3-4.2 時を綴る

「そういえば、ここの魔導官署は女性が多いですね」


 華也に作ってもらった国語の問題集を解きながら、六之介が口にする。

 女性は華也、綴歌、仄の三人で、男性は六之介と雲雀の二人。割合としては三対二だが、少し前までは三対一。何故均等ではないのだろうか。


「都市部だからな。こういう街の中にある魔導官署は、女性の割合が多くなるんだよ」


 珍しく雲雀が真面目に書類と向き合いながら、答える。


「何故です?」


「異能が理由だな。男性の魔導官は、基本的に攻撃的な異能が発現しやすいんだ。女は、多様性に富む異能が多い」


 なるほど、せっかく築いた街も簡単に壊されてはたまらない。


「それに不浄は基本的に外から来るんだ。それを市街地に入れないためってーのもあるな」


「何故外から?」


「不浄は降臨現象によって産まれる。降臨現象ってのは、上空にある『神域』からその一部が落下し、神域の膨大な魔力が動植物の体内に侵入、結果、肉体が変質することをいう。んで、その降臨現象が起こりやすいのが、魔力の少ない場所、つまりは人のいない場所だ。浸透圧ってあるだろ? あれと似たようなもんでな、都市部と田舎では人口が違う。それによってそこにある魔力の量も違う」


「なるほど、魔力差を緩和するため降臨現象が起きていると」


「ああ、そんな感じだ」


 万年筆を置き、雲雀が大きく伸びをする。ごきごきという音が聞こえてくる。


「六之介、今時間あるか?」


 問題集はそれなりに進んでいる。華也に言いつけられた宿題も済んでいる。


「ええ、問題ないですよ」


「だったら、下にいる鏡美と魔導兵装を見てこい」


「魔導兵装……」


 華也や綴歌の使っていた武器の総称であったはずだ。


「購入云々はまだ決めなくてもいいが、どんな武装が自分に合っているか考えておくといい」


 大きくあくびをし、設けられている仮眠室へ消えていった。 



 御剣の街を華也と二人で歩く。二人で漆黒の魔導官服を着ているにもかかわらず、周囲の人々は見向きもしない。それほど魔導官という存在は、いて当たり前なのだろう。

 現在は三ノ八番通りの中間を右手に曲がったところである。三番系の通りは特に入り組んだ造りとなっているため、気を抜くと迷ってしまいそうだ。

 立ち並ぶ民家を抜け、巨大なご神木が祀られた神社の隣に、木造平屋の看板すらない建物があった。一見すると店には見えないが、ここが目的地である。


「社さーん、いらっしゃいますかー?」


 音を立てて、引き戸が開かれる。店内はしんと静まり返っている。しかし華也は臆することなく、店内に入り、店奥へ声をかけている。六之介は陳列された品々を眺める。

 第一印象は、骨董屋である。魔導兵装を取り扱うという情報から、剣や槍、弓、斧などが整然と立ち並んだものを想像していたため、その違いに戸惑いを覚える。むき出しのままの兵装は弓くらいなもので、数多の桐箱が丁寧に積まれている。箱には張り紙が為され、名前、大きさ、重量、適正が記されていた。


 がらりと店奥で扉の音がした。そして下駄の音が小気味よく聞こえてくる。現れたのは、小柄な少年であった。いや、少女だろうか。纏っている紅色の長襦袢はかなり大きいようで、体格がよくわからない。それどころか手足の露出もほとんどしていない。動く上で支障が生じそうですらある。

