3-4.1 時を綴る
六之介が御剣での生活が始まって、二週間が過ぎた。翆嶺村とは比べようもないほどに発展した街での生活は、良くも悪くも刺激的であった。
この街は塔を中心にし、東西南北に合わせて十字に区切る。真北に当たる部分が一番通りで、そこから東に円を描くように一ノ一番通り、一ノ二番通りと区切られ、真東の通りに至って初めて二番通りになる。つまり、真北、真東、真南、真西が一、二、三、四の整数部分にあたり、北東、南東、南西、北西が小数部にあたると考えれば分かりやすいだろう。
整数部分は都市開発の最初期段階から設計されており、小数部にある細い路地や橋は後付けされたものである。
華也による勉強の成果もあり、文字は随分と読めるようになっていた。幸いにも文法や言語様式が日本語と変わらないのが幸いであった。
本日は、休日である。この世界でも一週間を七日として、土日が休みであるというの変わらない様である。いつにも増して人気が多く、街は活気に満ちている。初期投資と言われ、渡された資金を手に六之介は宛てもなく歩く。
「ええと、あれは……と、け……ああ、時計屋か」
よくよく見てみると、のぼり旗に時計の絵が描いてあった。先日壁掛け時計を購入した場所は別の場所だが、ここにも似たような店があったらしい。
必要なものは揃っており、買い足すものはないが、こうふらふらとするのが面白かった。自分にとってまったく未知の世界、未知の文化が手に届く距離にある。これを楽しまない手はないだろう。
二階のバルコニー状の通路、軒路(けんろ)へと上がる。初めて上った時は、崩れるのではないっかとひやひやしたが、軒路の崩落事故は一度もないそうだ。実際に歩いてみると、かなりしっかりした造りをしてると分かる。
一階部分と比べると、やはり二階部分はごちゃごちゃとしている。商いをしている者もいれば、民家もある。工場や空き地――屋上というべきか――になっている場所もある。
建物と建物の間に紐を走らせ、それを伝って物品の受け渡しをしている人や洗濯物を干している人がいる。壁にかかった梯子で蜘蛛のように上下左右に動き回り、宅配している人がいる。時折、三又の尾を持つの猫がひょろりと現れ、子供に追われ、排気口に逃げ込んでいく。
十人十色というべきか、数多の人々にとって生きやすいよう、生活しやすいように工夫された街、そんな印象を受けた。
ふと、団子を模した看板が目に留まる。飲食店が多くあるのか、いたるところから食欲をそそる香りが漂っていた。
「団子か、うむ」
悪くない。
元々甘味は好きだが、こちらに来てから、菓子らしい菓子を食べていない。翆嶺村では干し柿や枇杷を食べることはあったが、その程度だ。
暖簾を潜り、一人であることを告げると店の隅に案内される。
三色と餡子、みたらし団子のセットとほうじ茶を注文し、内装を眺める。
古びて、くすんだ木々を骨としているらしく、歪に曲がりながらも太く逞しい梁が目に付く。そこから無数の電灯がぶら下がっている。壁は、板材を打ち込んだものだろう。滑らかで細やかな木目が暖かい雰囲気を醸し出している。点々と置かれた観葉植物や置物が華やかな色合いアクセントとなっていた。
店内にいるのは、六之介と四十代の前半ほどの夫婦のみ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます……へえ」
見た目がまず鮮やかである。洒落た小皿に三種類の団子がきれいに並べられている。三食団子は赤白緑である。赤は梅、緑はヨモギ、白は素だろうか。餡子は粒あんであり、大粒の小豆の形が残っている。みたらしは程よい焦げに茶よりも黄金色に近い色合いをしている。
「いただきます」
三食団子を口にする。程よい酸味と予想通りの香りが広がる。梅の香りと団子の食感の組み合わせが絶妙であり、噛めば噛むほど奥から香りが溢れ、深みが増す。ヨモギも同様であった。記憶にある草餅よりも濃厚であり、ヨモギの存在感が強い。素の団子かと思いきや、少々違う。中に栗のような食感のものが混じっている。
「これは何が入っているんですか?」
「菱の実が入っているんです」
知らない植物だ。だが、これはいいアクセントである。歯ごたえが強い団子とホクホクとした菱の実の食感の組み合わせが実に面白い。
