ハートに火を入れろ
試合当日。
午後二時からスタジアムはオープンした。
観客が徐々に、そして続々と集まってくる。第一試合が始まる頃にはスタンドも満員になっているだろう。
立川整工は第一試合終了後に駐車場へ到着。トレーラーにワイヤーで縛りつけられて運ばれた〈雄風〉は、志之の操縦によってガレージに移送される。
他のチームも似たような規模の会社だ。専用の運搬車は所持していない。ユーウェイン重工の〈ドレッドノート〉やブリギッド・モーターの〈クラウ・ソラス〉に感じた威圧や美しさは全くない。格闘用に改造した工業機械たち、という印象だ。
これが競技ランキングが上がるほど、大企業マシンの展覧会になる。マネー・イズ・パワーというわけだろう。
志之の出番は第三試合だ。早くて二十分後か。
作業着に着替えて準備運動をしていたところに、理緒がやってくる。
「あんまり緊張してないみたいね」
「そう見えるか?」
「違うの?」
「緊張してるよ、もちろん」
理緒はずっと腕を組んでいた。それは志之以上に不安がっている証拠だ。ハウンドを潰されたら困るからか? そうではなかった。
「危ないと思ったら、すぐに棄権すること。いい?」
「……具体的にどういう状況だ?」
「警告は出してくれるってマニュアルに書いてあったけど、それだけじゃなくて、ダクトが潰れて密閉状態になったり煙に巻かれたりしたら」
「呼吸器が中に置いてある」
「銃撃戦だってするんだから」
「コクピットを貫通したなんて事故は起きていない」
「格闘になったらわからないじゃない」
「それもいろんな負荷実験をして大丈夫だって証明されてる」
「とにかく」
理緒は真剣な表情で、こう言った。
「勝負よりも志之が無事なのが一番なんだから」
「プレイヤーは替えが利かないしな」
「そういう意味じゃなくって――」
「理緒、心配してくれてるのはわかってる」
志之は笑うことで彼女を安心させようとした。が、そんなもの、安全の保障にはならない。理緒はにこりともしない。
「大丈夫。〈雄風〉をちゃんとここに戻ってこさせる。そのためにも俺自身の安全も図る」
「プランはあるの?」
「作戦ってほどじゃないけど、相手のことは頭に叩き込んでおいた」
志之は自分が使っているタブレットを拾い上げ、その画面を理緒に見せる。
「相手のハウンドはたとえるとカマキリ、アルマジロ、イノシシなんだ」
「……どういうたとえよ、それ。や、なんとなくわかるけど」
「だろ? カマキリは腕が長くて、角から体を出さずに射撃してくる。アルマジロは丸っこい装甲で機体を覆ってるから撃ち合い上等。イノシシは隙あらば取っ組み合おうとしてくる」
「志之は、どの相手となら戦いやすそうだって思うの?」
「一番はイノシシだな。こっちのマシンスペックが上回ってるって確信してるし。アルマジロは足が遅いみたいだから、逃げ回るならこいつを中心に動きたい。そうじゃないと渦から弾き出されたような位置になって、逆に奇襲されるみたくなると思う」
「カマキリはどうなの?」
「そう、問題はそいつだ。一騎打ちになるとしたら、多分こいつだと思う。面倒くさそうなんだよな。ヒット・アンド・ウェイで絡んでくるタイプだし」
理緒はタブレットのメモとこちらの顔を交互に見比べて、目を瞬かせた。
「いろいろ考えてるのね。余計な心配だったかしら。昔もこうだったの?」
「もっと考えることあったよ。廃棄物の速度や重力圏の近さとか。変に解体するとデブリを出すから、どうすればクリーンにやれるのかとか」
「……それでなんであんたが物理苦手なのかよくわかんないんだけど」
「俺の頭は実践じゃないとぴんと来ないようになってんだよ」
理緒がくすくすと笑うのを見て、志之も秘かに抱えていた重い気持ちがいくらか楽になったようだった。
深呼吸をすると、宣言するように続ける。
「俺はちゃんと勝ってくるつもりだ。確かにおじさんにこのこと話されたときはどうしてって思ったけどさ。だけど、しばらくお前んとこに通って、〈雄風〉がいろんな人の手で整備されてるのを見て、俺も調整に参加して――ちょっとは愛着も湧いた。理緒には弁当まで作ってもらったし」
「……あっそ」
「うちの親がどういうつもりでこれをお前んとこに持ち込んだかはわからないけどさ」
志之は背筋を伸ばし、待機する〈雄風〉を見上げる。
「とにかく、仕事はきっちりこなす」
「じゃ、私はしっかり応援してるから、ね」
ふたりは自然と見つめ合い、互いに肩の力を抜いていた。それは準備運動などでは絶対に得ることのできない、戦闘を前にしてのリラックス状態であった。
試合直前、志之はこの土壇場で落ち着いていた。まだフィールドに入ることの実感がないこと、理緒との会話で自分の役目をはっきりさせたことが作用しているようだ。いい兆候だと思う。
「やっぱりお前さんは『こういうの』の適正があるみたいだな」
コクピットシートでくつろいでいたところを覗き込んできたのは、立川だった。にやりと不敵な笑みを浮かべている。
「伝言を預かっている」
両親の、だと志之はすぐに察する。
「あの人たちはいつも回りくどいなあ。で、なんて?」
「需要はどこにでもある、とさ」
とても簡潔なメッセージだった。そして、それを聞くのは二度目だった。
