3-4 時を綴る 終

 戦闘は、第六十六魔導官署裏手にある開けた土地で行われることになった。ここは都市開発のための資材置き場であり、樹齢百年はゆうに超えていそうな巨木や加工前の巨石が転がっている。

 水はけが悪い地質なのだろうか、水溜りが点々と存在し青空を映している。その中を華麗に椋鳥が舞っている。


「はあ」


 転がっていた小石で、湿り気のある赤土に意味もない落書きをする。

 了承はしたが、億劫である。対人戦闘は、前の世界での出来事を思い出すため、避けたい気持ちがあった。しかし、やらねばここでの生活がパアになってしまう。


「さて、始めますわよ!」


 綴歌は仁王立ちをし、六之介を指さしている。率先して、戦闘を志願するのだ。立ち振る舞いの通り、好戦的なのだろう。

 その気持ちが分からないわけではない。初めて超能力の使用を認められ、実践したときはこれ以上なく面白かった。まるで自分が神様にでもなったような、なんでもできるような気さえしたものだ。


「……はあ」


 重石でも背負っているかのように、立ち上がる。

 雲雀、華也、仄は魔導官署の屋上からその様子を眺めていた。

 雲雀はお気に入りの演劇の公演を待つような面持ちで、華也は心配そうに、仄は一瞬たりとも見逃すまいといった具合に集中している。

  

「では、行きますわよー!」


 十メートルほど先で、綴歌が宣言する。

 わざわざ始めるタイミングを言ってくれるあたりが優しいというべきか、甘いというべきか。少なくとも六之介は、綴歌の行動から対人における実戦経験の乏しさを感じ取る。


「はいはい」


 力なく手をあげる。

 綴歌が先に動く。相変わらず勝気に微笑みながら、大股で踏み出す。

 遠距離から魔導を用いた砲撃、あるいは身体能力強化による突進がくると想定していたが、どちらでもない。となると、考えられるのは異能だろう。

 鬼が出るか蛇が出るか、重心を小刻みに動かしながら、綴歌の挙動に集中する。


 距離五メートル。歩む綴歌の姿が消える。


「!」


 予備動作は一切なく、動いた痕跡すら残っていない。

 まさか自分と同じ瞬間移動系の能力か。ならば、考えられる行動は。


 咄嗟に振り返り、放たれた一撃を防ぐ。青く輝く綴歌の膂力は、少女のそれではない。あのまま後頭部を殴られていれば、意識を失っていただろう。


「いってててて」


 痛む左腕をさすりながら距離を取る。


「へえ、よく防げましたね、偶然かしら」


「さあ、どうでしょうね」


 瞬間移動系の能力者が、相手の目を欺き攻撃する時は、基本的に背後か頭上だ。いずれも人間にとって死角となりやすく、虚を突かれやすい場所だ。彼女は武器を持っていなかった。となると考えられるのは、徒手空拳による攻撃。ならば、頭上という可能性は限りなく低くなる。


「では再び参りますよ!」


 消える。

 二度目の判断は難しい。裏をかいて再度背後を取るか、そのまた裏をかき頭上を取るか。


「ならば……」


 身を翻し、握っていた小石を水溜りにたたきつける。濁水と泥が巻きあがる。簡単な目つぶしであるが、効果的な手段であるのは経験済みだ。

 卸したての魔導官服が汚れるが、そんなことは些細な問題である。


 体勢を立て直すと、目と鼻の先に綴歌がいた。泥飛沫が直撃したらしく、顔面をこすっている。

 その隙を逃すことなく詰め寄り、左足を軸に右足を振るう。全力ではないが、当たれば怪我は免れない威力である。


 しかし、それは緑色の壁に防がれる。ギンと鈍い音が響き、素早く六之介は後退する。

 なまじ威力のある蹴りであったため、反動が大きい。防壁にはヒビ一つ入っていないが、脚の方はそうではない。


 なんて硬さだ、と冷や汗を流す。緑の魔導を見たのは二回。鵺戦と車内での説明の時のみである。いずれもあっさりと砕けていたため、生身でも事足りると踏んでいたか、とんでもない思い違いであった。

