3-3 時を綴る

「どうだ?」


 三日後、六之介にとって二度目の第六十六魔導官署である。

 署長室にて華也と雲雀の立会いの下、二日前に採寸し注文した魔導官服を身に纏う。


「思ったよりも、軽いんですね。その割にはしっかりしている」


 なんという素材であろうか。化学繊維ではなさそうだが絹や綿でもなさそうである。風通しもよく、これから訪れるであろう夏の熱気でも問題はなさそうだ。


「それ着て動くわけだからな。重かったり動き辛かったりしたら話にならん」


「それもそうですね。ところで、自分の刺繍は白なんですね」


 華也と同じ白色の刺繍が入った魔導官服である。一見すると同じに見えるが、左の襟に就いたバッジの形状が違う。華也のものは十字だが、六之介のものは一文字である。


「十字のは将、お前のは兵だ。階級的には一番下ってことになる」


 つまり、稲峰六之介義兵ということになる。


「それと、こちらをどうぞ」


 彼女から手渡されたのは革製の手帳のようなものであり、表紙に金字が箔押しされている。そしてもう一つが、何か規則的な形状で組み合わせられた金色のバッジ。


「魔導官証明書と第六十六魔導官署所属を意味する記章です。証明書は肌身離さず持っていてくださいね。記章は、よいしょっと」


 華也の手が襟もとに伸びり、顔がぐっと近寄ってくる。ふわりと甘い香りがしてどぎまぎとする。


「はい、これで良しです」


「ありがと」


「これで、自分は魔導官と」


 ああと雲雀が頷く。

 

「それと鏡美。魔導官の仕事内容の説明宜しく」


 本来は署長がやるべきものなのだが、雲雀はまるでその気がないらしく、署長席に腰掛けながら一口大の羊羹を頬張っている。


「わかりました。では、どうぞお座りください」


 中央にある長椅子に向かいって腰を下ろす。


「まず、我々の仕事は大きく分けて二つです。不浄、災禍の退治と魔導犯罪者の無力化です」


「魔導犯罪者?」


 不浄と災禍は機関車内で説明を受けたため、理解していた。

 ようは、人類の敵である危険生物を倒せ、ということだ。


「はい。魔導犯罪者は、文字通り、魔導を用いて犯罪を行う人々です。魔導は多彩です。扱い方によっては、いくらでも被害が生じます。それを防ぐのです」


「それって警察の仕事では?」


「魔導を用いていない犯罪は警察が処理するのですが、そうでないときは我々の出番なのです。また、どのような事件でも初めに捜査がなされ、その後に依頼されます」


 刑事ドラマなんかをもっとよく見ておけば詳細が分かりそうであったが、それは後の祭りである。


「魔導犯罪者は、多くの場合凶悪なものとなります。なぜならば、魔力は当人の意思によって動かせるものだからです。しかし、カッとなったり、ちょっとした操作誤差で相手を死傷させるなど出来ません。つまり」


「なるほど。つまり、魔導によって相手を殺したり傷つけたりするには、相当な意思、すなわち、殺意が込められているってわけだ」


「はい、その通りです。また、不浄の情報が入れば現地に赴くこともありますし、災害が起これば救助に向かうこともあります」


「オーケー、大体わかった」


「おうけぃですか、それならば良かったです。続いては、出動がない日は何をするかですが」


 華也がちらりと駄菓子を貪る雲雀を見る。椅子にだらしなく体重を預け、ぐるぐると回っている。緊張感の「き」の字もない様子である。


「ええと、あのように待機、あるいは、自主訓練か見回りが仕事です……というか、基本的自由です」


「自由?」


「はい、二人以上が魔導官署にいれば、街に出ようが買い物に行こうが鍛錬をしようが構わないのです。ただし、事前報告は必要ですけれど」


「……結構、緩いのね」


 もっと厳格で、がっちりしたものを想像していたが、真逆である。


「あったりめーだろ、そんな厳しくやってどーすんだよ。普段はてきとーにやって、やるときはばっちりこなす、これが格好いいんだよ」


 言っていることは分からなくもないが、大福で口元を白くしながら言われても、格好良さなど微塵も伝わってこなかった。

 

 こつこつという音がした。華也が歩くときに発せられる音と同じもの、このブーツ状のヒールからのものだろう。

 鋭いノックが響き、返事も待たず扉が開かれる。


 立っていたのは、銀髪の女性である。第一印象は、氷であった。背丈は華也より一回り大きいほどで高身長というわけではないが、鋭い藍色の眼光に隙間なく結ばれた口元から迫力が感じられる。


「副署長!」


 華也が思わず立ち上がる。そして、子犬の様に小走りで駆けよる。

 その様が可愛らしかったのか、解氷する。


「鏡美義将、話は聞いています。難儀な任務であったそうですが、無事で何よりです」


 冷静沈着という言葉に相応しい声色と口調であった。


「おーう、お疲れ」


 背もたれに顎を乗せながら、ひらひらと雲雀が手を振る。


「はっ、眉月仄礼兵、任務完了致しました」


 一方で彼女はお手本のような敬礼を見せる。思わずこちらの背筋も伸びてしまいそうである。


「ところで、署長、彼は?」


 六之介に目を向ける。


「ああ、ちょっとな。あとで説明しよう」


「あー、ども、稲峰六之介です」


「竜之介、か。良い名前だ」

 