志之はかつて、宇宙用無人作業機を扱う研修を受けていた。宇宙開発を目前に、国際的な競争でリードを取るために人材教育が盛んとなったのだ。それで、小学生の頃からのプログラムに参加していたのである。
ところが中学二年の冬、プログラムは突然終了することになった。
競争から戦争リスクが高まったことで、国際宇宙法が強化されたのだ。
すなわち、国単位での勝手な開発は禁止され、国際組織に委託された企業、派遣作業員のみに事業が限定されたというわけだ。
プログラムは国際組織に移管されることもなく、参加者の子供は散り散りとなった。
志之は宇宙に対して憧れを抱いていた。その研修は、とてもとても充実したものだったのだ。
それがあぶくとなって消えた。
自分は必要とされない人間なのだ。
夢を奪われたようで失意のどん底にあった志之に、両親はこう言った。
『需要はどこにでもある』
今ここで、それを繰り返し聞くことになるとは。
プログラムで得た知識を無駄にするな、ということなのか。
志之が立川家の事情を知るように、立川も志之の境遇を知っている。
「思ったようにやりゃいい。それができるように、俺たちはこいつを調整した」
「……それ、逆にプレッシャーかかりますよ。なんだか俺のためにやってくれたみたいじゃないですか」
「そうか? じゃ、仕事をこなしてくれ。こういう華やかな舞台で俺のメンテしたマシンが活躍するというのは、ずっと夢だったんだ」
「ぶちかましてきます」
志之が頷くのを見て、立川も頷き返す。彼なりの激励だったのか。
ガレージ内にアナウンスが響く。ひとつ前の試合が予定よりも長引いたらしい。
《第三試合開始まで、三十分です。プレイヤーは武装後、ゲート前にて待機してください》
「志之!」
脚立を下りていく立川と入れ替わりに、真下から理緒の声が届いた。志之はコアから身を乗り出して聞く。
「武器はあっちで渡されるから!」
彼女は〈雄風〉の足元を指差していた。正確には、ハウンドを運ぶリフトを、だ。
ガレージの下にはフィールドへ出る地下通路がある。そこで運営委員会に前もって要請しておいた武器を受け取ることになっている。
「了解」
「わからなかったら、試合の直前までは無線が繋がってる。それでこっちに相談して」
「あいよ」
「それから――」
急に言い淀む理緒だったが、時間が一刻一刻と迫っていることを承知していて、すぐにいつもの表情でひと言、
「がんばって」
「いってくる」
がらではないと自分でも思ったが、志之はサムズアップで応えた。
コクピットシートに戻って、ハッチを閉鎖。ディスプレイが作動し、コアの真上のアイカメラから取り込んだ視界が映し出される。
側面の視界は無だが、正面なら鮮明に映っている。脚立を外す理緒や立川、スタッフたちの顔がはっきり見える。
ばす、と充電ケーブルの外れる音がした。ディスプレイにもその旨が表示される。
ややして、チーム用の回線で《足元退避、安全確認。行ってよし》と立川の声が聞こえた。
がたん、とハウンド全体が揺れる。リフトが下降を始めたのだ。
こちらのシステムとスタジアムのシステムが同期する。
〈プレイヤー1〉から〈プレイヤー4〉の表記がずらりと並んだ。それぞれ数字の後にはハウンドのコードネームが連なっている。
志之は〈プレイヤー3/ユウフウ〉だ。
リフトシャフトを抜け、地下フロアへ。
ロボットアームが武器を用意してくれていた。志之たちが申請したのは、マシンガンとコンバットナイフのみだ。それほど多くの武装は積めないし、扱えもしない。
ナイフは腰の保持部に
明るい地下通路を徐行速度で進んでいく。
ゲート前の待機位置は、はっきりとした白線で示されていた。踏み越えないように〈雄風〉を立たせる。カウントダウンを見ると、開始七分前だった。
志之はゲートの上にカメラがついていることに気づいた。
あのカメラが〈雄風〉の姿を観客席に映しているのだろう。観客から見て〈雄風〉はどういう印象なのだろう。志之は不安というより好奇心を抱いた。
「ふー……」
マシンガンの銃身を片手で持ち、空いた片手の指をもう一度動かす。小指から順に、操作グローブを握っていく。きしきしと動くマニピュレーターは、虫の節足みたいだ。それを見ていると、自身の肉体の感覚が失われていく。
自分は考える装置だ。この身は装置のガワで、脳というCPUを守っている。
志之が思うに、自分の脳は
自覚している限りでは、まず本能という第一の思考が押し寄せる外部情報を
だから、『感覚合わせ』は志之にとって憑依の儀式だった。
実際に搭乗することで、遠隔操作機よりも遥かに、アクチュエーターの脈動を自分の筋肉や血管のように感じることができた。
儀式を終えたとき、志之自身も気づかないうちに、前のめりとなってゲートを睨んでいた。
まだか。早く行かせろ。
《ゲームスタートまで十秒》
ようやく、無感情なアナウンスが秒読みを始める。
《五、四、三――》
ハウンドの全身の人工筋肉が弛緩し、力を蓄える。機体が沈み込む。
《――二、一》
ゼロ。ブザーと同時に、四か所のゲートが一斉に開かれた。
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