検証部品はプレイヤー
ガレージがハウンドのメンテナンス施設だとすれば、三鷹に案内された建物はハウンドに使われる各部品の研究施設であった。
廊下はガラス張りになっていて、組み立てや耐久テストといった様子が見学できるようになっている。恐らく、企業上層部が視察に来たときはこういった『実物』を見せながら業績報告をするのだろう、なんてことを志之は想像する。
しかし、途中、三鷹はよそ見をせずぐんぐんと通路を歩いていく。
「ここだ」
奥の一室。扉を開け放ったのは、ハウンドのコクピットが二基並んだ部屋だった。
コクピットは運営委員会からレンタルできる。それをハウンドに使わず、計測機器に繋いで置いてある。反射神経のテストに使っているのだろうか。
部屋にはユーウェインの研究スタッフだけでなく、ハウンドのガレージスタッフ、そして立川整工の社員までもがいた。〈雄風〉のシステムエンジニアである宇喜多だ。
「佐伯くん、どうしてここに……」
「ども。あの、俺、いきなり連れられてきて……」
そろそろ意図を話してくれてもいいだろう。そう思って三鷹を見る。
彼はコクピットハッチを開放してみせることで、志之に何をさせたいのかを語った。
「シミュレーター機だ。ルールは4ハウンズ。それを二回、やってもらう」
プレイヤーの能力不足を突きつけよう、というつもりではなさそうだ。三鷹は何かを証明させたくて、志之をここまで連れてきたようだった。
やっぱり帰ります、と言い出せる雰囲気ではない。
志之は理緒と視線を交わしてから、制服姿のままでコクピットに搭乗した。
EEGバンドを頭に着け、グローブに手を通す。自分の物ではないので、ややぶかぶかに感じた。手首のテープをきつめに巻くことで対応する。
「佐伯」
三鷹はコクピットハッチに足を乗せた体勢で言う。
「本番以上に全力でやってくれ」
「……わかりました」
三鷹が離れると、ハッチも閉鎖された。
ハウンドのシミュレーター機なる物に乗るのは初めてだが、かなり違和感を覚える静けさだった。電力が外部供給なので、モーターの微弱な振動もシートに伝わってこない。
メインディスプレイに映像が投影される。フィールドゲートの通路だ。
志之はシミュレーターに設定されているのが〈雄風〉だとすぐに気づく。正面を見たときの視界の高さが同じだったり、手を見下ろしたときの装甲がそのものだったからだ。
が、
「なんだこれ……」
下半身のフィードバックを受けて、コクピットが揺れる。そのぎこちなさに、思わずげっそりと呟いてしまう。まるで筋肉痛に襲われてちょっと三日は休まないと動けない、みたいな反応の硬さだったのである。
実際には何秒も遅れが出るような硬さではないものの、志之にとっては致命的となりうるセッティングミスであった。
「これ、初期化されてるんじゃないですか!?」
コクピットの外に声は届いているはずだが、返事はなかった。問答無用でカウントダウンが刻まれ、一回目のシミュレーションが始まる。
志之はマシンを引っ張り上げる気分で鈍重な〈雄風〉を操作する。与えられた武器はマシンガンだ。対戦相手の情報はどこにも表示されていない。データを収集しやすい、動きの一般的なAIだろうことは想像がつく。
となると――
一機ずつ路地に引きずり込んで始末していくのがいいだろうか。
この設定では〈雄風〉の機敏さを活かすことができない。志之は落ち着いて作戦にかかる。
なんて、そううまく事態が転ぶわけがない。
シミュレーターに設定している対戦相手の技量は、三鷹が戦っているグループのプレイヤーと同等といったところだった。
つまり、接敵からの距離を詰めてくる速度、射撃の命中精度や状況判断がよくできたAIなのである。
みっともない話だが、志之は実力を発揮できないまま、いいように袋小路に追い詰められていいように滅多撃ちに
《もうワンゲームだ》
三鷹の声とともに、メインディスプレイの風景が初期位置に戻された。
《マシンセッティングも変えるぞ》
「お……」
明らかにフットペダルの踏み込みが柔らかくなった。
それまで雑に踏みつけていても平気だったのが、細心の注意を払わないとバランスが保てなくなる。
志之にとっては慣れたアンバランスだ。解雇になる直前のゲームで使われていたセッティングである。
外から見ている三鷹たちは、ブロックを支えているアームがうねっている様子を目の当たりにしていることだろう。
これなら少しはやれそうだが――
第二回目のシミュレーションが始まる。志之は、今度は本来の〈雄風〉の動きである遊撃を試してみることにした。
一回目と初動は変わらないが、相手を路地裏に引きずり込んだ後、志之たちは背面から奇襲できる位置に移動する。その際の方向転換に、〈雄風〉特有の人工筋肉の強靭さが発揮される。
急制動ほどではないが、搭乗者である志之にも負担が襲いかかる。コクピットが『ぐっ』と大きな力で引っ張られるのを感じ、そのたびに志之の体にシートベルトが食い込む。
これならAI相手に一矢報いれそうだと考えたが、なぜか全くうまくいかなかった。いつまでも一機を処理できず、気づいたときには完全包囲、袋のネズミだったのだ。
終わってみれば、たった一機を撃墜しただけで志之のテストは終わった。
途方もない無力感である。
外からコクピットハッチを開けられたので、志之は慌てて表情を取り繕おうとする。第一声をどんな言葉にするかも悩んだが、
「え」
ハッチの外には、見学人が集まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます