ハウンドも毛の生え変わり

 それからというもの、放課後は電車に乗ってユーウェイン重工に出勤するのが、志之と理緒の日常となった。


 志之はシミュレーターを使って、三鷹の指導を受ける。コクピットハッチを開けた状態で座席に着いた志之を、横から覗き込む形で三鷹が問い質す。


「いいか。お前の射撃は的を狙っていない。銃口を的に向けているだけだ。思いっきりぶっ放せばどこかに当たってくれるだろうってお願い射撃なんだ。違うか?」


「俺、初めからずっとそんな感じのまま修正できてないんですよね」


「つーわけでだ」


 彼はメインモニターを指差し、


「手っ取り早く撃ち放題で慣れろ。焦るな。狙って、撃て。体のどこかに当てればいいってワケじゃない。腕か足、頭といった『行動を制限する射撃』、バッテリーか電力供給ケーブルの集中しやすい背中、腰といった『致命傷となりうる射撃』。目的をはっきりさせろ」


「はい!」


 トッププレイヤーのひとりである三鷹の指導を直々に受けられるとは。志之は彼の言葉だけでなく、その裏にある戦闘思想まで読み取ろうと耳を傾けた。


 三鷹の乗る〈ドレッドノート〉は機動性に難がある。どうしても敵を迎え撃つ局面が多い。だから、精確に射撃する腕が必要となるのだ。

 まずは危険を排除。次に相手の機動性を奪う。そして最後にとどめを刺す。

 これをあの鈍重なマシンで行い、高い勝率を保っている。恐ろしく冷静だ。


 反撃してくるAIを相手にしながら、志之は三鷹に質問する。


「狙うことを意識していると、どうしてもこっちの被弾率が増えるんですけど、そういう場合は手順を省いても?」


「牽制射撃っつー考え方だな。もちろんアリだが、お茶を濁すようなもんでもある。あんまりやりすぎると、客の反応が冷める。アマチュアの殴り合いはエレガントじゃないとか言われてな」


「なんか面倒くさいですね。こっちは必死なのに」


「エンタメだよ、エンタメ。客を盛り上げるのも仕事のうちだ」


 そこで三鷹は考え込むそぶりを見せて、


「〈雄風〉はサイドステップもできるのか? 反復横跳びみたいなので、人間に負担がかからない程度の動きだ」


「やったことはないですけど……できると思いますよ」


 シミュレーターには〈雄風〉のデータが入力されている。

 志之が何度かフットペダルを操作してみるうちに、仮想マシンはそれらしい動きをしてくれるようになった。


 三鷹は満足げにほくそ笑む。


「射線から体の中心線をずらすようにサイドステップ。着地、射撃、またサイドステップだ。やってみろ」


「わかりました」


 今まで志之が思いつきもしなかった動きだった。最小限の回避行動と必要最低限の攻撃を同時に行う。それはマシンの性能だけでなく志之の目やリズム感も要する行動だ。


 初めは矯正した命中率が乱れたものの、操作のコツを掴んですぐ、スピーディーな銃撃戦を行えるようになった。


「お前の武器は足腰の強さだ。ド派手に飛び跳ねたりするだけが能じゃない。細かく動くだけでも敵を翻弄できる。これを状況に合わせて切り替えられれば、敵はお前の影を撃つことしかできなくなる。この調子で細かい修正を詰めてくぞ」


「お願いします」


 練習方法は、単純な練習から得られた志之自身の感想、三鷹の指摘、そこから課題を再設定してのステップアップ。これに尽きた。


 成果はデータとしてはっきり示される。自信に繋がれば、迷いなく行動を起こせる。


 奇しくも、遠隔操縦機の研修と似た体験である。

 志之は虚無と化した日々が決して無意味ではなかったことを感じ始めていた。過去は確かに自分の中で生きていたのだった。


 ものすごく長い回り道ラウンダバウトだ。きっとこれからもまたどこかへ続く長い回り道を突き進んでいくのだろう。


 悪くないじゃないか。志之は画面に映る敵を粉砕しながら笑う。悪くない。



 ガレージでは〈雄風〉の改良が進められていた。


 このマシンの肝は、佐伯夫妻が開発した人工筋肉だ。抜群の伸縮率と反応性を誇る素材はそのまま使われることになる。

 ユーウェイン重工が関わるにあたり、両親とはなんらかのやり取りがあったらしい。志之の知るところではなかった。


 ともかく、人工筋肉を編んだケーブルを取り外した後で、〈雄風〉は再構築されることとなった。骨格や装甲は立川が集めた資材から造られているため、耐久度が今ひとつだったのだ。


「フレームには人工筋肉と同じくナノファイバーを編んだ物を採用しました」


 見学に来た志之に、鹿住はそう説明した。


「硬度はそれなり、対ショックに優れた特徴があります。建物でいえば土台や支柱に使われるものでなく、重量のかかる天井などに使われるものですね」


「……なるほど?」


「マッスル・ケーブルを覆う被膜は防弾性に優れたラバーを採用しました。これはマッスル自体に防御性能を持たせようという立川チーフの発想です。最低限の防弾チョッキですね」


