七月は激戦の季節

 季節は七月。待ちに待った試合当日だ。


 夜、志之はユーウェインの迎えでスタジアムに到着。が、前日に鹿住がプレスリリースを出したおかげで、メディアスタッフが詰めかけていた。

 四方八方から声をかけられることなど、人生初の体験である。表面上は冷静を装っても、内心では動揺してしまう。


 同じ車に乗っていた鹿住がすぐに志之の傍らに立って、「あちらへ」と逃げ道を示す。


 立川整工がユーウェイン重工と提携するのは、それなりに大きなニュースだったらしい。志之は自分に向けられたカメラの数で判断する。


 到着後すぐに簡単な会見を開くことになっていて、その場を運営委員長の秘書、アイリス・クロムウェルがセッティングしてくれていた。会うのは四月以来だった。


「ここまで駆け足でしたね。委員長もすっかり立川整工のファンですよ」


「ありがとうございます。でも、俺にとっては今日が分かれ道になります」


 志之が笑みで応じると、彼女は少し驚いた様子だった。


「佐伯さん、変わりましたね」


「そうですか?」


「ええ。以前お会いしたときは、失礼ですけど、他人事のような表情でした」


「でしたね。自分でもそう思います」


「今の顔、カッコいいですよ」


「えっ、本当ですか!」


 なんて美人相手にでれでれになってしまう志之であった。アイリスには「ふふっ」と笑われてしまうし。年下だからってからかったな?


 そんな姿もメディアに追いかけられているわけで、我に返った志之は慌てて背筋を伸ばす。


 会見は左から順に、アイリス、志之、鹿住、立川と並んで立つことになった。

 マイクを向けられた志之は、今回の提携について問われ、


「〈雄風〉がこれからも競技で生き続けるのに、素晴らしいパートナーを得られて本当によかったと思います」


 軽く鹿住を見る。彼女はクールに頷いただけだ。


「俺自身は、今後も〈雄風〉に乗り続けられるかわかりません」


 解雇の可能性もあるんですか、という質問にあっさりと答える。


「むしろそれ前提です。会見でこんな真ん中に立たされているけど、本当は崖っぷちなんですよ」


 志之がにっと笑うと、周りはどうリアクションしていいものかと苦笑いを浮かべる。だから、漂い出した不穏なムードを、自ら断ち切る。


「でも、俺は勝つつもりです」


 はっきりとした宣言に、記者たちは安心感を覚えたようだった。

 企業と提携して変わったこと、学生生活との両立、試合の作戦など、矢継ぎ早に尋ねられる。

 時間は二十分だけ。その取り決めどおり、アイリスが場を仕切る。


「申し訳ありません、そろそろ時間ですので、次で最後の質問とさせていただきます」


 男性の記者がさっと手を上げた。


「絵馬・ルゼット選手についてどうお考えですか?」


 周りのメディアスタッフがその男性に視線を集めた。今日が最後の試合になるかもしれない選手に、しかも関係のない他チームの、人気絶頂の人間について尋ねる。少しいやらしい。