「いや、六です」


 名乗るときにはほぼ必ず行われる、もはや儀式に近いものを交わす。


「副署長、綴歌さんがご一緒では?」


「ああ、彼女は寮に荷物を下ろしてからだと……噂をすればなんとやら、だな」


 先ほどの音と比べると、慌ただしく騒々しい足音が聞こえてくる。

 ノックもなく扉が開かれる。


「帰りましてよ!」


 続いて現れたのは、赤髪の女性である。この時代でどうやっているのかは不明だが、綺麗に縦ロールが出来ている。魔導官服の刺繍と記章は華也と同じものであるため、同階級なのだろう。


「おう、そうか」


 一切感情のこもらない返事をし、雲雀は団子に手を伸ばす。

 そんな対応を不満に思ったのだろうか、むっとした顔で大股で雲雀の前まで歩む。


「ねぎらいの言葉もありませんの?」


「ない」


「上司としての務めでは?」


「んな務めないだろーが」


 つっかかる赤髪の女性を適当に流している。


「まあまあ、綴歌さん、そのくらいに……」


「むう……」


 納得できない様子だったが、小さくため息をつくとやれやれと肩をすくめた。


「私からで不満かもしれませんが、災害救助、お疲れ様です、綴歌さん」


「ええ、ありがとうございますわ」


 華也と綴歌。柔和な華也とどこか攻撃的な綴歌。対照的な二人であるが、並ぶとなんとも絵になる。二人とも方向性は違うが、まごうことなき美少女である。加え、口調や佇まいから育ちの良さが伝わってくる。

 

「ところで、どちら様ですの?」


 綴歌が六之介に怪訝な目を向ける。


「彼は今日からここで働くことになった魔導官の稲峰六之介様ですよ」


「ども」


 軽く会釈する。

 綴歌はどこか釈然としない様子である。


「現場実習にしては早過ぎませんこと?」


「いえ、彼は学生ではありませんよ。正式な魔導官です」


「なんだと?」


 思わず口を開いたのは、綴歌ではなく仄であった。

 美麗な眉を歪ませ、眉間にしわを寄せている。ただでさえ鋭い目つきに険しさが増す。


「どういうことですか、署長」


 仄が雲雀に詰め寄る。

 思わず身構えてしまいそうな剣幕だが、彼にとってはどこ吹く風であるようだ。


「どーもこーもない、鏡美が連れてきて、俺様が採用した。同意も得ている。何か文句あるか」


「大ありです! 魔導官という職種がどういうものかわかっているのですか!?」


 六之介に一瞬目を向ける。その目は不信感を含む色をしている。

 当然だろう。魔導官とは、文字通り命がけの職種である。自分の命だけではなく、民間人と仲間の命も背負っている。信頼しあう間柄でなければ成り立たないだろう。

 唐突に現れ、どこの馬の骨とも知らぬ人間に命など預けられるわけもない。


「わかってるってーの。お前の言いたいことは分かるから、ちゃんと教えるべきことは教えるし、鍛えもする」


「順番が逆です。それは魔導官になってからではなく、なる前にやるべきことであって!」


「順番なんてどうでもいいだろうが。魔導官として大事なのは実力だ。現にこいつは鏡美と協力して不浄を殺してる。十分だろ」


 それでも納得できないといった様子だ。雲雀はわざとらしく大きく息を吐く。


「じゃあ、なんだ? お前、六之介と戦ってみるか? んで、六之介が勝ったら魔導官として認め、負けたら辞めさせる」


「それは……」


「ちょっと、当人への配慮は無しっすか?」


 自身の処遇だというのに、口を挟む余地がなかった。

 どうでもいい事柄ならともかく、御剣での生活がかかっているのだ。傍観しているわけにもいかない。


「いずれにせよ、戦闘はさせるつもりだったからな。いい機会だ、やれ」


 有無を言わさぬ物言いであった。


「副署長!」


 綴歌が挙手する。


「なんだ、筑紫義将」


「その相手役は、わたくしに任せてはくださいませんか?」


「お前が?」


「ええ、華也さんが見込んだ人物の力、是非とも拝見したく存じますので」


「で、ですが、いきなり戦闘なんて……」


 華也が不安そうな眼差しで、きょろきょろとしている。

 きっかけをつくってしまった一因として、責任を感じているのだろう。


「えーっと、本当に戦うんすか? 今から?」


「ああ、やれるか」


 雲雀の問いに、しばし考える。

 鈍らない程度には動いているが、訓練された魔導官と戦うには少々不安がある。魔導官は赤の魔導『放出』で遠距離攻撃もでき、緑の魔導『形成』で防御もでき、青の魔導『展開』で自身の身体能力を強化でき、異能を操ることができる。カタログスペックでは自分の完敗であろう。

 対等なのは、お互いの能力が分かっていないという点ぐらいなものである。

 

「……一つ質問です」


「おう」


「魔導官ってのは、魔導官同士で戦うことはあるんですか?」


「んー、無くは無いが多くはないな。簡単な組手ぐらいだ」


「なるほど、ありがとうございます……で、返答ですが、構いませんよ、やりましょうか」


 よいしょと声を出し、重い腰を上げる。軽く伸びをし、魔導官服の襟を正す。


「六之介様、あの、えっと」


 どう声をかけるべきか戸惑っている華也の頭をぽんぽんと軽く撫でた。


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