〈雄風〉の外装甲は取り外されている。数か月前、自動車学校で初めて見たときと同じ、人体標本の姿になっている。

 そこに筋肉の鎧を纏うことで、がっしりとした体格を得られる。


「もちろん、主な防御性能はアーマーに頼ってください。今までの外観は保ちつつ、細かいデザイン変更を施すつもりです。佐伯さんのご意見を伺いたくて」


 そう言って、鹿住はタブレットから完成図を写した。ホログラム投影で、3Dに表示される。


 回転するモデルを見て、志之は目を丸くした。

 生まれ変わる〈雄風〉のデザインは――


「なんかド派手ですね?」


「お気に召しませんか」


「いえ――むしろばっちりです。これに俺が乗れるんですか」


 なんだかジェットコースターに目を輝かせる子供みたいな口振りになってしまった。志之は恥ずかしくなったが、しかし、鹿住は微笑んでいた。


「ええ、あなたの乗る〈雄風〉です」



 数日後、〈雄風〉の外装甲が装備された。

 複数もの作業用アームによって着せ替えられたマシンは、事前に見たモデル以上の威容を放っていた。


 グレー一色だった装甲はオレンジとマットブラックの二色で彩られている。メインが橙色で、アクセントが墨色だ。隙間から見える人工筋肉は白色の被膜で覆われている。


 まるでスーパーカーだ。志之の心が躍る。

 以前の〈雄風〉だって風格はあったが、この〈雄風〉は比べ物にならない。


 目の前に立つだけで、マシンの発する威嚇をびりびりと感じる。お前が自分を操る覚悟はあるのかと、問われている気がする。

 あるさ。志之はアイカメラの双眸そうぼうに見つめ返した。


 もはや、一工場で組み立てられたアマチュアマシンではない。

 左肩には『雄風』の二文字。右肩には新たに獅子のエンブレムが塗装されている。ユーウェイン重工社の社章だ。


 改修中の〈ドレッドノート〉と並ぶハウンドとなったのだ。



 実機テストは翌日に行われた。

 コクピットに乗り込む前、立川から説明を受ける。


「筋肉以外は新品だ。感覚がずれるかもしれん。徐々に慣らしていけ」


「はい」


「装甲は頑丈になった反面、重くもなっている。二層構造のナノ結合金属だ。これが五層になると、コクピットと同じ耐久度になる。つまりだ、どうしても弾を受けなきゃならんときはマシンを信じろ」


「了解です。受け流す練習も三鷹さんとやってますから、大丈夫です」


「よし、最初のセッティングは以前と同じにしている。ユーウェインの試験場だ。とことん詰めるぞ」


 試験場は路面のみに想定された状況を再現し、建物などはメインモニターにホログラム体として表示される。


 志之は〈雄風〉を試験場に飛び込ませた。


 最初に感じたのは、踏ん張りの強さだった。飛び出す勢いは以前と変わっていないが、踏み留まる力は向上している。フレームが衝撃に耐えてくれているからだ。

 これによって、次の機動へ移るのがスムーズになる。


 踵のホイールもぐらつかないので、走行時はとても速い。上半身でバランスを取る必要もなさそうだ。


 歩行モードに切り替えて、複雑なステップをその場で踏んでみる。問題ない。この感覚を調整するのが最も苦労するだろうと予想していたが、むしろ楽に感じた。


 装甲の重量増は確かに違和感を覚えたが、総合的なパワーアップのおかげでかせにもならない。


 実際の近接戦闘を思い描いて拳を突き出す。

 見事な装甲のデザインだった。どの角度で腕を動かしても、装甲同士が干渉しない。


 ここで手首の内側にギミックが搭載されていることに気づく。展開を命じると、アームがしゅっと手のひらに伸びた。ナイフ射出装置のようなものだ。マシンガンとの持ち替えが速くなる。


 一方で、いくつかの不満も覚えた。

 これは初調整で明らかになったちょっとした不備で、後ほど志之が伝える必要もなく、メカニック側がモニターで把握していた。すぐに修正されるだろう。



 夜。ガレージの片隅に腰を下ろした志之は、少し考えてから、デバイスウォッチに触れた。


 通話アプリを立ち上げ。

 リストをスクロール。

 深呼吸をしてから、相手を呼び出す。

 ……繋がった。


《もしもし?》


「絵馬」


 志之は視界の片隅に〈雄風〉を収めながら、彼女――絵馬・ルゼットに端的に報告する。


「俺、戻るよ。フィールドに」


《そっか、やっぱりそうなるんだ》


「やっぱりって?」


《なんとなくそんな気がしてた。どこから出るの? あの子と一緒?》


「ああ、そうだ。ユーウェインから、〈雄風〉で出る。今後を決めるトライアルになる」


《そっかあ……》


 絵馬は再びそう呟くと、《あはっ》と明るく笑った。ように聞こえた。


《じゃ、観戦しに行こっかな。志之くんがばっちり決めるトコ、見たいなあ》


「見せてやる。それで、まだ俺に何か感じるのか、教えてほしい」


《うん、楽しみにしてる》


 通話はそれでおしまいになった。十分だった。

 志之は壁に後頭部を預け、ガレージの天井を見上げる。


 広い空間を照らす照明は、夜空に輝く月のようだった。かつて自分が夢見た場所。近いのに遠い。


 もうすぐ、そこへ行く。

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