閃光を掴む方法は
会議室のモニターに、絵馬・ルゼットのこれまでの試合が写されている。
これは対策会議だ。志之の他、三鷹、鹿住、立川、分析官らが同席していた。
「ある程度は俺んときのデータが使えるだろう」
三鷹がレクチャーを始める。
絵馬・ルゼット――ではなく、まず先に、ブリギッド・モーター社が開発したハウンド、〈クラウ・ソラス〉についてだ。
「ヤツは最軽量型のハウンドだ。お前、今まで戦ったことある中で、一番軽いのはどこのハウンドだ?」
「ビゼン・カミソリのトコですね」
「なるほど、軽さだけなら近いな」
グループBのチームだったはずだが、三鷹の頭の容量はどうなっているのだろうか。
彼は、ふむ、と頷いた。
「イメージとしては、そいつをもう三段階ほど速い動きをしてくると思え」
「三段階? 二段階じゃなくて、ですか?」
「そうだ。ビゼン・カミソリとの違いを挙げていこう。ひとつ目は足回りだ。〈クラウ・ソラス〉のホイールは足を動かさずに方向転換できる」
「どうやってですか? 脳波?」
「いや、フットペダルで操作できるらしい。ぐりぐりっと動かしてな」
ペダルは感圧式だ。踏み込みの強さによって、下半身の人工筋肉が動く。細かい動作はコンピューターに登録されているので、プレイヤーの操作の余地はない。
志之はテーブルの下で自分の足を動かしてみる。
走るとき、歩くとき、ステップを行うとき――そんな細かい操作ができるだろうか?
「ふたつ目は腰の柔らかさだ。俺の〈ドレッドノート〉は片側四〇度。お前の〈雄風〉は五〇度。〈クラウ・ソラス〉はなんと九〇度だ」
「うぇえ、直角ぅ!?」
志之は自分の体で試そうとしたが、慌ててやめた。間違いなく痛める。というか、ピキッと来るところまで回してしまった。
上半身が直角に回転するということは、腰から上がいきなり真横に向くということだ。奇襲をかけても、〈クラウ・ソラス〉は咄嗟に振り向いて反撃できる。
――ステップで回り込もうとしても、対応できるのだ。
「三つ目はモーターが生み出すエネルギーの伝導効率だ。ブリギッド・モーターの本業はフォーミュラEだろ? そっちの技術をハウンドに積んで、ロスなく駆動部を動かせる。軽いくせに、パワーもスピードも出る理由だな」
フォーミュラEは電気自動車を使ったレースだ。ブリギッド・モーター社の名前は〈ハウンド・ア・バウト〉よりもレース業界のほうで広く知られている。
絵馬・ルゼットが挫折を知った世界だ。
「足、腰、エネルギー効率。これが組み合わさって生まれる速さってのは、俺たちが普段やり合ってるようなスピードとは違う。至近距離でもぬるっと伸びるような加速をしてくるんだ」
直線的な運動ではなく、曲線的な運動を行うハウンドだといえる。
これまでの試合を観ても、〈クラウ・ソラス〉は相手のナイフによる刺突を回避し、反撃する場面が多く見られた。
三鷹が先に言ったとおり、回避は上半身を捻ることで行われている。同時に下半身で間合いを詰めることで、〈クラウ・ソラス〉は一瞬の攻防を実現しているのだ。
「もっと最悪に化学反応を起こしてるのは、それを操縦するルゼットだ。佐伯、お前の印象は?」
「あんまり行動パターンが定まってない感じですね。毎回毎回、その場の思いつきで、だけど、最適解を叩き出してるっていうか……」
三鷹は大きく頷いた。
「ルゼットは、言うなればお前と正反対のプレイヤーだ」
「俺ですか?」
「お前は初めに多くのカードを作っといて、状況が進行していくにつれて切ってくタイプだ――と、俺は勝手に思ってるんだが、違うか?」
自分の思考方法というものについて分析したことがなかったが、三鷹の指摘は概ね間違っていないように思えた。
様々なシチュエーションを想定。不確定要素を考慮に入れつつ作業を開始し、徐々に要素を確定していく。情報を逐次更新し、行動を決断。
改めて言語化してみると、これは宇宙開発機構で学んだことのひとつだった。
「一方、ルゼットは違う。初めはカードなんて持ってない。どんどんドローして、選択肢を増やしてく。ゲームの後半になればなるほど、行動の幅が広がってくんだ」
「発想力特化型ですね」
「そうだ。つっても、俺にゃお前もずいぶんそういう風に見えるけどな」
「自分ではそう思いませんけど……」
想定とは格好つけた言い回しで、現実は、恐れ、不安、ネガティブな想像を膨らませているだけに過ぎない。
そのひとつひとつを
絵馬はなおさらだろう。
小さな両肩に名声と大金を乗せて、フィールドを舞っている。
強敵だ。
「さて、ここで佐伯に質問だ。お前ならどのタイミングでルゼットを仕留めに行く?」
志之は話を聞きながらもそのことを考えていたので、答えるのに時間を要さなかった。
「ゲーム開始直後か、向こうがこっちのとどめを刺そうとする瞬間か、です」
序盤は互いに索敵する段階で、障害物や逃げ道の多い中心部からは遠い。ばったり遭遇したなら、そのまま勝負を挑んだほうが相手の利点を潰せるだろう。
最終盤であれば、サブマシンガンを使う〈クラウ・ソラス〉は必ず接近してくる。その一点のみを狙い撃ちできれば、最大火力を叩き込むことも可能のはずだ。
三鷹は同意を示すが、渋い顔だ。
「俺が立てたプランは、こっちが動かず、向こうに動いてもらう。妙な機動に振り回されず、迎撃に徹する。結果は――お前も観てたんだっけか」
「はい」
「反応はできてたはずなんだ。だが間に合わなかった。……くそッ」
絵馬は、〈クラウ・ソラス〉は、こちらの覚悟をやすやすと飛び越える。
「フォーハウンズでも、タイマンでも、挑戦者は全員が同じ結論を導き出す。鳥を狙うなら飛び立つ前か、降り立つ瞬間か。だが、それでルゼットを倒せたプレイヤーはいない」
「絵馬は閃きだけのプレイヤーじゃない……ということですね?」
「そのとおりだ」
絵馬には六条宗晴がコーチとしてついている。その教えを実行できるハイレベルな技量を彼女自身も有しているのだ。
それに、先に説明された〈クラウ・ソラス〉の特徴が絵馬をカバーしているのだろう。高速型ハウンドの運用を、絵馬が広げているに過ぎない。
「ここまでが、ヤツに関する前提知識だ。勝算は?」
「あるつもりで、受けました」
志之の即答に、三鷹はにやっと笑みを浮かべた。半分期待どおり、半分煽りという表情である。
「聞かせてもらおうか?」
「絵馬に〈クラウ・ソラス〉があるなら、俺には〈雄風〉があります。〈雄風〉なら、あっちの機動にピンポイントで合わせられます」
「いいだろう。シミュレーターにヤツの最近の試合データを入れてある。とことん詰めるぞ」
はい、と志之は返事をした。
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