続いて餡団子をかじる。
甘さは控えめであり、呑み込むと同時に甘みが消える。後引きである。小豆も粒がしっかりと残っているため、ぷちぷちと潰れる感触も良い。
最後にみたらし団子。餡の粘性は高く、しっかりと団子に絡まっている。口にすると、醤油の香りはほとんどせず、砂糖を焦がしたような香りがする。べっこう飴が近いだろうか。今まで食してきたみたらしとは似て異なるものだ。それでいて咀嚼すると、醤油がうっすらと存在感を主張し、呑み込むと同時に消える。これも後引きするよう、見事なバランスで作られている。
「……ふう」
平らげ、残りのほうじ茶を飲み干す。
満足である。心の底から美味いといえる菓子は久しぶりだ。
そうだとひらめく。いつも華也に世話になっている。それに、御剣に初めて来たとき、何かしら感謝の品を渡そうと思っていたではないか。
「すみません、同じものをもう一つと大福を土産用に包んでもらえますかね?」
店主は人の好い笑みを浮かべて頷く。五分ほどして、丁寧に紙で梱包された包みを渡される。
今日中に食べてくださいね、という助言を受け、六之介は店を後にした。
------------------------- 第18部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
3−6 おまけ
【本文】
久々の休日、華也は御剣市三ノ二通りにある店を訪れていた。魔導官服ではなく、白地に菖蒲が描かれた長着に藍色のはかま姿、桜色のリボンという出で立ちである。赤い信玄袋を片手に歩く姿は百合の花のごとく美しい。
ここはいわゆる雑貨屋であるのだが、陳列されている品々はやや異質なものである。色あせた食器、解読不明な掛け軸、ひび割れた陶器など、いずれもが時代を感じさせるものばかりである。加え、日ノ本で作られたものにしては造形が荒く、配色や造詣が奇抜なものであった。
久多良木雑貨と呼ばれるこの店は、海外からの輸入品や遺跡で発掘された品を扱っている。
「店主様、今日は何か入りましたか?」
「あー、そうだなあ」
煙管をくわえながら、眠そうな目をしている女性は久多良木和という。皺だらけの黒い作務衣に格子模様の羽織を纏っている。伸ばしっぱなしの灰色の髪と金色の瞳は、猫科の動物を連想させる。
入荷、売買された商品を記述した記帳をぱらぱらと眺める。いくつかめぼしい物があったのか、筆で印をつけていく。
「んー、とりあえず三つかな。『い』の『二十一』にあるよ」
久多良木雑貨は、棚ごとに『い』『ろ』『は』と分けられており、その棚ごとに数字がふられている。
『い』の『二十一』は店の隅の中央付近である。
華也は迷うこともなく、たどり着く。そこには二冊の本が乱雑に置かれていた。カラフルな表紙にモノクロの写真が合成されている。
ぱらぱらとページをめくる。内容は新聞の切り抜きをまとめたような雑多なものであり、既製品には思えない。写真はぶれたものやぼやけたものばかりである。しかし、それを恋人が映された写真であるかのよううっとりと眺める。
「そんなん何で欲しがるかねえ」
和が心底理解できないと本を覗きこむ。
「だいたい、あんた読めないんでしょ、それ」
「ええ、まあ」
書かれている文字は西洋の文字である。日ノ本語ではない。
「まあ、うちとしては買ってくれるだけでありがたいんだけどねえ」
こんなもの買ってくれるのは華也だけであるし、彼女のために仕入れている。
「いつもありがとうございます。おかげで楽しめています」
丁寧にお辞儀する。
「で、もう一個は、足元ね」
華也の足元に、縦横厚さほどの木の箱が置かれている。取っ手が設けられており、手に取るとずしりと重い。魔導兵装『陽炎』に匹敵するほどだ。
真鍮製の留め具を外し、開く。そこには平たい棒状のものがおよそ百本、賽子が四つ、精密な彫刻のなされた牌が陳列されていた。
「……なんでしょうか、これは?」
牌を一つ手にとる。ずしりとしており、表面には大きく円状に模様が彫られ、背面は濃緑色になっている。
「さっぱり分からん、だから売るにも売れん。遺跡で見つかった物の一つらしいんだけど」
「へえ……でも綺麗ですね」
損傷も汚れもほとんどない。じっくりと眺め、指先でなぞる。
「ほしけりゃ言いな」
「ほしいです」
