4ハウンズ・バトルロイヤル:〈雄風〉佐伯志之

 ペダルを踏み込むと、〈雄風〉は一気に飛び出した。


 フィールドが眼前に広がる。簡素なビルの骨組みが自分を見下ろす。

 まるで違う世界に迷い込んだかのようだ。スタンド席から見下ろすのとでは感覚が違う。全高五メートルの機体に乗ってなお、眼前は広い壁で塞がっていた。


 まずは右手に向かい、外周道路を走る。

 踵のホイールが瓦礫の破片を踏んで、機体がわずかに跳ねる。衝撃はサスペンションが吸収してくれるが、二足歩行のバランスはコンピューターが取る。


 試合開始から一分後、志之は敵と遭遇した。『アルマジロ』だ。


 正面から現れたアルマジロもそれほど速度を出していなかったにしろ、両者は一気に距離を詰める形になってしまった。


 相手はマシンガンと比べて威力が落ちる反面、複数携行しやすく連射速度の高いアサルトライフルを持っている。〈雄風〉の分厚くない装甲では十分、致命傷になりうる威力もあった。


 相手の銃がこちらに向く。

 志之はペダルを傾け、脇道に入る。遅れて発砲音。こちらのほうが反応はいいし、位置を確認することもできた。動き出しは上々。


 円の内側に潜り込みつつも外周寄りに走っていると、今度はイノシシと接敵した。

 あちらもマシンガンを持っているにもかかわらず、まさしく猪突猛進でこちらへと向かってくる。志之は相手をせずに中心寄りへと逃げた。


 立て続けにカマキリが飛び出してきた。

 危ないところだった。T字路の曲がり角で待ち伏せていたのだ。アルマジロの発砲音と〈雄風〉の走行音を聞いていたのだろうか。


 志之はついにマシンガンを撃った。当たればなおよかったが、威嚇になれば十分だと思った。案の定、軽装のカマキリは被弾を嫌って奥に引っ込んだ。その隙にT字路を直進してパスする。


 なんだ、やってみればできるじゃないか。

 志之は浮かれる気持ちを抑えつつ、プランを組み立てる。


 アルマジロが後を追いかけてくるのを、背部のサブカメラでちらりと見ていた。つまりは今はもう路地に入ってきているということだ。


 イノシシは右手に見えた。

 カマキリは左手から現れた。


 よし。志之はここから大きくぐるりと回って、追走するアルマジロにイノシシとカマキリを鉢合わせることに決める。数を減らして消耗したところを、おいしくいただく。これだ。


 考えながら走っている間、


 志之は〈雄風〉の旋回能力に信頼を抱いていた。調整に調整を重ねた足回りの柔軟性と人工筋肉の強靭性により、スピードを落とさずに進路を曲げられる。


 上半身をねじることでメイン・サブの両カメラで三六〇度の視界を得ることができる。T字路や十字路を抜けるたび、志之は三機の機影を視認していた。


 アルマジロ。イノシシ。カマキリ。どれもこちらを向いている。

 これらを一直線上に並べて、戦い合わせれば――


 そこで志之は、違和感を覚えた。


 何かがおかしい。何かってなんだ?

 その違和感の正体は、すぐにはっきりした。


 それまで狙っていたタイミングがついに到来した。直線状に二機が並んだのだ。アルマジロ、イノシシの順番だった。


 アルマジロがアサルトライフルを撃つのと同時に、志之も応戦する。

 マズルフラッシュに目を焼かれながら、敵機の残像を追う。ただし、その場に釘づけにはされないように早々に離脱する。


 射撃はそれなりに命中していたと思う。もしかしたらイノシシとの挟み撃ちでアルマジロは落とせたかもしれない。


 ――いや。


 数秒後、志之は先ほどの光景を思い返す。

 アルマジロが背を晒しているというのに、イノシシは微動だにしていなかった。マシンガンの銃口は〈雄風〉を追っているように見えた。


「……えっ?」


 それってどういうことだ?


 今度はイノシシ、カマキリの順に並ぶ。

 イノシシの背後に潜んでいるのに、カマキリはイノシシを攻撃しない。それよりも〈雄風〉を先回りするように建物の陰へと駆け込んでいった。


 もう間違いない。


「嘘だろ?」


 確信を得て、志之は愕然と呻く。


「俺ひとりをみんなで狙い撃ちか!」


   〇


「なんで戦わないの!?」


 叫んだのは理緒だった。ガレージのモニターで観戦していたのだ。


 モニターには放送されている映像が流れている。志之の視界はわからないが、どう見ても他の三機は接敵しているにもかかわらず、互いに攻撃しようとはしていない。


 立川が苦々しい表情で呟く。


「洗礼ってヤツだな」


「何それ」


「新人に〈ハウンド・ア・バウト〉の厳しさってもんを教えてやろうっていうんだ」


「はあ!?」


「あるだろう、どの世界にも。ぽっと出の野郎がちょっといい機体を引っ提げてフィールドをうろついている。何戦か経験済みの先輩たちは、後輩に『もっと苦労しろ』と突っかかってきたんだろう」


 理緒は立川を見上げる。


「じゃあ、志之はどうすればいいの?」


 返ってきたのは歯軋りだけだ。

 すがるようにスタッフたちを見渡すが、誰もが沈黙している。


 答えを知る者などここにはいない。知っていてもどうにもならない。モニターの向こう、フィールドで疾走する志之が導き出さなければならなかった。

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