 金属である。いや、展性や延性がなく柔軟性がないことを考えると、分厚いアクリル板といった方が正しいか。未だ収まらない鈍痛に耐えながら、純粋に驚嘆する。まさか一瞬で形成されるものがこれほどの強度を有していようとは。


「どうしたもんかな……」


 自力でこれを破るのは不可能だ。先に身体が壊れてしまう。瞬間移動し、攻撃を加えようにも形成までの速度は一秒に満たないため、攻撃は容易に防がれてしまうだろう。


「やってくれましたわね!」


 鼻の頭に泥を残したまま、きっと睨みつけてくる。

 消える。


「今度は……!」


「こちらですわよ!」


 右からの声。しかし、衝撃は左。

 

「ぐっ!」


 一瞬視界の隅に映ったのは、赤い光。伝わったのは衝撃と熱。


 赤の魔導、放出。

 魔力の塊をぶつけるとは聞いていたが、想像以上の衝撃の大きさである。


 よろける六之介に綴歌が追撃する。左ジャブ、右ストレート、左ボディの流れる様なコンビネーションが炸裂し、一瞬呼吸が止まる。

 再度赤の魔導。吹き飛ばされ、積まれていた木材にたたきつけられる。


「げほっ……いっててて」


 完全にペースを捕まれている。

 魔導というものが想像以上に厄介である。三種類の組み合わせは多様であり、汎用性が高い。異能よりも警戒すべきは、こちらであった。このままでは、一方的にやられる。


「……まあ、でも、なんとかなりそうかなあ」


 痛む身体を起こし、上着を脱ぐ。それをぐるぐると乱暴にまとめ、袖を使って縛る。球状になった魔導官服を木材の上に置く。


 現状で、六之介が魔導に対抗すべき手段は一つだけである。それは、認知外から攻撃をすることだ。

 近接戦闘を仕掛けるにしても青の魔導による身体能力強化と緑の魔導による障壁がある。かといって、遠距離攻撃をしようにも赤の魔導の威力はあまりにも絶大だ。

 

 故に、完全に相手の意識の外を狙った攻撃を、そして一撃で決めねばならない。それを成し遂げるために必要な情報は、三つ。そのうち二つは分かっている。残りは一つ。


「……あれは」


 資材置き場の上に張られた電線に目を向ける。そこには十数羽の椋鳥が一定の間隔で羽を休めている。


「……ええっと、綴歌ちゃんだっけか」


「あら、何の用かしら? 降参ですの?」


 綴歌は余裕の表情である。


「まさか。こんなの怪我のうちに入らないって」


「へえ」


「あの程度でなんとかなったと思っちゃうあたり、経験値が足りないなあ。ちゃんと鍛えてる?」


 こちらを見る目が鋭くなる。

 あからさまな挑発だが、乗ってくれたらしい。彼女は優秀なのかもしれないが、弱点が大きいようだ。


「そこまで仰るのなら、容赦なくやらせてもらいますわ」


 消える。

 正面と左右から赤い光、一瞬遅れて衝撃が伝わる。魔導官服を脱いでいるせいか、その威力は先ほどよりも大きく、焼けるような熱が走る。間髪を置かず、背後より頭部に鋭い痛みが貫く。

