていない。グループCのうちはマイナー人気だったが、グループBに上がってからは一般層もファンについていた。


 どちらかが勝って、どちらかが負ける。

 これほどわかりやすいエンターテイメントはない。


 人々はそれぞれ抱えていた熱をスタジアムに、ストリームに、持ち込んで渦を作り出していた。


 その熱渦の中心で、ふたりは対峙する。


   〇


 ガレージ前には撮影用のセットが設置され、周囲をメディアスタッフが囲んでいる。


 ヘッドセットを着けた係員からの合図で、志之はステージへと上がっていく。意気込みを答えるのと、ちょっとしたパフォーマンスを披露する。できるか?


 向かいから絵馬が姿を現す。両者とも、プレイヤースーツの上にジャケットを羽織っている。彼女がにやっと不敵に笑ったので、志之も凶悪な笑みを返す。


 ステージ中央で待っていた進行役のクロムウェル委員長が腕を広げた。スポットライトを浴びて、白いスーツが輝いている。


「さあ、みなさんご覧あれ! 日本競技界の未来を担う若いプレイヤーのふたりだ!」


 彼は絵馬よりも先に、志之へと話しかけた。


「お会いするのは久しぶりだね、佐伯くん。どうかな。競技の楽しみは見つかったかな?」


「ええ。ここにいられることに感謝してます」


「礼を述べたいのはこちらのほうだ。きみの試合を観るたびに心が躍る。拳を握る。闘志が湧いてくる。みなさんも同じだろう!?」


 クロムウェル委員長の呼びかけに応じるがごとく、カメラのフラッシュがまたたく。


「今日の試合は特別だ。いつもならチャレンジャーが名乗りを上げ、委員会が承認する形を取っている。しかし、佐伯くんはルゼットくんの指名を受けて現れたチャレンジャーだ。理由を話してくれるかな、ルゼットくん」


「シンプルに、今一番強い人だと思ってるのが志之くんだからだね」


 こいつ、委員長相手にもこの話し方なのか。

 いや、何度かそういう場面を動画で観ているのでそうなのだろうが、しかし、目の前で聞かされると驚いてしまう。


 クロムウェル委員長は慣れたものだ。姪っ子と会話するように笑顔と柔らかい物腰を保つ。


「興味深いね。ルゼットくんにとって、『強さ』とはどういうものなのかな」


「色々あるけど、志之くんの『強さ』は『すごく怖いプレイができる』ってことだと思うの」


 前々から聞いてきた言葉だ。

 初耳だろうメディアスタッフたちはマイクをより絵馬に近づける。


「志之くんと対戦したことあるプレイヤーならわかってくれると思う。志之くんはさ、他の人を平気で踏みつけるような戦い方ができる人だよね」


 志之は横から「言い方ひどいなおい!?」と抗議する。


 絵馬は全く悪びれた様子がない。


「悪口じゃないよ。でも、こういうやり方をされて負けたら、すごくへこむだろうなって想像しちゃうの。だから、怖い」


 クロムウェルが首を傾げる。


「『こういうやり方』? 具体的には?」


「プレイヤーやハウンドが持ってる強み――あ、こっちは操作とか機能の特徴ね。そういうのを真正面からぶっ潰す! そういうプレイングなんだよね。それってさ――」


 絵馬は言いかけて、


「ううん、なんでもない」


 と、はぐらかした。


 続きがないことを確認してから、クロムウェルはふたりを交互に見る。


「ルゼットくんと佐伯くんは親交があるようだね」


「えへへ、内緒です」


 急に絵馬がはにかんだものだから、メディアがどよっとざわめいた。


 まずい。フィールドの外で大炎上になる。ハウンドで猛火を突っ切ることはできても、生身ではだめだ。真っ黒焦げになる。志之は慌てて両手を振った。


「委員長とお会いした日――絵馬と三鷹さんが試合した日ですよね。見学に来てた俺は、まさにここで絵馬とばったり会ったんです。で、そのときの縁でアドバイスをもらったりして」


「ふふ、こっそり会ったりもしたよね」


「……あー、盤外戦術ですか、絵馬・ルゼットさん? 委員長、規約を確認してもらえますか。フィールド外での他チームからの干渉は反則に当たるんじゃないんですか?」


「わあ! 冷たくあしらわないでよ!? そういうトコだよ!?」


 外野から笑い声が漏れた。

 コントをやりに来たんじゃないんだぞ。志之は文句を言いたくなったが、


「でも、色々あって、ここに来たんだよね」


 絵馬の言葉に、志之も自然体で頷き返す。

 彼女は自分のチームのガレージを振り向いて問う。


「あのときさ、志之くん、〈クラウ・ソラス〉を見てたよね。ぼーっと」


「ああ。本能的に近づけなかった」


 志之はあの光景を鮮明に思い出すことができる。


 ガレージから運び出されるハウンドは、ボロボロだった。目に見えて破損しているのではなく、銃弾や建造物や舗装の破片をまともに浴びて、あちこちが傷ついていた。

 それでも美しかった。神々しかった。


「……や、もちろん近づいちゃいけないんだけどさ。そうじゃなくて、俺みたいな中途半端な人間が迂闊に触れちゃいけない領域って言うのかな。咎められた気がしたんだ」


 今もそうか?

 志之は首を横に振る。


「今日は踏み込んでみせる。触ってもみせる。立川の人とユーウェインの人が作り上げてくれた〈雄風〉で、お前と戦う」


「……うん!」


 絵馬は胸を張り、右手をさっと差し出した。握手を求めているのだ。

 もちろん、志之は応じる。臆することは何もない。


「楽しもっ、〈ハウンド・ア・バウト〉をね!」


「望むところだ」


 今日一番のフラッシュがかれる。まるで四方八方から銃撃を受けているようだ。

 ふたりは光に包まれながらも、ぎりぎりまで互いに目を背けることはなかった。

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