ハウンドプレイヤー

 フィールドゲートの奥――入場通路。

 一歩一歩、地響きを立てて歩いてくるのは、『ハウンド』と呼ばれる二足歩行型ロボットである。


 ハウンドの基本的な姿形は全高五メートルの人型だが、設計者によって多少の個体差がある。


 たとえば、モニターに映るカーキグリーンのハウンドは平均を大きく上回る巨体だ。

 全身が分厚い装甲に守られ、背部の排気系から高熱を噴出している。機体が揺らめいて見えるほどだ。

 足には走行用ホイールを装着するのが一般的だが、このハウンドはキャタピラを装着していた。


 装備は二百発装填のボックスマガジン型マシンガンと、近接戦闘用のコンバットナイフだ。

 ナイフはすでに腕部の展開装置に固定されている。


 両手でマシンガンを抱えた重量型ハウンドは、白線の手前で待機する。

 その威容に、搭乗者の映像が重ねられる。金髪に染めた日本人男性が白い歯を見せて笑っている。観客の一部から黄色い声が上がった。


《三鷹選手は二十五歳の若手プレイヤーですが、前年度のランキングは上位維持。今年度一発目の試合が賞金獲得権争いとはこれまた派手ですね。六条さん、彼についてはいかがでしょうか》


《三鷹選手といえばスキャンダラスなキャラクターですね》


《え、ええ……そこですか?》


《盤外戦術ですよ》


《と、仰いますと?》


《試合中は冷静沈着で基礎中の基礎をきっちりとこなす、職人そのものです。ユーウェインがトレーニングシミュレーターを導入したことも、操縦スキル向上に一役買っていると思われます。位置取り、索敵、接敵、交戦。ポイントポイントに注目してください》


《なるほど。ユーウェイン重工社製のハウンド、〈ドレッドノート〉はどう見ますか?》


《私が現役の頃は単なる的と評価されていました。機敏に動くハウンドでなければ銃撃戦から逃れられず、全方向から一方的に攻撃される。しかし、今はみなさん、そうは思いませんよね。彼らユーウェイン重工社はそのイメージを払拭してきました。被弾を前提に、圧倒的な火力で相手を行動不能にすればいい。それを確実に実行できるハウンドです。……まあ、修理費も確実に大変でしょうけど、そこはスタッフの整備力とチームの資金力でカバーですね》


《なるほど! ありがとうございます!》


 つまり、ユーウェイン重工社〈ドレッドノート〉、三鷹恭介のタフさ前提の戦いはあまり参考にならない。

 その代わり、志之は解説が言っていた『ポイントポイント』を見逃さないように意識する。


 三鷹恭介側の紹介が終わると、ハウンドの映像が白煙のように消えた。


 スタジアムが一瞬しんとなる。これから現れる者を感情剥き出しにして迎える。そんな間だった。


 音楽が流れる。ロックミュージック。観客が一斉にわっと立ち上がった。志之と理緒は熱狂に取り残されながらも、モニターが見え辛いのでぎこちなく後に続いた。


 もう一機のドローンが反対方向のゲートに移る。

 通路の奥から徐行速度で進み出たのは、パールホワイトのハウンドだ。


 戦闘機を連想させる鋭利なフォルムである。背中から突き出た放熱フィンが翼のように見えた。った言い回しをすれば、鋼鉄の天使といったおもむきである。

『ハウンド』だからか、頭部に立ち耳がついている。設計者かプレイヤーか、どちらかの趣味だろう。機能的な理由もあるのかもしれないが。


 主力火器は二ちょう持ちのサブマシンガン。右腕にダガーを内蔵。左腕にワイヤースピアガンを装備。高速戦闘重視の構成だ。


 こちらのハウンドは、腕をだらりと下げて待機する。志之には余計な緊張を取り除こうと脱力しているように見えた。


 緊張? これだけ注目を集めているプレイヤーが?

 分からない。直感だった。


 なぜか見入ってしまう志之の鼓膜を、鳴門の声が打つ。


《お待ちかね、我らがヒロインの登場です! ブリギッド・モーター社の〈クラウ・ソラス〉を駆るプレイヤーといえば、そう! 弱冠十六歳にして獲得権保持者ホルダー絵馬えま・ルゼぇぇット選手!》


 ハウンドに重なるように、本人の映像がばんと大きく映し出される。


 絵馬・ルゼットはトッププレイヤーだ。

 金と茶が混ざったような明るい色のセミロングヘア。輝くような瞳。チャーミングで活発そうな美少女である。


 純白のプレイヤースーツには数多のスポンサーロゴが貼りつけられている。体にフィットしているので、健康的な肢体のラインがはっきりと分かった。


 物怖ものおじしない、大きな体の動きでポーズを取る絵馬。恐らく今の日本で知らない者はいないであろう、テレビでもネットでも電波という電波を使って伝えられる『絵馬・ルゼット』像そのものの躍動感だった。