即答かよ、と苦笑する。
「じゃあ、値段は値札の通りだ」
本は二冊で二十セン、このよくわからない彫刻は千五百センだ。魔導官の月収が三十万センであるため、価格は問題ない。
「いただきます」
信玄袋から財布を取り出した。
「はあ、疲れましたわ」
綴歌が大きく伸びをする。日は傾き、御剣の街を朱く染めている。常夜灯や提灯には火がともり始め、ぼんやりとした明かりがこぼれる。
時刻は6時半。緊急事態にでもならない限り、魔導官の仕事はこれで終わりである。
「お疲れさま」
「副署長も、ですわ」
隣を歩くのは仄である。
彼女らは松雲寮に住んでいるため、必然的に帰路が同じになる。
「夕飯はどうする?」
「惣菜を買って済ませますわ。華也さんの料理を見ると、作る気が失せますもの」
それもそうだなと仄が笑う。
決して彼女らが料理を不得手としているわけではない。魔導官学校を出ているのならば、ある程度の家事はこなすことができる。それでもやはり華也の家事能力は突出していた。
魔導官学校は五年制である。初めの二年は自宅や寮、下宿だが、それ以降は学校が用意した施設で班ごとに生活をするようになる。これは僻地での生活や不慣れな空間で過ごすことに慣れるためであるという。
食料は供給されるが、調理はされていない。そのため魔導官候補生たちは自ら腕をふるい、必要な栄養を摂取できるようになる必要があった。
「新しく唐揚げ屋ができたらしいぞ、行ってみるか?」
「それはいいですわね、行きましょうか」
この二人は生まれが同じ土地であり、幼少から互いを知る仲である。そのため、一般的な上司と部下の関係というよりは、姉妹といったほうがしっくりくるだろう。
仄の案内の元、店にたどり着き、注文する。女性であれば油や肉を控えめにしたりするかもしれないが、職業柄そうはいかない。魔導官は肉体が第一である。いざというとき、栄養不足でふらふらでした、など笑い事では済まされないのだ。
しっかりと食べ、筋肉をつけ、力を蓄えておく。これが大原則である。
成人男性と同等かそれ以上の品を手に帰路に就く。包みからは香ばしい匂いがする。
たしか冷蔵庫に野菜類の在庫はあったはずである。あとはそれを副菜としよう。
そんなことを考えながら、松雲寮に到着する。
「あら」
「む」
綴歌と仄である。
「あ」
華也である。
「んあ?」
六之介である。
見事に四人が同時に寮の前で出くわす。
皆が皆、各々の手に何かしらを持っている。
「ありゃ、お二人さんおそろいで?」
「私達は仕事帰りだ。鏡美義将は?」
「私は趣味の品を少々……」
ずしりと重そうな風呂敷を見せる。
「何入ってんのそれ、随分重そうだけど」
「雑貨店に入っていたものです。用途は……分かりませんけど」
風呂敷から牌を取り出す。綴歌と仄は小首をかしげるだけだったが、六之介は反応を示した。
「麻雀牌じゃん」
「まあ、じゃん?」
「あれ、知らないの?」
三人が首を横にふる。
この時代にはまだ伝わっていないのか、それとも知らないだけか。判断はできない。
「テーブルゲーム……卓上遊戯の一つだよ。牌を配って、役……勝ちの条件をつくる遊び」
六之介も詳しいわけではない。ルールくらいは知っているが、何度か遊んだことがあるだけである。
「へえ、そうなんですか。じゃあ、あとで教えてください」
「それはいいけど、やるには四人必要だよ?」
六之介と華也だけでは成り立たない。
「だったら我々も混ざろうか?」
仄が提案する。こういうことに混じるタイプではないと思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。
実際、暮らしてみると夜間が退屈なのだ。テレビもなければパソコンもない。本はあるが、文字を完全に把握していない状態ではひどく疲れる。
彼女たちも似たようなものなのだろう。
「じゃあ、お願いします。そうですね、夕飯食べたら自分の部屋に集まりましょうか」
「了解だ。ああ、それと唐揚げがある。二人もつまむといい」
「ありがとうございます」
「あ、自分も団子もらってきてるんですよね。これも良ければ」
今晩の食事は賑やかなものになりそうだ。
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