4ハウンズ・バトルロイヤル:〈雄風・改〉佐伯志之

 志之の出番は、第四試合。Aゲートからの入場になる。

 本日のトリを務めることになっている。注目度は高く、ちょっとしたイベントのような客入りと盛り上がりのようだった。


 だが、外野のことなど、静かな通路に立つ志之には無関係だ。

 フィールド・ゲートの格子から光が差し込んでいる。今日は夜の試合ナイターになるので、照明によってフィールドが照らされていた。


 志之は施設のロボットアームが用意した武器を確認する。ナイフは右腕のギミックに。マシンガンは待機位置までキャリアーで引っ張る。


 まだ少し、時間に余裕がある。

 志之は数回、グローブを握る。感度テストならいくらでもやったが、これは儀式だ。自分とマシンの感覚や波長を合わせるシンクロナイズ。


 息をゆっくり、細く吐いた志之は、瞬間、この行動に自分が何を重ねていたのかを自覚した。


 何度も夢見ていたヴィジョンだ。宇宙を浮遊する建造物を、月面に埋蔵された新資源を、もっと遠くに小さく輝く惑星を、掴もうと伸ばす手。


 今度こそ掴めるだろうか。

 それを、これから確かめに行くのだ。


 カウントがゆっくりとゼロに近づくにつれ、志之の意識は戦闘に没入する。試合開始と同時に力強くペダルを踏む。


 志之の意志に呼応した〈雄風〉は、勢いよくフィールドに飛び込んだ。


   〇


「さあっ! 本日最後の試合が始まりました!」


 全く疲れを見せない鳴戸の実況である。彼女はうきうきと隣の六条に話題を振る。


「このカードで注目すべきは……やっぱり立川整工社改め、チーム・タチカワの〈雄風〉ですか!?」


「そうですね。グループBに昇格して最初のゲームですし、昨日発表されたユーウェイン重工社との提携もセンセーショナルでした」


「マシンもリニューアル! 六条さんはどう見ます?」


「ユーウェイン重工社の全面的バックアップを受けているのなら、マシンスペックは相当な高水準に引き上げられていると思いますよ。そのうち、グループBの制限を超えてグループAに参加させるのかもしれません」


「一気にそうしないのは、やはりプレイヤーの経験の浅さでしょうか」


「だと思います。佐伯選手のプレイングがそもそもグループBに通用するのか。小耳に挟んだ情報では、彼の今後がこのゲームにかかっているとも伺っています」


 シビアな話だが、六条は至って微笑のまま語る。

 企業と契約するプロフェッショナルの世界では当然だ。身内だからと許されるのはアマチュアまでだ。

 六条自身も、三鷹も、そして絵馬・ルゼットも同じようにして、この世界に生き残っている。


 果たして佐伯志之は世界のふちにしがみつけるのか。


 六条は内心、厳しいだろうと見ていた。プレイングにあらがありすぎて、マシンの爆発力すらも封殺されるだろう。

 それだけグループBのプレイヤーたちは少年の弱点を分析し尽している。注目プレイヤーを狩れば、自分の名前を売れる。カモなのだ。


 だが、六条はこうも思う。

 もしも少年に技術を伝える誰かがいれば――


「フィールドではもう戦闘が始まっています!」


 鳴戸の明るい声で、六条はホログラムディスプレイに映るフィールドへと意識を戻す。


「ハチクマ・エア社の〈ホーネット・イーター〉とアンタレス・レール社の〈スリーナイン〉がばちばちに撃ち合ってますね!」


「両者、使用武器の距離を見誤っているのでしょう」


 おや、と鳴戸は注意深く二機を見比べた。


「そういえばいつもはアサルトライフルを愛用する二機がマシンガンを使っています。これは……?」


「〈雄風〉対策です。接近しすぎると、例の跳躍力で見失ってしまいますから」


「なるほど……おや、その〈雄風〉ですが……オブシダ建設社の〈杭竜こうりゅう〉に向かっています」


 奇妙な光景だった。見通しのいい外周通路で、〈杭竜〉は後方に走りながら接近してくる〈雄風〉を追い払おうと射撃している。


〈雄風〉は蛇行で回避しながら、少しずつ〈杭竜〉との距離を詰めていっている。


〈杭竜〉は〈雄風〉と同じく接近戦を得意とするハウンドだ。

 両腕に杭打機パイルアンカーを装備している。重量はかさむし、刺突専用で、しかも連打できない武器だが、分厚い装甲を貫通できる破壊力を持っている。


 佐伯志之は必ずどこかで飛びかかってくる。そこを〈杭竜〉は狙うはずだ。武器を持つ右肩か、コクピット下部の神経が集まった腹部。


 ところが、〈雄風〉は全く焦っていない。執拗に獲物を追い立てている。


 決着を急いだのは〈杭竜〉のほうだった。

〈杭竜〉は角を曲がり、一旦、〈雄風〉の視界から姿を隠した。鉄板と鉄骨のみのビルディングに突っ込み、追ってくる〈雄風〉の側面に出ようとする。そのときに進路を塞いでいた鉄板を突き破った。