 そして、十六歳。

 自分と同い年の少女が、志之には別の世界にいる人間のように思えた。


《〈ハウンド・ア・バウト〉の顔となりつつある彼女ですが、同チーム所属にして愛弟子ということで、六条さん一言お願いします!》


贔屓ひいきなしに、素晴らしい才能の持ち主です。空間把握能力が抜群ですね》


《空間、ですか?》


《フィールドを走り回っていると、自分がどこにいるのか、相手がどこにいるのか、この道はどこに出るのか、どこのビルを突っ切れるのか、咄嗟に分からなくなってしまうんです。これがルゼット選手の場合、本能的に理解できているんです。詳しく分析すれば様々な視覚・聴覚情報を処理しているのかもしれませんが》


《はー、つまり試合中は『なんとなく』で常に相手を捕捉していると?》


《去年のデビュー試合からそういった片鱗は見せています。歴代最速ランキング入り、先代ホルダー撃破、最年少MVPは彼女の才能とそれをコントロールする技術による成績ですね》


《なるほど! すると、ルゼット選手の特徴と軽量高機動型の〈クラウ・ソラス〉は相性よさそうですね!》


《ええ、そのとおりです。というより、プレイヤーはチームが用意したハウンドに搭乗するのが普通ですが、〈クラウ・ソラス〉はルゼット選手のために設計されたハウンドなんです。ブリギッドはルゼット選手に賭けているんですよ》


《ブリギッド・モーター社はレース業界でも活躍されていますね!》


《はい。ハウンドの性能も速度を追求した設計であるものの、耐久度に関しての不安はほとんど見られません。ルゼット選手の思い描く動きに追従できるくらいですから、本人にとっては翼を与えられているようなものでしょう》


 六条の絶賛を受けて、鳴門は唸る。


《現在二連勝中のルゼット選手、百億を掴み取るために敗北は許されない! このスピードVSバーサスヘビーの戦いはどう展開されると思います?》


《三鷹選手が一度ひとたび陣取れば、そこから動くことはないでしょう。そうなると、ルゼット選手は防御を崩さなければなりません。彼女特有のトリッキーな機動でどれほど攪乱できるか。三鷹選手はその自由をどれほど封じられるか。この辺りが勝敗を分けるポイントになるのではないでしょうか》


《ありがとうございます! さあ、コロッセオで最後まで立っていられるのはどちらの選手でしょうか! 実況の私も手に汗を握ってしまいます!》


 古代ローマの剣闘をたとえに使う鳴門だったが、当然、選手と観客の安全措置は取られている。

 海外で発祥してから二十年、死者はほとんどいない。少ない死亡例は全てプレイヤーの不注意だ。

 それほどに安全でなければ、銃火器を使用するゲームなど実現しなかっただろう。日本で普及することもありえなかったはずだ。


《〈ビリオネアチャレンジ〉第三回戦、絵馬・ルゼット選手VS三鷹恭介選手の試合が間もなく始まります! みなさん、両者の激突を見守りましょう!》


 鳴門がまとめ終えてすぐ、


『試合開始、五分前』


 再び、スタジアム内にアナウンスが流れる。


 それまで浮かれたように立ちはしゃいでいた観客たちが黙って着席する。その静まり様は、大きなうねりが到来する前に波が引いていくようだった。


 五分という時間は短いようで、じっと待っていると妙に長く感じる。場の空気も手伝って息が詰まりそうだ。

 そのかん、志之は漠然とした疑問を思い浮かべていた。どんな競技のどんな選手に対してもインタビュアーが尋ねる質問だ。


 どうしてこの世界に飛び込んだのか。

 他の道は考えなかったのか。


〈ハウンド・ア・バウト〉は豪華絢爛な競技だ。しかし反面、チーム側の資金繰りは切羽詰まっている。下手な敗北で機体を大破させてしまえば、修理することも不可能かもしれない。


 それでもフィールドへ立とうとするのは、なぜか。栄光や賞金に魅入られているのか。一瞬の高揚感が生き甲斐にでもなっているのだろうか。

 志之には疑問だった。あそこに立てば、何かわかるのだろうか。


 カウントダウンが始まる。


《五、四、三》


 勝ち負けの予測もつかない、試合の。


《二、一――ゼロ》


 鳴り響くスタートシグナルは、観客の声援によって掻き消された。

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