退屈の船をぶち壊す戦艦

 さらに二日が経った。志之にとっては気が遠くなるほど長い時間に感じられた。


 放課後になっても解放感はない。むしろ束縛されていたほうが気が楽だ。

 志之は憂鬱に感じながらも席を立とうとして――


 周りの騒ぎに気づく。


 何事かと重い頭で様子を探ると、誰もが窓の外を指差していた。


「誰だよ、学校の前にあんなん停めるヤツ」


 志之も覗いてみると、見覚えのあるフォルムのスポーツカーだった。運転席から降りた男が校門で仁王立ちしている。教師に問い詰められても、ふてぶてしく対応していた。


 友人があっと声を上げた。


「三鷹恭介じゃん! ユーウェイン重工の!」


 盛り上がったのは男子よりも女子だった。窓から手を振っている生徒もいる。それに対し、三鷹は律義に応えた。黄色い声援がひと際大きくなった。


 理緒の送迎だろうか。志之はバカらしくなって、周りの注意が外に向いているうちに教室を抜け出した。


 廊下を駆け出すファンたち。それを追って注意する教師。

 志之はそんな群れにまぎれて校門を通ろうとした。


 が、やはり無理がある。向こうはしっかり志之の姿を見つけたようだ。親しげに手を上げられては、立ち止まらないわけにいかない。


「よっ、佐伯。待ってたぜ」


「俺ですか? 理緒じゃなくて?」


「理緒ちゃんも拾っていく。が、お前に用がある」


 真正面から遠慮なしに言葉を交わすふたりを取り巻く空気感、いうなればテリトリーの異なる獰猛な犬が出会ったときの緊張感が、周囲に伝わったか。いつの間にか志之と三鷹は静寂に包まれていた。


 志之とて多少は有名人になっていた。

 片やトップ層のプレイヤー。片や新進気鋭のプレイヤー。ふたりがどんな会話をするのか、野次馬たちの興味を誘ったのだろう。


 やがて理緒が人の輪を掻き分けて現れた。


「三鷹さん。こういうことはすごく困るので二度と――」


 志之と目が合って、困惑の色を強める。


「……どういう状況?」


「乗れよ、ふたりとも」


 三鷹が後部座席のドアを開ける。


「あっちに行きながら話そう」


 どこへ行こうというのか。

 疑問よりも先に、三鷹の真剣さに気圧けおされて志之は頷いた。

 後から理緒も乗り込む。


 三鷹は集まったファンにひととおりのサービスをし終えると、志之たちふたりよりもずっとスムーズに運転席へと身を滑り込ませてきた。


 外国産の自動車だが、右ハンドルだ。電動モーターを搭載しているので、エンジン音はない。

 彼がリズミカルに操作すると、車はゆっくりと、そして淀みなく加速していく。狭い道ではやや窮屈そうだが、それでもすいすいと角を曲がっていく。


 交通情報をリアルタイムで更新するカーナビの導きに従って、三鷹は海岸沿いの四車線道路へ出る。見慣れた風景があっという間に置き去りにされていく。


 しばらく運転に専念していた三鷹は、ようやく口を開いた。


「悪かったな、佐伯」


「何がですか?」


「あんな話になるとは思わなかった」


「……ビジネス的な判断でしょう?」


 窓の外へ目を向けていた志之だったが、


「俺が初めに言い出したことなんだ」


 バックミラーに映る三鷹の顔を凝視する。


「提案はこうだ。俺の〈ドレッドノート〉は改修中。今はシーズン真っただ中だってのに、出番がない。ユーウェインの名が腐っちまう。そこで目をつけたのがお前だ、佐伯」


 まただ。疑問が膨れ上がる。彼は自分から何を見出したのか。


「初めはハウンドのほうに興味があった。どう考えてもその辺の素人集団が造れるようなマシンじゃねえ。だが、ゲームを観終えてただの素人集団じゃないとよおくわかった。プレイヤーまで素人じゃないとはな」


 志之は否定しようとしたが、三鷹は目で制した。嘘をつくなと。


「鹿住がお前の経歴を調べた。元宇宙開発機構所属の操縦士研修生だったとはな。英才教育の賜物たまものってワケだ」


「落ちぶれ者ですよ」


「研修プログラムに参加するとき、テストでゲームをやったんだって? 何度も何度も繰り返して、色んな問題に挑戦するゲームだ」


「俺の正答率は低かったはずです」


「いや、正答率が全てのテストじゃない。何をどう解答するかで資質を探るテストだ。お前には確かに資質があったんだ。両親のコネでも運でもねえ」


 志之は思わず笑ってしまった。


「やけによく調べてあるんですね?」


「国の事業だったからな。ある程度はオープンだ。それに機構出身のエンジニアはウチにもいる。お前のことを知っているヤツがいたんだ」


 三鷹は笑みを返した。


「俺の提案は、完璧なチーム・バックアップだった。今のままじゃ立川整工は頭打ちになる。財力がモノを言う企業どもに潰される。だから俺はもっと面白くなったらいいと考えた。天井の低い犬小屋に押し込まれた猟犬を、もっとでかい家に住まわせてやるってアイデアが当たり前に思い浮かんだんだ」


 三鷹は自分だけを演出するスターなのではなく、さながら場にいる自分を演出するショーマンのようだった。


「〈ハウンド・ア・バウト〉ってのは宣伝に使える。ハウンド一機を間近で見せりゃインパクト大だ。競技自体の賞金なんてたかが知れている。もっと大きなビジネスに繋がるんだよ」


 それは志之が抱えていた疑問に対する、答えのひとつだった。

 なぜこの競技に参加するのか。儲かるからだ。単純明快である。


「本社の幹部がもう一機くらい抱えてみたらどうだって話が下りてきている。そこで俺はお前の名前を出した。『新しいドッグを開発するよりかは将来有望なチームに看板背負ってもらったほうが安上がりだろう』ってな」


 そこからはトントン拍子に段取りが決められ、立川のところへ話が舞い込んできたという経緯らしい。


「それがああなったのは……俺にも責任がある」


 志之はかぶりを振る。


「鹿住さんは鹿住さんで、考えがあるってことでしょう?」


「いや、あいつは――わからんでもねえけどな」


 そう言うと、三鷹は意味深な目つきをこちらに向けた。表情を窺うのではなく、もっと奥底を探るような視線だった。


 話しているうちに、車は志之が訪れたことのないエリアに入っていた。企業の研究施設が多い、ひらけた埋立地である。


 コンテナ車の出入りが多いようで、志之は様々な企業がこの新臨海区に拠点を持っていたことを今さら知る。

 このエリアの一角に、ユーウェイン重工は敷地を所有していた。


 ゲートの警備員に身分証を見せた三鷹は、ビルから離れたところにあるふたつの施設へと向かった。

 施設の片方が何かは、志之にもすぐわかった。ハウンドのガレージだ。スタジアムで見たことのある運搬車だけでなく、立川整工の軽トラも停まっている。


 しかし、三鷹はもうひとつの施設へとハンドルを切った。正面がガラス張りになっているオフィスといったおもむきの建物だ。高さはないが、広い面積を持つ半円形である。


「あの……」


 理緒の問いかけに、


「こっちでいいんだ」


 三鷹は固い声のまま車を停める。

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