ビリオネア・チャレンジ第三回戦:絵馬・ルゼットvs三鷹恭介

 ホログラムモニターにはフィールドの縮小図が描かれる。


 ビルは簡易線のみで表され、ハウンドの精巧なミニチュア像が路地を駆け抜けていく。両者の距離に応じて、図はどんどん拡大された。


 初動を確認したか、鳴門がワンテンポ遅れて実況を始める。


《ルゼット選手はフィールド外周を回り込んで索敵しています。一方、三鷹選手は中央に向かっているようですね》


《お互いにいつもどおりといったところでしょう》


 プレイヤーはまず、敵の位置を把握しなければならない。

 レーダーや外部センサーの搭載は禁止だ。自身の目と耳と直感で、敵を探るのである。


 外周道路は速度を落とさずに回ることができる。

 路地は曲がり角が多い。索敵できていないと、思わぬところで出くわして足を止めての揉み合いに、となる。


 なので、開始直後は外周を移動し、敵を捕捉してから接近、というのがひとつのセオリーになっているようだった。


 ところが〈ドレッドノート〉三鷹恭介は、フィールド中央の十字路に居座った。来るなら来い、迎撃してやる、という強気な姿勢である。


《まるで自分から背中を晒すようにも見える陣取りですが、これはかえって三鷹選手の不利に働くのでは?》


 鳴門の質問に、六条は肯定で応じた。


《確かに。遮蔽物に身を隠すのがベターです》


《さあ、いよいよルゼット選手の視界に三鷹選手が映ろうとしています!》


 絵馬・ルゼットの〈クラウ・ソラス〉は、人間がスケートを滑るように体を傾けて走行している。

 その姿勢だけで、下半身のバランサーがとてつもなく優秀だと分かる。他のマシンはもっとロボットロボットした挙動で走るからだ。


 彼女は十字路を通り過ぎる瞬間、ありえない場所に歩行戦車が佇んでいるのを見つけた。

 腕を持ち上げるが、そこでの射撃を断念して走り抜ける。次に視界に現れたときに狙うつもりのようだ。


〈ドレッドノート〉三鷹恭介も彼女の接近を感知したようだ。

 ホイールがコンクリートの路面を切りつける摩擦音に反応したのか。脚部のアンカーを地面に打ち下ろすと、そこを支点にして方向転換する。


 観客の視点だからこそわかる。三鷹は本当に音だけで相手の位置を特定していた。構えられたマシンガンの銃口は〈クラウ・ソラス〉の機動を追っていた。


 両者は今度こそ相対する。視線と射線が交錯する。

 瞬間、閃光がフィールドから瞬いた。轟音が防爆ガラス内を跳ね回る。


〈ドレッドノート〉は銃撃を受け、全身から火花を散らせた。

 が、倍の量の銃火をマシンガンから咲かせる。空薬莢やっきょうが排出され、がらんがらんと地面を転がる。


〈クラウ・ソラス〉は足を止めなかった。長くは撃ち合わず、すぐに角へと姿を隠す。まともに撃ち合って勝てるわけがないと悟っているからだ。


 ホログラムモニターが拡大される。


〈クラウ・ソラス〉は被弾していた。右手のサブマシンガンが撃ち抜かれていた。絵馬・ルゼットは使い物にならなくなった武器を、なぜか捨てずに持ち運ぶ。


《どちらもしっかり命中させますねえ!》


 鳴門の興奮度が増している。


《三鷹選手はだいぶ被弾したようですが、かすり傷です。さすがの装甲ですね!》


《この距離での撃ち合いなら、損傷を受けることはない。そう踏んだのでしょう。迷いがないし恐れもない。これは……手強い》


《六条さん。ルゼット選手の主力火器が通用しないとなると、これは一方的な試合になるのでは?》


《まだまだわかりません。〈クラウ・ソラス〉の得意な距離まで接近できれば、サブマシンガンでもやりようがあるでしょう。あくまで『できれば』の話ですけどね》


 六条の言葉どおり、〈クラウ・ソラス〉は細い道に入った。ビルとビルの隙間を縫うように距離を縮めようと試みている。


〈ドレッドノート〉は相手の姿が見えていないにも関わらず、マシンガンを乱射し始める。恐ろしいことに、狙う方向はぴたりと正確だった。


〈クラウ・ソラス〉は鼻先を掠めていった銃弾に驚き、華麗なターンを決める。逃げる後をなおも無数の銃弾が追いかけてくる。


 思わず鳴門が叫ぶ。


《ああっと、まるで透視しているような三鷹選手の銃撃だ! お得意の『壁抜き』ですね!》


《そう、これがあるから難しい。しかしルゼット選手の反応も素晴らしかったです。咄嗟に回避していなければ、あれで試合終了でした》


 基本的に〈ハウンド・ア・バウト〉の一試合の時間は短い。

 運営が意図的に銃火器の火力を落としているとはいえ、一般企業が造りえる装甲など紙にも等しい。


 だから、粘り強いプレイヤー、華やかに逆転するプレイヤーは人気者となる。


 観客たちは決着の一瞬を見逃すまいと刮目かつもくしている。

 期待と緊張。それらが銃撃のミキサーにかけられて、「ああ」とか「おお」とか、単純な呻き声しか洩らせなくする。それ以上の言葉を忘れさせてしまう。


 交戦しているふたりには周囲の想いも声も届かない。チームの無線すら通じていない。全ての判断はリードから離れたプレイヤー自身、猟犬ハウンドに委ねられている。


 志之は考える。自分だったらどうする?