 くしゃくしゃの薄紫色の癖毛は雑にまとめられており、眠そうな黄色い瞳が揺れている。


「おー、かがみどのか。ひさしいなー」


 ひどく間延びした、それでいて舌足らずな物言いである。眠そうな眼を擦る。


「ひと月ぶりですね」


「きょうはどうした? かげろうぶっこわしたのか?」


「ち、ちがいますよ。今日は見学というか、魔導兵装の説明をしていただきたくて」


 何をいまさらといった具合に首を傾げた後、六之介の存在に気が付いたようだ。


「このこは?」


「はい、彼は新しく第六十六魔導官署に入った稲峰六之介様です」


「どうも」


「ああ~、せつめいってのはこのこにね」


 納得したようだ。軽く喉を鳴らし、小さくお辞儀する。


「わたしは、やしろましろだ。みつるぎでまどうへいそうをとりあつかっている。よろしくな」


「いなみねりゅ」


 まずい、この喋り方が伝染したようだ。意識して、やり直す。


「稲峰六之介、です。魔導兵装についてはズブの素人なんで、よろしくお願いします」


「うむ、れいぎただしくてたいへんよろしい」


 ふんすと鼻をならす。


「して、きょうはまどうへいそうのせつめいだったな。おもとめにはならんのか?」


「あー、自分は魔力が少なくて魔導兵装をろくに使えないかなと」


 ましろが六之介を凝視する。


「なるほど、たしかにうすい」


「はい、なので、どのような魔導兵装があるかを説明していただき、今後、魔力が増加次第、選択できるようにお願いしたいのです」


「ああ、かまわんよ。どうせひましてたしな」


 がさごそと乱雑に置かれていた桐箱を三つ持ってくる。


「さて、と」


 紐を解き、蓋を外す。そこには一振りの日本刀が納められていた。黒い鞘、金の鍔、赤色の柄巻を有している。

 それを取り出す。


「これはまどうへいそうのもととなるじょうたい、すなわち、ただのにほんとうだ」


 手渡される。想像以上にずしりとした重さに驚く。


「わたしらのしごとは、そのただのにほんとうをまじゅつをやどしたものにかえることだ」


 もう一つの箱を開ける。そこには六之介が手にしている日本刀を同じものが入っていた。


「さて、うらにくるといい。かがみどのはこれもって」


 華也はもう一つの箱を受け取り、大事そうに抱える。


 店の裏手には、鍛錬が出来そうな空き地があり、二つの巻藁が並んでいた。


「さて、いなみねどの、ふるってみなさい」


 剣道の経験などない。日本刀はおろか、竹刀も木刀も握ったことがないため、構えが身体に馴染まない。それでもどうにか構え、柄を強く握りしめ、乱暴に振るう。刃が入ったのは最初だけで、巻藁の芯で止まる。じんとした痺れが伝わってくる。


「いてててて……」


「ふふ、まあ、そうなるだろうな」


 構えからも素人だと見破られていたらしい。


「さて、では、こちらをふるってみなさい」


 もう一振りが手渡される。見た目の違いは一切ない。手に取った感触も同じだ。しかし、一点、異なっている。


「……軽い」


 素材が違うのだろうか。刃をまじまじと見てみるが、違いがあるようには見えない。


「それには、きょうかのまじゅつがこめられているんだ」

 

 強化ということは、青色の魔導である。強い日差しの中気付かなかったが、木陰に入ると自身の身体がぼんやりと青色の光に包まれていることが分かる。


「かるいとかんじるのは、いなみねどののりょりょくがつよまっているため……なのだが、ほんとうにうすいのだなあ」


「何故です?」


「それには、もちぬしのまりょくにおうじてしぜんときょうかがかかるようになっている。そしてきょうかのていどがおおきいほどひかりはつよくなる」


「つまり、こんな弱い光を見たのは初めてだ、と」


 ましろは苦笑しながら頷く。


「とにかく、きょうかははつどうしている。ふるってみるといい」


 程度の低い強化で巻藁が斬れるのだろうかという疑問はあったが、今は初体験である魔導、強化の効果を試したい思いが勝った。先ほどと同じように振り下ろす。勢いのある前半は問題ないが、やはり芯に近付くとそうもいかない。刃の通りは悪くなり、失速する。先ほどよりは斬れているが切断には程遠い。

 その時であった。緑の光が漏れる。形成の魔導であると、気付くよりも早く小気味いい音と共に、抵抗が消える。ぼとりと巻藁が切断され、足元に転がる。


「な、何が……?」


「ふふん、すごいだろう。そのかたなには、きょうかのまどうとけいせいのまどうがはつどうするじゅつしきをきざんである」


 刀を奪い取られる。


「きょうかのはつどうじょうけんは、だれかがつかをにぎること。そして、けいせいのまどうがはつどうするのは、かたながふるわれたあとに、やいばにつよいあっぱくとしっそくをかんじたあとだ」


 つまり、自分が柄を握ると強化が発動する。刀を振るい、巻藁にぶつかることで刃に圧迫を、そして途中で止まることで失速する。この二つの条件によって形成の魔導が発動し、おそらくは魔力の刃が形成されたということだろう。


「なるほど……こいつは凄い」


 これならば素人でもかなりの殺傷力を発揮できる。不浄と戦ううえでも力強いだろう。

 さらに言うなら、発動条件の組み合わせ次第で隙の生じぬ武器も作れそうだ。例えば銃火器に、撃った直後に担い手を防護する壁をつくるような術式を施せば強力な砲台となるだろう。


