4-9.2 挙り芽吹く

 御剣銀行内は、不自然なほど静まり返っていた。いつもならば銀行員の説明や金銭を取り扱う貴金属の甲高い音、利用者の声が聞こえている時間帯である。それらが全くと言っていいほどなく、中にいる十数人の利用者たちは顔を青ざめて身を強張らせている。

 この雰囲気を一言でいうなら、戦々恐々であろうか。


「……はあ」


 せっかくの休日を妨害され、六之介は待合室で腰を下ろしながら、肺が空っぽになってしまいそうなほど大きなため息をつく。

 どうしてこんなことに巻き込まれているのやら、たまたま持ち合わせが少なかったことを心底悔やむ。昨日買い食いなどしなければ良かった、後の祭りである。


 銀行の中央では、覆面をした体格のいい男たちが三人おり、そのうち一人は細身の眼鏡の男性に刃物を突き付け、残りの二人は鞄に札束を詰め込んでいる。外には警察と思われる人々が集まってきており、野次馬の声が聞こえてくる。


 現在進行形で、銀行強盗が六之介の目の前で起こっている。利用者の少ない営業開始直後を狙ったようだ。犯人たちの動きを見ていると、統率はそれなりにとれているようだが、段取りが良くない。彼らが最初に取った行動は、強迫による金銭の要求であった。向かいに座る銀行員を拘束し、金を出すように要求、それと同時に刃物を突き付け、警察への通報を禁じた。おそらく彼らは、そのまま素早く逃走するつもりだったのだろう。立てこもる為の武装を用意していない点からそう考えられる。だが、それを成すための順序が間違っている。

 

 銀行側が警察に連絡した様子は見受けられなかった。何かボタン式で通報できるものがあるのなら話は別だが、三人の銀行員の動揺具合からすると何かしら対応策を講じていたとは思えない。だというのに、銀行は警察に包囲されている。携帯電話などない時代に、誰が通報したのか。


 答えは簡単である。最初の脅迫の際に逃げ出した利用者だ。何よりも早く、真っ先に逃げ出した者が警察に伝えたのである。現に我先にと駆け出していた青年が、心配そうに外からこちらを覗いている。


 つまり、まず彼らがやらねばならなかったことは警察を呼ばせないために、人っ子一人この場から逃がさないことだったのだ。そのために脅しとして、一人か二人に負傷させ、周囲の人間の精神に枷をかける。下手に動けば傷付けられることが分かれば、動くに動けない。

 その後に、一人は利用者を監視、一人は銀行員を脅迫、金銭を回収、もう一人は逃げ道を確保。これが理想的だろう。


「……だからこそ、困ったなあ」


 今は俗にいう膠着状態である。人質の安全を考えれば警察も動けない。かといって、犯人側も動けば捕まると分かっている。

 せっかくの休日を無駄にしたくない。現状を打破するにはどうしたものか。


「……なあ、お前」


「ん?」


 茶髪の青年に話しかけられる。同い年か少し下だろうか。


「お前、えらく落ち着いてるけど、怖くないのかよ」


「んー、別に。いざとなれば、いくらでも逃げられるし」


 瞬間移動の能力を使えば、一切知覚されず逃げ出すことが出来る。だが、それをすると唐突にいなくなった一人を探すため、犯人が何をしでかすか分からない。残された人々にどこにいったのか問い詰め、答えのない回答を要求、求めるものが得られず逆上。そんな流れは容易に想像がつく。もっとも、名前も知らない人間が死のうと知ったことではないが、この銀行が閉鎖されると不便であるため、不用意に逃げ出すわけにもいかない。


「へえ……それはそうと、現状を打破したいんだ。何か作戦とかないか?」


「はあ?」


 初対面の人間に何を言うのか。


「このまま警察の突入を待ってもいいけどよ、見ろよ」


 人質の男性は、服の色が変わるほど汗を流し、顔を青ざめさせ震えている。眼球は泳ぎ、焦点も定まっていない。精神的に追い詰められ、極度の緊張で身体に異常を来していることがうかがえる。


「このままじゃ、あいつの精神が持たないぜ?」


「それはそうかもしれないが……なんで自分たちが行動せにゃならんのだ」


「警察が動けずにいるんだ。現状に変化を起こせるのは、店内にいる人々。だけど、俺ら以外の人は……」


 三十代から五十代程のやせた女性が五人、同年代の男性が三人。高齢の男性の一人は、杖を突いている。加え、全員が委縮してしまっている。これでは動くことは出来ないだろう。


「なるほどね。んー、作戦、か」


 見ず知らずの人々はどうでもいいが、このまま休日がつぶれるのは御免被る。

 店内を確認する。何かしら使えるものはないだろうか。


「……ん?」


 通りに面している場所には巨大な硝子が嵌められている。自然光を取り込むためか、それともこういった状況下で店内の状況を知るためか。

 その硝子の上部に、太い円柱状の布の束があることに気が付く。内面が黒色で外は灰色の二重構造をとっており、ここからでも分かるほど分厚い。


「あの布って何?」


「暗幕だろ? ほら、閉店したら下げるやつ」


 つまりはシャッターのようなものだろう。

 暗幕は釦のついた帯で固定されており、それを外すと重力に引かれ、自然と下に伸びる造りになっているようだ。


「……あー、作戦、浮かんだわ」


「本当か?」


「うん。お前も協力してくれるんだろ?」


「勿論だ! 俺ぁ頭は悪いが、運動は得意でね」


 ああ、そんな感じの貌をしているなという言葉を飲み込む。


「じゃあ、まずは……」


 声を殺し、説明する。青年は口を挟むことなく、何度も頷いた。

 作戦内容は決して難しいものではないが、犯人の目を盗んでのやりとりであるため、気を配らねばならない。


「……というわけだ。分かったな?」


「おう、任せろ」


 時刻は十時五十六分四十秒。あれが五十秒になったら、動き出すように命じてある。

 瞬き一つせず、時計を睨みつける。四十五、四十六、四十七、四十八、四十九……。

 

