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その日の夕方。
整備工場へやってきた志之は、駐車場に場違いなスポーツカーが停まっていることにすぐ気がついた。
鮮やかなイエローに、高級車メーカーのエンブレム。輸入車だ。
志之は自動車にあまり詳しくないが、それでも異彩を放つマシンには感動を覚える。モータースポーツの世界に片足を突っ込んだからか、車のデザインもさることながら、ハンドルの握り心地や操縦性、シートの快適さを確かめたくなってしまう。
普段の顧客が持ってくるような車ではない。
志之は業務の邪魔にならないよう、静かに作業場へ入っていくと――
「志之、こっちこっち」
作業着姿の理緒が手招きをして呼ぶ。
志之は彼女のもとへ向かいながら、作業場に立ち込めた異様な空気を感じ取る。圧倒的な緊張の中でなお、顔を覗かせる期待。スタジアムでクロムウェル委員長と面会したときに似ている。
原因は、〈雄風〉の前で立川と会話しているビジネススーツの女性だ。
切り揃えたショートヘアで、目つきが厳しい。その視線は〈雄風〉へと真っすぐ向けられている。
「……誰だ、あれ」
「聞いて驚かないでね」
「借金取りか」
「……そこまでウチの経営、苦しくないからね!?」
と、小声で怒ってみせる器用な理緒だった。
「あの人、ウチのスポンサーにつきたいんだって」
「マジか」
モータースポーツにおいて、スポンサーは必要不可欠な存在だ。
初期投資はもちろん、修理や改造、参加経費など諸々、とにかく金がかかるというのが競技の常だ。スポンサーから資金提供を受けることができれば、この継続的な苦痛が緩和される。
立川整工のスポンサーはゼロだ。
夢や情熱で競技へ参入して以来、スポンサー獲得が何よりも優先して解決しなければならない課題だったといえよう。
「どこの企業なんだ?」
「ユーウェイン重工」
「それって……」
志之が目で語ると、理緒も頷いた。
ユーウェイン重工といえば、自動車や船舶の他、発電施設の技術に携わっている企業だ。
新臨海区の開発には表立って関わっていないものの、彼らの技術が地区全域の送電を行っている。つまり、全ての住民が恩恵を受けている事業だ。
とはいえ、志之がその名を知ったのはつい最近のことだ。初めてスタジアムで観戦した日、絵馬が戦った相手がユーウェイン重工のハウンドである。
頭の中のデータベースを索引する。〈ドレッドノート〉。重量級ハウンドにして重武装。それを操るのは技巧派プレイヤーの――
「よお、佐伯だな?」
女性の傍らに立っていた短い茶髪の男性がこちらに近づいてきた。それまで作業員たちの顔をひとつひとつ確かめていたのが目当ての人物を見つけた、といった様子だ。
彼が何者なのか、志之には尋ねる必要がなかった。
「初めまして、
手を差し出してみると、相手はイメージどおり親しげに握手を返した。
「ははっ、話題のルーキーに名前を覚えてもらってるとは光栄だな」
「知らない人のほうが少ないですよ。どうしてここに?」
「ほら、おたくの社長さんと話してるヤツ。あいつをここまで送ってきたんだ」
「外の車は三鷹さんの?」
「いい車だろ。お前もそのうちあれくらい買えるようになるさ」
気が早いというか……期待されているのだろうか。このベテランプレイヤーに?
志之の困惑とは別の意味で、そばにいた理緒は驚いている。三鷹ではなくこちらを見て、だ。どうしてそんな顔をしているのかはわからなかった。
志之と三鷹の視線を受けて、理緒は背筋を伸ばした。
「わ、私、立川理緒と申します。〈雄風〉のメカニックをやってます」
「立川ってぇことは――社長さんの……お嬢さん?」
「はい!」
三鷹は女性付き合いに難があると聞く。志之は少し不安に思ったが――彼が口にした次の言葉は、志之を戦慄させるものだった。
「整備、大変だろ。足だけじゃねえ。腕にも相当ガタが来ているはずだ。右の第一アームフレームが歪んでると見た」
彼は自分の腕をぽんぽんと叩いてみせる。
図星かどうかは理緒の顔色を見ればわかることだった。
「あ、あの……どうして……?」
「試合のたびに射撃精度が落ちてる。殴ったり掴んだりのパワーを筋肉が吸収し切れず、負担が骨にかかってる。実際に間近でチェックしてみりゃ一目瞭然だ。上半身の左右バランスが崩れてる」
軽薄な口調はただの仮面だ。志之は三鷹恭介の人間像をさらに修正しなければならないと理解した。彼は本来、とても冷静で分析的なプレイヤーなのだ。
しかも――『試合のたびに』と言ったか? 志之が他者のデータを収集しているように、三鷹もそうしているのだ。こんな飛沫プレイヤーさえ見逃さずに。
理緒は機密を洩らさないよう、どう答えるべきか悩んでいる。
それさえも三鷹は軽いノリで流してしまう。
「今度ウチのガレージに見学しに来いよ。ユーウェインのスタッフは男ばっかりなもんでハウンドもごつくなっちまう。こんな可愛いメカニックちゃんに整備してもらってる〈雄風〉が羨ましいぜ」
「か、かわ……!?」
言われ慣れていない世辞にしどろもどろの理緒。こいつ案外ちょろいなと志之は心配になってしまう。大きなお世話か。
三鷹がなおもおだてようと口を開きかけたときである。
スーツの女性がハイヒールをつかつかと鳴らして近づいてきたかと思うと、とても慣れた様子で三鷹のシャツの襟を背後から掴んだ。
「そんなに暇ならあなただけでも先に帰っていいのよ?」
第一印象のとおり、クールな声だ。底冷えするほどに。
三鷹は背中にピストルを突きつけられたかのように両手を上げる。
「すんません、大人しくしてマス」
「ったく……」
彼女は嘆息をついてから、こちらに向かって表情を和らげた。
「ごめんなさいね、うちのバカが失礼をして。――ああ、おふたりが畏まらないでください。このバカがどうしようもないバカなんだから」
ひどい言われ様である。三鷹は頬をひくつかせて反論しようとするが、
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