来るべき解雇通達

 このやり取りで志之は、彼女がプレイヤーよりも上の立場、よくて対等の人間なのだと理解する。

 推測どおり、女性は上着の内側から名刺を取り出し、志之と理緒にそれぞれ手渡した。


わたくし、ユーウェイン重工ハウンド部門のマネージャーを務めております、鹿住かずみサチナと申します」


 とてもフォーマルな挨拶だった。志之も何度かメディアの取材を受けたが、こうもかっちりした対応は初めてである。つい恐縮してしまう。


「俺……佐伯志之です。〈雄風〉の操縦者をやっていて……」


「存じ上げております」


 鹿住はすぱっと切り出す。


「お話は聞いているかしら」


「ええと、〈雄風〉のスポンサーをってことですよね?」


 鹿住は淡々と訂正する。


「スポンサーではありません。〈ハウンド・ア・バウト〉において、私たちユーウェイン重工はあなた方立川整工と提携したい考えを伝えに参ったのです」


 志之は『提携』というワードの一発で状況を理解した。理緒もだ。ふたりは視線を交わし、慎重に彼女との対話に挑まなければならないと通じ合う。


 鹿住が「我が社の条件はこうです」と補足した。


「チームの運営経費は全てこちらで持ちます。ガレージのスペースも提供しましょう。修理や改造の資材も提供します。チームの方針に意見はしません。ユーウェインの看板を掲げて、今まで以上に〈雄風〉を運用していただきたいのです」


 文句のつけどころがない提案のように思える。

 しかし、鹿住の要求は終わりではなかった。志之はどうして自分にこんな話をするのだろうと疑問だったが、その意図はすぐに知ることとなった。


「もうひとつ。申し上げにくいのですが、佐伯さんには〈雄風〉から降りていただきます」


「え」


 何を言われたのか、咄嗟に理解できない。今はこのとおり生身じゃないか、と志之は自分の体を見下ろしてしまう。


 鹿住の声を聞いていなかった社員だけが平常業務の作業を続けていて、そばにいた社員は手を止めてこちらを凝視している。


 理緒も立川も凍りついたまま動けない。

 真っ先に声を上げたのは、なぜかユーウェイン側であるはずの三鷹だった。


「おい、話がちが――」


「運営の話よ。あなたは黙っていなさい」


 そんなやり取りを聞いているうちに、ようやく志之は一方的な要求の意味を噛み砕くことができた。


『〈雄風〉から降りてもらう』


 平たくいえば、クビということだ。


 不意にあの日の光景が蘇る。宇宙開発研修生プログラムの過程がまだ山ほど残っていた午後。プログラムの中止が言い渡されたとき、子供だとか大人だとかをはるかに超越した大きなパワーゲームに巻き込まれたときの無力感。


 呆然とする志之を庇うように、立川が鹿住の前に割って入った。


「そんな条件は呑めんな。鹿住さん、あんたは『チームの方針に意見はしない』と言ったが、これがそうじゃないのか。どういうつもりだ」


「私もこんなことを申し上げるのは心苦しいのですが……」


 威圧をかける立川に対し、鹿住は全く物怖ものおじしない。


「確かに佐伯さんの戦績には目を見張るものがあります。しかし、思い出してみてください。彼は何度、試合直後に医療室へ運び込まれましたか?」


「……五回だ」


「佐伯さん、なぜそれほど体を酷使しなければならないのか、心当たりがありますか?」


 志之は苦い顔で、ゆっくりと頷く。


「倒れなかった試合は余裕のある展開だった。倒れた試合はきつい展開でした」


「リーグが昇格すれば、プレイヤーの練度もハウンドの性能も高くなります。そうしたら、佐伯さんは今まで以上に体を消耗することになりますよね?」


 冷静な指摘だった。

 立川も志之も、異論を唱えることはできない。


「佐伯さんひとりの問題ではありません。未熟なプレイヤーをフィールドに送り出して、危険に晒す。観客はユーウェイン重工のことをどう思うでしょうね。我が社のハウンドは堅牢。たとえどんな銃撃を受けようとも、簡単には倒れない。そんなイメージはあっさりと崩れ去るでしょう。これはあなた方にとっても同じなのでは?」


 企業の戦略としても、個人の危機管理としても、志之を採用できない判断材料のほうが多いというわけだ。


 三鷹がまた口を出そうとする気配に、鹿住が目で制す。


「……もし条件が不服でしたら、この話はなかったことに――」


「待ってください」


 志之は自分でも驚くほど無感情に発言する。


 これは立川整工にとってチャンスなのだ。うっかり調子づいていたが、これは本来、自分の挑戦ではなく彼らの挑戦なのだ。

 思い出せ。志之は息を吐く。


「おじさん。俺が〈雄風〉に乗る条件、覚えてますよね」


「んなもんは忘れた」


「とぼけないでください。俺は暫定プレイヤーです。スポンサーが見つかって、他のプレイヤーを雇えるようになるまでの。そういう話で始まったことじゃないですか」


 立川は目を閉じて俯いた。

 初めから志之を乗せるつもりで〈雄風〉は造られた。そうだとしても、やはり、競技用のマシンである以上は、他の誰かが乗ることもあるのだ。


「この話、受けてください。俺の仕事はこれで終わりです」


「志之……!」


「社長でしょ、おじさんは」


 志之は立川の前に出て、鹿住に頭を下げる。


「〈雄風〉を大事に使ってください。いいマシンですから」


 彼女は一瞬、意外そうに眉を上げるが、すぐに事務的な表情に戻った。


「……お任せください」


 これで、志之と〈ハウンド・ア・バウト〉の関わりは断ち切られた。


 もうこの場にいる理由もない。志之は誰にも止められることなく立川整工から去った。


 コックピットを開放した〈雄風〉が、その背中を見送る。

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