第3話 煩悶

 その後、彼は何も言えなくなってしまったので、後を友人が引き継ぎ、喧嘩は解決された。


 しかし、彼の胸には重々しくて分厚い雲が、立ち込めていた。怒り、絶望、後悔、そして、罪悪感を含有する漆黒の雲だった。その雲は、徐々に大きくなり、心臓や肺を締めつけた。かくして彼は、息が出来なくなり、煩悶するのだった。


 彼の代わりに喧嘩を解決させた友人は、先の日以降の彼の変化ぶりに、心配を募らせた。日を重ねる毎に、彼の顔はどんどんやつれ、青ざめていくのだった。

 その友人は、彼の信条を知っていた。また、彼がその信条を異常なほど遵守していたことも、知っていた。だからこそ、余計心配だった。彼が今まで積み上げてきたもの全てが、覆されてしまったのではないかと、気が気でなかった。


 彼の苦悩の理由は、もちろん客観的指摘に起因する自家撞着への陥りもあったが、そればかりではなかった。彼を苦しめた最大の要因、それは、彼の胸中に蔓延まんえんする雲の構成要素のうちの一つ、『罪悪感』にあたる部分であった。

 その罪悪感は、教師としての罪悪感だった。それによって自分自身が、脅かされつつあった。彼は、自分のしてきたことは果たして間違っていたのだろうか、と自問自答した。しかし何度問うても、『いや、間違っていない』と断言できる根拠を、見つけることは出来なかった。


 そのうち彼は、やはり間違っていたのだと理解するようになっていった。間違ったことを教えてきたのだと思った。自分が勝手に間違えていたならまだしも、それを生徒に押し付けていたことが、更に彼を苦しめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る