弐伝承
カーバンクル公、サー=ヴァル暗黒卿、そしてあまりにも小さくなった幻想狂王は、それから10ディエスほど帝国公認宿泊所に留まっていた。
カーバンクル公の体力も順調に回復し、屋敷内をさ迷えるようになってくる。
あと数日で、宴へと向かう予定だった。
その頃になると、それまで眷属の回復を見守ってきたサー=ヴァル暗黒卿も、青き月の夜に……。
「カーバンクル公、もはや完全体になったかな? 神を食らって最強になったこの私……ま、ほんのちょっとだけ、皆の者のマテリアル集めを手伝わなくてはならない。カーバンクル公はここで待っているのが、フン、悪くはないよ。ここには、あのシルバ……ビヨンドフェンリルもいるし、ぬかりねぇ……だよね?」
と告げて、しばしばこの世界のどこかへ向けて、次元跳躍するようになっていた。
管理者が不在、頼みの暗黒卿も実在との接点を断ち、残された数少ない「踊らされる財源」たちもクリスタルクロニクル編纂作業に集中している。
帝国で大流行の「“狂人”宿泊所」とはいえ、この状況では沈黙と静寂に包まれざるをえなかった。
このような領域において、カーバンクル公は沈黙と調和してもがくほかない。
誰もがそう、信じていた。
「うごごご」
……だが、真実は違う。
かつてと全く同等ステータスの薄暗いおケージのなかで、公は奇妙なうめき声をあげていた。
「なんだ、この狂気は……?」
内なる無知にうつろにされながら、公は自問する。脳裏には、過ぎ去りし過去の光景が次々に浮かんでいた。
まずは、マカラーニャの森において、フォッ=サとエンカウントしたこと。
回廊の端に垂れ下がる、太く暗黒の輝きを持つなにかを、公が見つめていると、彼女は微笑みながら告げてきた。
『ファファファ、帝国の一般的な男性と比較しても大きいデネヴォラだろうー?……』
あるいは、ペ=パプの覚醒暗黒舞踏祭。
『自らの咎を思い出せ、この大罪人が!』
『クイーンだ。歓迎しよう、盛大にな……』
『『『『『残念だけど、ここでお別れだ』』』』』
魔導博士に計られ、敵対寸前と化していた巫女たち、それを率いる悠然としたクイーンの態度。
だが緊迫とした状況裏腹に、神子たちは皆、寵愛したくなるような姿形をしていた。
そんな祈り子たちが舞台でシアトリズムを奏で、跳躍するたび、短くも愛らしいデネヴォラがピョ=コピョ=コする。
その様が、公の脳裏で何度もループを繰り返していた。
「なぜだ!」
毎夜繰り返される、悪夢が如き迷妄に、カーバンクル公は狂気に冒されようとしていた。
そう、デネヴォラ。またの名をシェッポ。かの存在が、公の心をとらえて離さないのである。
「グランドトライン殿……! 」
たまらずに、腕に装備していた狂王へ、カーバンクル公は問いかけた。
「この宿泊所に来て以来、いや、あの不死者に取り込まれてから、だったか? デネヴォラの幻影が俺の心をとらえて離さない……ば、バカな、如何して、このようなイデアに……質問に答えろ」
取り乱す公と比較して、邪王真眼を持つ狂王は冷静に応える。
『カーバンクル。カーバンクルは、不死者ほどの強大なるファルシに、詠唱により同化させられたのだから、記憶や認識の混濁も珍しくありますまいよ』
「グランドトライン殿、如何して、この状況に対処すれば……」
『知覚した。委ねて』
グランドトライン・ルヴルムヴィーストは、そのクリスタルを輝かせ、サーチを開始する。
そして。
『ゴッドアイ中、ゴッドアイ中……』
数多の観衆諸君が予測できていたように、しっかりとフリーズした。
「グランドトライン殿、許さねえ……!! ぐは」
カーバンクル公の罵詈雑言も、さっきまでの威勢を保てない。
公の苦悩をもたらすものが、その出世の秘密に関わっていること、それが在りし日のミ=ラーイン暗黒卿に由来していること……など、知り得るはずもなかった。
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