 しかし、志之はシンプルな答えを自然と紡ぐことができた。


「最も意識しているプレイヤーです」


 自分の声が周りの雑音を抜けて遠くまで届くような錯覚があった。それだけメディアスタッフ全員が顔を上げて動きを止めていた。


 鹿住は満足げに頷いた。


「では、我々は失礼します。行きましょう、佐伯さん」


「はい」


 志之たち三人は割り当てられたガレージへと入る。



 中ではユーウェインのトレーラーで運び込まれた〈雄風〉が整備を受けていた。防塵カバーは内部で外されたので、新しい姿を知る者はまだ関係者だけだ。


 コクピットハッチが開いている。プレイヤーを待っている。

 志之は〈雄風〉のアイカメラを見つめ返してから、更衣室で着替えを行った。


 出てきたところを、三鷹に話しかけられる。


「似合ってるぜ、同僚」


「ありがとうございます」


 新品のプレイヤースーツだ。〈雄風〉と同じオレンジと、明るく見えるホワイトの二色を使ったフィットスーツである。

 胸や背中には、立川整工の文字とユーウェイン重工の社章の他、協賛企業のロゴがいっぱいにプリントされている。


 少なくともこの一戦、志之はプロプレイヤーなのだった。


 三鷹はタブレットを操作し、今回の対戦相手の情報を映し出した。


「二機が装備オーダーを変えてるぞ。アサルトライフルからマシンガン、格闘武器を減らしてる。どういうことかわかるか?」


「遠距離戦を意識……ってことですかね」


「いや、違う。火力を重視したんだ」


 三鷹はタッチペンの先端を〈雄風〉に向ける。


「昨日のウチのプレスリリースにびびったんだ。これまでの〈雄風〉だったら火力を抑えめにしても装甲を抜けるだろう。他のヤツらも中量級だし、それで十分だったんだ」


「でも、今の〈雄風〉は装甲を強化してます。……それで火力重視のオーダーなんですね」


「そーゆーこと。ユーウェインの装甲は業界一だ。俺が保証する」


 とはいえ、と三鷹は続けた。


「〈ドレッドノート〉と違って、〈雄風〉はそこまで覆われてねえ。トップレベルの連中ならアサルトライフルでも行動不能にゃできるだろ」


「なるほど。確かに相手は驚いてるみたいです」


「化けの皮を剥がされねえよう、うまく立ち回るんだな」


 志之はフィールドを思い描きながら頷いた。


「了解です」


 素人丸出しのおどおどした動きを見せれば、相手は積極的に攻めてくるだろう。

 グループ上がりたてのニュービーだが、求められるのは覇者の風格というわけだ。志之はこれまでチェックしたプレイヤーの中から、最も参考になる者を考えた。


 三鷹は防御的だ。志之のスタイルとは噛み合わない。

 絵馬は危険すぎる。鹿住の出した条件を破ることになる。

 となると――


 すぐ思いついたのが、ひとり。かつてのトッププレイヤーにして、現在は解説者の六条ろくじょう宗晴むねはるだ。


 彼は絵馬が所属するブリギッド・モーターのプレイヤーとして活躍していた。愛機〈フラガラッハ〉は〈雄風〉と同じ中量級のハウンドだった。


 プレイスタイルは攻撃的な防御と評される。矛盾した言葉のようだが、つまりは積極的に攻撃をしかける、というのはブラフで、相手が反撃する際に生んだ隙を突いて、本命の一撃を叩き込むというカウンタースタイルである。


 このスタイルを敢行するには熟練の操縦技術と相手に与えるプレッシャーが要される。

 が、〈雄風〉は機動性を高めた新世代のハウンドであり、そして志之は三鷹との訓練で技術を手にした。


 やれると思いたい。


 それに、自分の腕をアピールするにはもってこいの振る舞いだ。

 プレッシャーに関しては三鷹が言ったとおり、相手が勝手に気圧されてくれている。


 よし。志之の頭の中でプランが組み立てられた。


「全員沈めます」


「オーケー。やってやれ」


 三鷹が腕を軽く上げた。志之は一瞬きょとんとしたが、彼が試合前にスタッフたちとやっている儀式を思い出して、自らも右腕を上げる。


 ごつん。

 とびっきり獰猛な猟犬の笑みで、お互いにぶつけ合った。



 コクピットに乗り込むと、立川がインカムを使って話しかけてきた。


《よく戻ってきてくれた》


「俺、運がないほうだと思ってるんですけど、例外がひとつだけあります」


《なんだ?》


「周りの人がいい人だってことです。理緒やおじさん、工場の社員さん、ユーウェインの人たちに、絵馬に、それから……一応、父さんと母さんも」


 立川がふっと笑みを洩らす。


《人が集まるのは運なんかじゃない。お前が集めたんだ》


「いや、元はおじさんとウチの思いつきでしょう? ああそっか、俺の周りじゃなくておじさんの周りだ。それに俺は巻き込んでもらった、ってのが正解なんだ」


《言っただろう。〈雄風〉の乗り手はお前しか想定されていなかった。こいつは新型人工筋肉の極限を突き詰めるための試験機なんだよ》


「というと、限界を見極めるばかりがテストじゃないですよね」


 ハッチは開いたままにしている。正面に離れて立つスタッフの合図で、志之はグローブに通した指を動かす。マニピュレーターの動作はクリアだ。


「高水準のスタンダードってもんを見せなきゃ」


《頼んだ、志之》


 立川が正面に現れ、志之を見上げる。


《そこには俺の夢も乗っている。スタッフたちも情熱を込めている。思いっきり動かして、勝ってこい》


「了解です」


 立川からの合図で、志之はコクピットハッチを閉鎖した。試合の時間が迫っている。


 密室状態になると、メインディスプレイが外界を映す。サブアイカメラの位置が変更されて、三六〇度の視界が得られるようになっていた。

 周囲を確認する志之は、駆け足気味にマシンの側面から正面へ回り込む理緒の姿に気づいた。作業着姿の彼女は帽子を取ってインカムに手を当てる。


《……志之》


「ああ」


《がんばって》


 彼女があんまりにも他人に聞こえないよう声を潜めているので、志之は笑ってしまった。


「そんな、こそこそ話すことじゃないだろ?」


《……や、なんか、恥ずかしいじゃない》


「俺は恥ずかしくない」


 志之の即答に、理緒は目を丸くした。だがすぐに、自然体となって仁王立ちとなった。彼女は息を大きく吸うと、インカムではなく〈雄風〉のアイカメラを見て叫んだ。


《志之! がんばれ!》


 当然ながら声はインカムから入るのでスピーカーでがんがん鳴る。ガレージに響くような大声だったのでスタッフ一同から暖かい視線を集める。

 満足げな様子だった理緒はすぐに羞恥心に顔を赤らめて頭をぺこぺこする。


 志之は彼女を見つめながら心底思う。

 お前の幼馴染で本当によかった。


 答えは言葉ではなく、マニピュレーターをサムズアップの形にして答えた。

 それに気づいた理緒は、子供のように目を輝かせて頷く。その顔を見たくて、幼かった志之は彼女をあちこちへ連れ回した。毎日、日が落ちるまで遊んだ。


 自分がなぜ競技に参加するのか。

 その理由の、間違いなくひとつは彼女からもらっていると志之は確信した。


 時間だ。

 理緒の操作で〈雄風〉のバッテリーに接続されていた充電ケーブルが外される。


 外部電源から機体電源へと移行。整備用アームが離れ、〈雄風〉は独立したマシンになる。フットペダルに機体の重さが返ってくるのがわかった。


 ブザーが鳴って、リフトが下降を始める。

 視界の高さが人の立つ高さと同じになったところで、志之は声に出した。


「いってきます!」


 情けで与えられた最後のスポットライトか。

 それとも新しい舞台への輝かしい一歩か。


 運命の岐路に、志之は立つ。

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