5-9 精彩に翔ぶ

 台風一過による温度と湿度の上昇によって、酷く蒸し暑い朝を迎えた。着替えを終え、外に出ると雲の流れは速く、同時に風も強い。海はひどく時化ている。今日も海に出ることは不可能だろう。

 宿泊した組合の建物に破損はないか確認する。窓硝子の一部にひびが入っているが、前日に対策をしていたため被害はない。だが、他の民家はどうだろうか。全ての家に対策を取っておくよう言い聞かせては置いたが、相手は大自然だ。簡単に受け止められるものではない。

 日が上り次第、人手を集めて確認しに行かねばなるまい。大工道具一式も揃えておいた方がいいだろう。


 ふと人の気配を感じ、振り返ると、潮風に煽られながらふらふらと歩く黒装束の少年がいた。先日組合を訪れた魔導官であると気が付くのに時間はかからなかった。

 六之介は、片手をあげながら悟に近づいてきた。


「どうもどうも、おはようございます」


「ああ、おはよう。魔導官さん早いな」


「そちらこそ」


 漁師にとって、早起きは基本である。むしろ、空が青く染まっているような時間帯は遅いぐらいだ。

 六之介はあくびをしながら、海原を見つめる。風に流されながら海鳥が宙を舞い、水飛沫がこちらまで飛んでくる。


「今日は海に出られませんかね?」


「ああ、いくら何でもこりゃあ無理だ。沈んじまう」


 この荒波には手漕ぎ舟では太刀打ちできない。沖に出るどころか、五分と持たず海の藻屑となるだろう。


「じゃあ、あれでは?」


 指さすのは一際大きい魔導原動力の設けられた船である。見た目だけでいえば五倍近くはあるだろう。


「……不可能じゃねえが……なんだって今日海に出たいんだい?」


「海っていうか、宮島にいきたいんですよねえ」


 スナドリの先にある霞がかった孤島を見つめる。


「……魔導官さん、前も言ったけどよ、宮島は立ち入り禁止なんだ」


 村の住人でも入り込めない禁忌の場所。たとえ魔導官であっても、例外ではない。


「……ふうむ、そうですか。分かりました、わざわざ失礼しましたね」


 踵を返すと、ああ、と何か思い出したように声を漏らす。


「そういえば、自分の異能は、瞬間移動なんですよ」


「え?」


「その気になれば、宮島までぴゅーんって行けちゃうかもしれないなあ」


 なんてねと冗談めかした口調で、振り返りもしない。そのまま、まるで見せびらかすように、瞬間移動しその場から消え失せる。

 一人残された悟は、その光景に驚愕しながらも、組合の裏手にある物置へと向かっていった。




 集会所に戻ると、華也達が今日の日程について話し合っていた。


「あ、六之介様」


「おい、六之介どこ行ってたんだよ!」


「ちょっとね。ええ、皆さん、今から指示を出すので聞いてくださいねえ」


 子供をあやすような口調で、笑みが浮かんでいる。しかし、それは無邪気なものではなく、どこか不気味な顔だった。

 何かろくでもないことを考えていると、直感する。


「今から班分けするよ。まず、自分と華也ちゃんを一班、篠宮と綴歌ちゃんの二班で組んでね。それで、午後からの行動なんだけど、一班は調査、二班はここで待機だ」


「待機なのか? 何か調べものとか……」


「ちゃんと考えがあってのものだ。ただ二班は待機と言っても、一つ条件がある。それは、魔導兵装を用意しておくことだ」


 それはつまり、戦闘となる可能性が示唆されるという意味である。


「まあ、魔導兵装なしでも綴歌ちゃんがいれば余裕だと思うんだけどね」


「異能、ということでしょうか?」


 自身の特化している部分は熟知している。綴歌の異能である、疑似的な時間の停止ははっきりって強力だ。戦闘において、切り札といっても差し支えない。


「察しが良くて何より。それで、問題は美緒ちゃんなんだけど」


 部屋のすみにちょこんと座り、こちらを見ている。

 戦闘になるやもしれぬここに置くのは危険である。かといって、いつまでもかくれんぼの鬼をさせておくわけにもいかない。


「……美緒ちゃんは、自分たちについてきてくれるかい?」


 首肯する。

 それを確認すると同時に、準備を始める。六之介は魔導兵装を有していないため、できる限りの魔術具を持つ。これも感魔力式ではなく、感圧式の誰でも使えるものだ。華也は不知火を両腕に装着し、引き締まった表情をしている。


「ところで、六之介、不浄の正体、わかったんだよな?」


「呼ぶなっつってんだろ。まあ、十中八九間違いなく」


「どんなやつなんだ?」


 ううんと小さく唸りながら、考え込む。どう伝えるべきか決めあぐねているように見える。


「私たちが知る生き物なんですの?」


「うん。ただ……これ伝えると、任務に支障が出るからあとでね。そうそう、一つ指示を出しとくよ」


「なんでしょう?」


「自分たちが帰ってくるまでに、『減らして』おいてね」


 減らす、ということは不浄が複数いるということであるだろうか。


「華也ちゃん、準備できた?」


「あ、はい。いつでも行けます」


 そそくさと華也の手を引き、集会所から出ていく。

 説明をしたくないためだろうが、逃げるような振る舞いに残された二人は言いようのない不安感を抱いた。

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彼方にて傍らで。 甘木人 @amgito

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