 移動要塞を陥落させる方法。絶望的な距離を縮める方策。

 外野は頭で考えられるが、プレイヤーは逃げるのに必死なはずだった。


 ――いや。

 志之は直感的に違和感を覚える。〈クラウ・ソラス〉の動きはおかしい。一旦下がろうという弱気は見えない。


 依然として距離を縮め続けているし、微妙に走行速度を調整してもいる。だから三鷹恭介の壁抜きはすれすれのところで直撃していないのだ。


 まさか実行しようとしているのか? 突破を。

 志之は気づいていなかった。三鷹恭介の技術に注目していたのが、いつの間にか純白のハウンドから目を離せなくなっていたことに。


〈クラウ・ソラス〉は建築物の中に飛び込み、破壊されたサブマシンガンを投げ捨てた。


 音が響く。三鷹恭介は音の発生源を狙う。両者をはばむ壁は鉄板一枚。さぞややかましかったことだろう。


 だが、それは囮だ。絵馬・ルゼットはベテランプレイヤーを『釣った』のだ。

 本体は上階へのスロープを静かに上っていく。その行動がホログラムモニターだからこそ見えていた。


《下がダメなら上からと接近を試みるルゼット選手! これに三鷹選手は対応できるか!?》


《見過ごしてくれるような相手じゃない。間違いなく迎撃され――》


 六条が解説する暇は与えない。


〈クラウ・ソラス〉は壁に体当たりし、下半身の人工筋肉をフル活用して空中に飛び出た。


 その瞬間、まさに彼女は天使だった。放熱フィンの小さな翼で羽ばたこうとする、力強い生命だった。


 彼女は対面のビルにスピアガンを使用。左手首の内側から射出されたワイヤーロープつきのもりが鉄骨に突き刺さり、先端を二又に展開する。


 ロープが一気に巻き取られる。脚力と牽引力で、鋼鉄の体は跳躍した。


〈ドレッドノート〉は後退しながら空中の〈クラウ・ソラス〉を狙う。数十メートルの中距離で猛火を吹く。


 しかし、〈クラウ・ソラス〉は対面の建築物に渡ろうとしているのではなかった。軌道は壁に激突するコースだった。


 足から壁に着地し、ホイールを回転させる。ワイヤーロープによる振り子で〈クラウ・ソラス〉は加速し始めた。


〈ドレッドノート〉が狙いを修正するも、着弾地点がワンテンポずれている。もっと後退する必要があった。足元にばら撒かれた薬莢が空しくコンクリートを叩く。


〈クラウ・ソラス〉はスピアガンそのものを左腕からパージし、再び足の力で跳躍。〈ドレッドノート〉の頭上を飛び越していく。


 立体的にすれ違う瞬間、サブマシンガンの連射が放たれた。〈ドレッドノート〉の頭部が、関節部が、ついに穿うがたれる。


 攻撃はそれだけでは済まなかった。柔軟な下半身で着地した〈クラウ・ソラス〉は勢いのままターンすると、右腕を振り払った。


 きらめいたのは、内臓型ダガー。両手首の外側に装着された装置から、隠されていた刃が伸びる。


 背中への猛烈なタックル。鋭利な刃物が装甲を貫き、〈ドレッドノート〉の急所であるバッテリーに深く深く突き刺さる。


 それきり、両者は動かない。

 静寂。


 観客が注視する中、やがて〈ドレッドノート〉の全身が沈む。人工筋肉への電力供給が絶たれて行動不能に陥ったのだった。


 だけど、そのことを、スタジアムの誰もがまだ理解できていない。

 ただ、システムリンクしたコンピューターだけが決着の行方を知っていた。


《〈ドレッドノート〉、行動不能。試合終了》


 志之の近くにいた観客が喉を震わせるのと同時に、


《るっ……》


 実況席の鳴門が声を引きつらせた。