「まどうへいそうのさいだいのつよみは、まどうがじどうてきにはつどうすることだけでなく、そのふかがへることだ」


「なるほど、使用する魔力が減る、ってことですね」


「さっしがいいな。そのとおりだ。あとは、はつどうをこうそくかさせたり、まどうをきょうりょくにしたりだな」


 こうなってくるとただの武器ではなく、身体の一部と言えるだろう。


「かがみどの、それをこちらへ」


 華也が抱えている桐箱を寄越すよう催促する。箱は日本刀が納められていたものの三倍はある長さである。この大きさの武器は、槍であろうか。

 蓋をどけると、やはり予想通りのものがあった。


「いなみねどの」


 渡された槍を構える。これも当然初めてのことであるため、胴に入っているはずはない。だがそれでも、それらしく体勢と整え、柄を軽く握り、重心を落とす。

 

「いしづきのぶぶんをひねってみるといい」


「石突?」


「刃と逆の先端部分ですよ」


 手を伸ばすと、螺旋状に溝が彫られており指に馴染む。材質も異なっているようで滑り止めの皮が巻かれていた。それを言われるがままひねる。

 カチリという音と共に、槍全体が光りだし、六之介に伝播する。


「う、うおおおお? こ、これは……」


 全身に力が満ちる。身体が火照り、ふわふわとした浮遊感すら感じる。感覚が鋭敏になったように、視界は明瞭になり、木の葉のかすれる音や虫の羽音が聞こえ、肌に触れる布の感触が鮮明になり、草木の香りの違いが分かるようになる。


 なんだ、なんなのだ、これは。


 あまりの情報量に目が回る。しかし、それ以上の興奮が駆け抜ける。


「それがほんもののきょうかだよ」


 強い青い光に包まれている。

 さきほどとは比較にならない。


「社さん、石突をひねるというのは……」


「ああ、うえでかいはつちゅうのしんぎじゅつだ。いしづきに、こうしけっしょうをくだいたつつがはいっていてな。ひねることでそれがはれつ、もちぬしのまりょくがいちじてきにぞうだいするんだ」


「聞いたことはありましたが……」


「まだしさくひんだけどね。きぶんはどうだい?」


「……控えめに言って、最高ですね」


 これほどに気分が高揚したのは久しぶりである。強化の魔導は、あくまで運動機能を高める程度だと認識していたが、感覚も対象であるようだ。知覚外のものを感知できるというだけでも昂るというのに、身体能力も上がっているのだ。有り余った体力が決壊寸前となっている。


 気分がいい。面白い。楽しい。


 槍を再度構える。正しい型など知ったことではない。そんなものであろうとなかろうと、関係ない。

 今では巻藁が紙切れに見える。穿ち貫けない気がしない。


「……っ!」


 一息、大きく吸い込み、突き出す。それは常軌を逸した速度で大気を切り裂き、目標を抉り取る。突くなどとう生易しいものではない。巻藁が中央から爆発したように吹き飛び、遥か彼方の柵に直撃する。

 巻藁の芯となっていた丸太には磨かれたような断面が残っている。


「あれ」


 気が付くと、昂ぶりが消えていた。吹き消されたように青い光はない。身体が重く感じられ、感覚は鈍い。透明な粘性の液体に包まれているようだ。

 石突を何度かひねってみるが、発光はない。


「けってんは、つかいすてってとこだね」


 ましろが槍を指さす。


「何度も使えないんですか」


「そうそう、だからしさくひんなんだ」


 繰り返し使えようものなら、間違いなく購入している。それほどに強烈で、畏怖すら感じるような体験であった。

 目を見開いても、耳を澄ませても、もう鮮明には見えず、聞こえない。それがもどかしくてならなかった。


 その後、商品である魔導兵装の説明を受けたが、熱に浮かされたように頭に入らなかった。


「今日はありがとうございました」


「うむ、どういたしまして。さんこうにはなったか、いなみねどの」


「……ええ、はい」


 魔導兵装ではなく、魔術の方であるが、参考になったのは間違いなかった。


「では、失礼させていただきます」


 相変わらず、お手本のようなお辞儀をする華也を追って、会釈する。ましろはやはり眠たそうな眼のまま、ゆらゆらと手を振り見送る。

 日は陰り始め、夕焼け色に街並みが染まっている。


「……魔導かあ」


 華也の耳に届き、六之介を見る。


「ねえ、華也ちゃん、魔力が増えたら魔導の使い方とか教えてくれる?」


「ええ、もちろんです」


 二つ返事である。戸惑いなど微塵も感じさせぬ口調で彼女が頷く。彼女の教え方の上手さや効率性は経験済みであるため、絶対の信頼がおけた。

 あとは、なんとしてでも魔力を得ることだ。これを得なければ、始まらない。急ぎ効率の良い方法を見つけなければならなかった。

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