 青年が駆け出し、天井にある電球に向かって赤の魔導を放出する。ぱりんという小気味いい音と共に室内が薄暗くなる。

 それと同時に、暗幕を固定する紐を瞬間移動させ、幕を降ろし、人質に突き付けられている刃物を移動させる。


 遮光効果はやはり大きかったようで、銀行強盗達の怒声と困惑の声が聞こえてくる。

 青年には強化の使用を禁じてある。理由は簡単で、身体が発光してしまうためだ。わざわざ犯人に居場所を教える必要はない。


 また、この暗さで人質を見失わないように、犯人と人質、そして店内の装飾品や足場について、青年に把握させておいた。


 どすという鈍い音と低い悲鳴が聞こえてくる。それと同時に、赤の魔法が放たれ、暗幕と硝子を貫く。これは人質を保護したという合図である。また、この際に外を巻き込まぬように、斜め上に撃つようにしてあるため、野次馬に被害はないであろう。


 唐突な明暗の変化には順応がかかる。前もってそうなると知っているのならともかく、そうでなければ混乱は必至であり、仮に素早く落ち着いたとしても順応はそうではない。

 差し込む光が強盗達を照らす。正確な放出の魔導だ。相当魔導を心得ていることが伺える。


「さて」


 残る二人の強盗は青年に任せ、銀行の入口へ駆け、全力で蹴破る。

 外は唐突な状況変化に困惑しているようであったが、声をあげ、指示する。


「総員突入!」


 数十名の警察官の身体が跳ね、一斉に雄たけびを上げて動き出す。進路を妨げぬよう移動すると、中から警察による怒声と犯人たちの罵声が聞こえ、最後に確保という言葉が響く。

 時刻は十時五十九分四十秒。わずか三分で、その場は完全に鎮圧された。 



「ふう」


 非常に面倒な、現場の状況確認というものを終え、一息つく。聞かれたことは、犯人は何時ごろに入ってきたか、言動、要求、人質の様子などであった。高圧的な雰囲気でなかったことが救いではあったが、それでも疲労した事には変わりない。

 生真面目な連中を相手にするのは、やはり好きではない。

 

「よう」


 一足早く解放された青年が立っていた。頬に軽い切り傷がある。視線に気が付き、親指で軽くこする。鋭利な傷跡ではない。おそらくは爪によるものだろう。


「ああ、二人目にちょっとな。まあ、こんなん傷のうちに入らねえさ」


 六之介をまじまじと見つめ、口を開く。


「お前、すげえな。本当に全部言ったとおりになった」


「いや、全部じゃない。こんな面倒な事情聴取は予想外」


 まさか一時間以上も拘束されるとは思わなかった。座りっぱなしだったせいで腰が痛い。

 青年は目をぱちくりさせ、声を上げて笑う。


「ははは、変な奴だなあ」


「失礼だな、そんなことはないさ」


 異世界から来た変な存在であることを思い出し、たぶんと付け足す。


「なあ、名前なんていうんだ?」


「稲峰六之介だ、ちなみに『りゅう』は数字の『六』だからな」


「おお、お前は六なのか!」


 どういうことであろうか。


「俺は五なんだよ。数字の五で、篠宮五樹ってんだ」


 ああ、なるほど。だから六という数字が入っていることを気に留めたのか。


「ふうん」


「なんだよ、ノリ悪いな。まあいいや。この後、時間あるか? 付き合えよ」


「……そっちの気はないので」


「違えよ! ほら、昼時だろ? 飯でも食いに行こうぜ」


「奢りなら」


「ちゃっかりしてんなあ」


「違う。金を下ろそうとしたら巻き込まれたんだ」


 財布を取り出し裏返す。二百センが掌に落ちるだけである。これではお気に入りの団子すら買うことが出来ない。

 中身をみた五樹は哀れなものを見るような目で六之介に視線を送る。


「おい、そんな目で見るな」


 決して金がないわけではない。魔導官という職種は、かなり高収入の部類である。ひと月ほど生活してみると、それがよくわかる。

 ただ六之介は使いきれない程の現金を持ち歩くようなことはせず、必要最低限を持ち歩く主義であった。間が悪かったとも言えるが、今回はそれが災いしてしまったのだ。


「はは、すまんすまん。とりあえず、今回は兄貴分としておごってやろう」


「待て、誰が兄貴分だって?」


「俺俺」


「なんでだよ」


「数字は俺のが早いだろ?」


 確かに生まれた順に名前を付けたとすれば、そうなる。しかし、五樹とは赤の他人であり、血縁もない。異世界から来たということから考えると、そもそも起源から異なっている。


「ま、いいや。近くに良い饂飩屋があるんだよ。行こうぜ」


「いや、全然よくない。まてこら、おい」


 五樹の後を追いかけた。

 ひどく図々しく、距離を詰めてくる人間である。まぎれもなく苦手な人種だ。いつもであれば適当にあしらい、自然といなくなるのを待つのだが、五樹はその隙すら見せない。強敵と取れるのだろうか。


 厄介な奴に懐かれたのかもしれないなと、この出会いを悔いた。

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