 綴歌の手にあるのは、旋棍――トンファー――であった。今までの攻撃は手加減をしたものであったようだ。

 今、彼女は全力で六之介の意識を奪いに来ている。


 六之介は、ここで初めて自身の超能力を発動。綴歌と距離を取る。突然の手ごたえの喪失に、綴歌は驚愕の表情を見せるが、すぐに六之介の姿をとらえる。


「ああ、死ぬほど痛かった……こぶになるな、こりゃ」


 後頭部をさすりながら、飄々としている。


「……移動系の異能ですか。ですが、その程度では!」


「ちょおおっと待った! ストップ! 待て! だるまさんが転んだ!」


 六之介の剣幕に綴歌の足が思わず止まる。


「君の能力について、自分の推測を聞いてほしいんだけど、いいかな?」


 戦闘中のやり取りではない。

 だが、その必死な振る舞いに戦意をそがれたのか、綴歌はため息を一つ。旋棍を下ろす。


「……どうぞ」


「ありがと。じゃあ、まずね、自分は君の異能を瞬間移動だと思ったんだ」


 一瞬にして背後に回る機動は、瞬間移動特有のものだ。間合いを自在に操る奇襲の頂に立てる能力である。


「でも、違和感があった。初めは気付かなかったけど、二回目で分かった」


 とんとんと赤土の上を歩き回る。


「土の状態からして、歩くと足跡が付くんだよね。それも結構くっきり。それで、君が立っていた場所から移動後の場所に足跡がしっかりと残っていた」


「瞬間移動は三種類に大別されるんだけど、こうやって足跡が残る程度なら目視できる。それに、赤の魔導を使ったときもわざわざ声をかけて注意をそらさずとも、死角に赤の魔導を移動させて攻撃すればいい。つまり、君の能力は瞬間移動ではないと予想される」


「では、君の能力は何か。得ている情報は、知覚できずに近寄れるということのみ。考えられるのは二つ。一つ目は幻覚などを操る能力で自分を混乱させている。だけど、これは違う。なぜならば、そんなことができるなら、もっと一方的に攻撃ができるはずだし、多様な幻覚を見せるはずだ」


 それによって、混乱させ不意を突くのが定石であろう。


「もう一つは、時間停止の能力だ。これであれば、足跡が残っていることもこちらが知覚できないことも納得ができる。そして、この能力である可能性を高める要因がある。それは」


 六之介は自身の胸を指さす。


「君の呼吸だ。君は攻撃するとき、呼吸がやや乱れていた。これは止めていられる時間に制限があるため急ぎ行動していたためか、あるいは、時間を止めることで酸素の動きも止まり摂取できなくなっているか。それは判断ができないかな。まあ、なんだ、結論を言うと、君の異能は『時間停止』だろう。合ってるかな」


 綴歌は目を見開いている。


「……まさかこんなあっさり気付かれるとは、思いませんでしたわ。ええ、その通り、わたくしの異能は『時間停止』です」


「やっぱりね」


「心から、賞賛いたします。ですが、それが分かったところでどう対処なさるおつもりで?」


「ああ、それなら大丈夫。もう手は打ってある」


 六之介が指を三本伸ばして見せる。


「君を倒すうえで、必要な情報が三つあった。一つは、君の異能。二つ目は、対象。三つめ、範囲。そしてもう自分はそれらを得ている」


「へえ」


「一つ目は瞬間移動だ、これは語るまでもないね。二つ目と三つ目だけど、これは彼らが教えてくれたよ」


 六之介の肩に小さな鳥が止まる。先ほどまで電線ので羽を休めていた椋鳥であった。


「時間停止といえど、異能。異能は魔力の元となる効子に作用するんだろう。ならば時間停止能力とは、どういったものなのか。これは各原子や分子内、あるいは分子間に存在する効子に作用し、動きを止める。そして生物に対しては一種の知覚妨害を発生させ、認知外からの攻撃を可能にしている、と推測される」


「範囲に関してだけど、君を挑発したとき、上にあった電線に椋鳥が止まっていたんだ。そして、能力発動後、一定の範囲外の椋鳥は飛び去っていた。その距離は、君を中心に五から六メートルといった所かな。おそらくは、それが君の能力の有効範囲」