《ルゼット選手の勝利です! 三鷹選手行動不能! ルゼット選手の勝利!》


 それでようやくアナウンスが聞き間違いではないと分かった観客たちが一気に沸き立つ。凄まじい轟音だった。隣の理緒までもが「すごいすごい」と叫んでいる。まるで昔に戻ったようなはしゃぎっぷりだった。


《三鷹選手、ルゼット選手に苦戦を強いるも、惜しくも敗北! その健闘を大いに称えましょう! そしてワンチャンスで勝負を制してみせたルゼット選手には、見てください! スタジアム中、いえ、配信をご覧のみなさまからも拍手喝采が送られています! 三連勝達成、おめでとうございます!》


 試合が終わって外部との通信が繋がったのだろう、〈クラウ・ソラス〉の胸部が左右に開かれた。ハウンドの胴体に格納された共通規格のコクピット。そのハッチがさらに倒れ、足場を作る。


 中から、絵馬・ルゼットが出てきた。


 ホログラムモニターが彼女を大きく映し出す。


 絵馬は小柄だった。肩を大きく上下させ、息を整えている。額の汗を拭うと、はっとするような笑顔で観客に手を振る。

 それだけでさらに観客のボルテージも高まるのだから、なるほど、これはまさにアイドルであった。


《いやー、お恥ずかしいことに実況が追いつかなくなってしまいました。六条さん、あの試合展開からこの決着、いかがでしたか?》


《こうやって外から見ているとわかりにくいのですが、ハウンドは上下に揺さぶられると反応しづらいんです。何しろ、上から襲われることなどほとんどありませんし、音の聞き分けも難しくなります》


《普通は平面に広がってドンパチですよね》


《ルゼット選手の特徴はこういうところによく出て、相手と自分の距離の詰め方が、本当に自由なんです。》


《壁走り、とでも言いましょうか。あんな機動は初めての当たりにしましたね》


《この競技が単なる撃ち合いではなくなってきた、その象徴でしょう。〈クラウ・ソラス〉は次世代のハウンドです。それにルゼット選手の思い切り、マシンへの信頼がなければこんなことはやろうとも思いません。新しいシーンを生み出してくれそうだという期待が増しますね》


《次回は鬼門の第四回戦になります。これまっで挑戦してきたホルダーのほとんどが、ここで敗退しています。果たしてルゼット選手はジンクスを打破できるのか。次回のゲームマッチは未定ですが、我々は彼女の挑戦を楽しみに待っています!》


 鳴門は口早に幕引きのトークをまとめると、モニターも実況席に切り替わった。ハイテンションな実況で試合を盛り上げた彼女は、一転、知的な表情で微笑んでいた。


《これにて〈ビリオネアチャレンジ〉第三回戦は終了となります。実況はわたくし、鳴門響と、解説の六条宗晴さんでお送りしました》


《はい、ありがとうございました》


《〈ハウンド・ア・バウト〉はクロムウェル・システム社、及び関係スポンサー様の提供で開催されております。それではまた、一週間後から始まる通常試合でお会いしましょう! ご視聴ありがとうございました!》


 鳴門と六条が頭を下げると、画面がフェードアウト。その後、カメラはフィールドの様子を映し続けた。


 破壊された建築物、散らばった薬莢、外れた外装甲の破片。

 行動不能に陥った〈ドレッドノート〉を回収するチームの作業車と、自走してチームのもとへと帰還する〈クラウ・ソラス〉。


 こうしてこの日のイベントは幕を閉じた。

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