 下位グループでの戦闘に慣れ切った〈雄風〉は、この奇襲をもろに受けるだろう。

 そんな想像に反して、〈雄風〉はぴたりと足を止めた。


 鉄板の転がる音に気づいたか。それはお見事。

 撃ち合うつもりか。それには疑問が浮かぶ。


 六条の知る限り、佐伯志之の銃撃戦はお粗末だ。そして、〈杭竜〉は接近戦が得意とはいったが、当然ながら銃撃戦もこなせるグループBのベテランプレイヤーだった。


 さあ、どうなる――


 二機のマシンが対面する。

 片や外周通路のライトに照らされた〈雄風〉。片やビルディングを突き破って薄暗闇に現れた〈杭竜〉。


 両者の手にしたマシンガンから閃光が生じた。


   〇


 志之はメインディスプレイ前方の暗闇を睨む。


 鉄板の転がる音で、追っていた敵がビルに突っ込んだのがわかった。追走を振り払うつもりならそんなことはしない。曲がりくねった路地を進むはずだ。


 そもそもマシンガンは〈雄風〉の足を狙っていなかった。だから、追走はむしろ歓迎していたのだ。


 次の相手の行動は、間違いなく奇襲。がら空きの側面を突くつもりだ。

 ほうら、予想どおり。

 志之が見ている通路に、鉄板が弾け飛んだ。


 敵――〈杭竜〉の右肩が見えた。肩の装甲を盛っているので、武器を構えたまま体当たりができる。鉄板を突き破ってもマシンガンの銃口はこちらを向いたままだ。


 相手が先に銃撃する。

 それを志之は軽いサイドステップで回避。踏ん張りの衝撃で上半身が沈んだタイミングで反撃をする。


 まずは肩の下。装甲に守られていない関節。

 狙って、撃つ。


 志之の思考から送られたトリガー信号はマニピュレーターから発信され、マシンガンの機構を動作させる。

 マズルフラッシュ、排莢のブローバック、視界外に飛んでいく空薬莢。それらが一瞬のうちに志之の視界内で起きる。


 心臓の脈拍よりも速いか同じくらいの感覚で吐き出された銃弾は、敵の脆い部位を穿つ。柔らかいウサギの肉を抉るオオカミの牙のように。


〈杭竜〉の右肩から先が千切れ飛んだ。マシンガンごとだ。搭載したパイルアンカーの重さで、アスファルトがずしんと弾んだ。


 志之は連射しなかった。

 今までだったら、がむしゃらに撃ち続けただろう。反動で跳ねる銃身を必死に押さえつけながら、敵が倒れるのを祈っていた。


 でも、もう違う。


 敵機が慣性を殺せないまま飛び出してくる。

 志之は次に左腕を狙った。敵が胴体を守ろうと腕を持ち上げたので、実にやりやすい。感謝しながら前腕部を撃ち砕く。


 これで〈杭竜〉は無防備だ。


 逃げようと後ずさる敵を、志之は、〈雄風〉は、無慈悲に接近した。高鳴るホイールの摩擦音は死の宣告だ。


 マシンガンを左手に保持して、空いた右手で敵の腹部装甲を掴んで引き剥がす。脊椎に当たるフレームと下半身に繋がる神経ケーブルの束が露出された。

 そこにマシンガンを突っ込んで、また連射。ゼロ距離で放たれた銃弾が敵の生命を絶つ。


 メインディスプレイの片隅に映るプレイヤーリストから〈杭竜〉の名が消えたのを確認して、志之は低く呟いた。


「まずはひとり」


   〇


「ここで〈杭竜〉が脱落ぅ! 危なげない〈雄風〉の反撃、お見事でしたね六条さん!」


 勢いよく振り向く鳴戸だが、六条は彼女を見ていなかった。次の獲物を探し始めた〈雄風〉を睨んで、できることならさっきのリプレイを、と願った。


「……あのう、六条さん?」


「佐伯選手にはとても素晴らしいコーチがついたと見えます」


「ユーウェイン重工社のバックアップとなれば――」


「三鷹恭介選手でしょう。今の撃ち方は彼にそっくりだ。でも、それだけじゃありません。単なるコピーではないんです。佐伯選手は佐伯選手の、新しい戦い方を身に着けている。この短期間で、です」


 鳴戸が首を傾げてコメントを待つ。周囲のスタッフも真剣な六条に困惑している。


 射線の見極め。最低限の回避機動。カウンターの呼吸。

 ……誰も見ていなかったのか!?

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