 最初に距離を詰めたのも、彼女の能力の範囲内に自分を収めるためだろう。


「君の異能は時間停止で、対象は非生物および生物、範囲は広く見積もって六メートル。この三つを得て、自分は攻撃をした、否、『している』」


「攻撃……いったい、どこが攻撃であると……」


 周囲を見渡すが、綴歌はそれに気づかない。


「人は、背後と頭上に意識を向けるのが苦手だ。どちらかというと、頭上の方が意識を逸らしやすいらしい……綴歌ちゃん」


 掌を彼女に向ける。


「五……四……三……二……一……」


 一本ずつ指がおられ、そして。


「零」


 指が曲がると同時に、綴歌の頭に黒い塊が直撃する。跳ねることもない軌道は、彼女の頭部に全ての衝撃が伝わったことを示している。そのまま人形の様に彼女は崩れ落ちる。


 彼女を襲った塊、それは丸められた六之介の魔導官服であった。それを拾い上げ軽くはたき、ばさばさと振るう。ポケットの中には無数の小石があり、それが飛び散る。


「んー、重石が多すぎたかな……」


 仰向けで目を回す綴歌の頬をつつくが、目覚める様子はない。

 その攻撃は簡単なものである。


 先ほど丸めておいた魔導官服に石を詰め、それを上空に瞬間移動させる。あとは話している時間分、落下エネルギーを付与させ、それを綴歌の頭に直撃するよう制御する。

 ここで重要なのは、彼女を動かないようにすることだ。いくら瞬間移動させることができるとしても、気付かれれば対処されてしまう。そうさせないために、長々と説明をして集中力を途切れさせ、わざわざ自らの指を折りながらカウントダウンし、こちらに意識を集中させたのだ。

 

「ふうー」


 魔導官服の皺を伸ばし、身にまとう。新品であったというのに泥だらけでくしゃくしゃである。この世界にクリーニング屋のようなものはあるだろうか。

 

「六之介様!」


 華也が駆け寄ってくる。綴歌の方には仄が向かい、背負う。


「綴歌ちゃん、大丈夫そうですかね?」


「……ああ、脳震盪だろう。それはそうとして」


 仄の鋭利な刃物のような目が六之介をとらえる。

 まさか今から二戦目ではないだろうなと内心で恐々とする。


「稲峰、だったな。素晴らしい戦いっぷりだった。約束は約束だ。君を認める」


 ふわりと笑う。その顔は先ほどまでのものとは対照的で、どこか幼く見えるものだった。


「どうも。お眼鏡に適ってよかったです」


「怪我は大丈夫か?」


「ええ、かすり傷ですよ。ああ、後頭部はこぶになりそうですけど」


 苦笑する。触れてみると既に腫れが始まっているようだ。


「署内に氷がある。冷やすといい。私は綴歌義将を医務室に連れていく」


 小走りで去っていく。

 部下想いなところがあるらしい。嫌いではない。


「六之介様、応急処置ですが」


 ぼんやりと青く光る華也の左手が、後頭部に当てられる。ほんのりと暖かく、優しく撫でられているような感覚がする。

 すると、ずきずきと残っていた鈍痛が薄れていく。


「これは……」


「回復魔導です。結構得意なんですよ」


「へえ、ありがたい……気持ちいい」


 眠ってしまいそうな心地よさだ。


「おつかれさん。俺の見込んだとおりだったな」


 遅れて雲雀がやってくる。


「いやあ、しんどかったですよ。魔導ってのは厄介ですねえ」


 赤青緑の魔導。いずれも強力で、柔軟であった。一度に数人の超能力者と戦っているような錯覚すらした。

 雲雀はその言葉を鼻で笑う。


「はっ、よく言う。あれだけ『人間との戦いに慣れている』くせによ」


 やはり気付いていたか。

 予想はしていたが、やはりこの掛坂雲雀という人物の目は尋常ではないようだ。

 

「はて、なんのことか」


「ふん、まあいい。やはりお前は有能だ」


 にやりとする。またもやこの人の思い通りになってしまったような気がする。


「華也、こいつのことは任せたぞ」


 署員同士の戦闘報告せにゃならんからな、と付け加え、面倒くさそうに署へと向かっていった。


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