2-3 御剣の担い手
聞きたいことはこんこんと湧き出てくるが、今はこれらだろう。
「魔導、異能、魔導官、不浄について」
「分かりました。まず、魔導というのは魔力によって齎せられる現象のひとつです。魔術、魔導、魔法の三種類の説明をいたします」
学生時代に習ったことを思い出し、脳内でまとめ上げる。無駄は省き、端的に分かりやすくつてることを心がける。
鞄から魔術具『杏』を取り出す。
「魔術は何らかの媒体に施された術式を発動させるもので、条件を満たせば誰でも使用できます。この『杏』をはじめとした魔術具はこれに当たります。条件というのは、感圧、感熱、感魔力など様々です」
『杏』をしまい、右手を差し出す。ぼんやりと緑色に光ると、彼女の手の上で緑色をした半透明の板が現れる。
「魔導というのは、魔力によってもたらされるもので基本的に術式を必要としません。また魔導には三種類『放出』『形成』『展開』に分類されます。これは『形成』の魔導で、魔力を凝縮して実体化させるもので、発動すると緑色の魔力光が生じます。三種類の中で、最も燃費の悪い魔導と言われていますが、これを極めると金剛石をも上回る強度になるそうです」
鵺との戦いで、放たれた槍を防いだものである。大きさはずっと小さいため、魔力の消費はほぼない。
ひびが入り、板が砕ける。次に青色の光が華也を包む。
「これは『展開』、主に回復や肉体の強化の魔導です。魔力光は青です。戦闘では必要不可欠の力です」
光が消える。
「次は、赤。『放出』の魔導なのですが……申し訳ありません。これはここでは使えません」
ぺこりと頭を下げる。
「……放出ね。魔力を撃ち出すって感じかな」
「はい、その通りです。放出する際、熱が生じるのも特徴です」
「魔術ってのは三つの魔導でいうどれに当たるんだ?」
「いずれも対応した魔術があります。赤の魔術、緑の魔術、青の魔術といった具合です。ただ多くが複合となるので、単色というのは少ないですね」
色合いからして、RGB値を想像すると分かりやすいなと頭の中でまとめる。
「魔法ですが、これは奇跡のようなものでしょうか。本来ならば起こり得ない事象を引き起こすものです」
「起こりえないものって?」
「不可逆的なものと私たちは教わります。例えば死者蘇生であったり時を逆行したり」
「なるほどね。これはどういう時におこるの?」
「膨大な魔力と大がかりな起動式を必要とします。具体的な量までは分かりませんが、数万人分の魔力と大きな池を作れるほどの墨で起動式を描く必要があると聞いたことがあります」
他の二つと比べるとかなりアバウトに聞こえる。しかし、情報を隠しているという風ではない。彼女自身多くを知り得ないものなのだろう。
「大体わかったよ。ちょっとノート……じゃなくて、帳面を一枚もらえる?」
華也が頁を破り、鉛筆と共に渡す。そこに聞いたことをまとめて記録していく。
「次にいってもよろしいでしょうか?」
「ちょい待ち……あい、いいよ」
「はい、次は異能ですね。異能というのは、魔導とは別に魔力を用いて万物に干渉し、事象を引き起こすことです」
「万物ってのは、具体的に?」
「そのままです。魔力はありとあらゆるものに宿っています。生物であろうと物質であろうと、大気中にも存在しているんです」
「ほうほう」
「私の『温度変化』は、魔力、正確には効子に作用して発熱させたり吸熱させたりしているんですよ」
「聞き忘れてた。魔力と効子ってのは?」
「効子は魔力の源となる超微細な粒子です。正体は未だに分かっていませんが、どこにでも存在しています。特に地下には、先ほど申し上げたように効子結晶として存在しているのですよ。魔力は効子から放出される力で、意思によって制御できるんです」
この機関車の動力源を効子結晶と言っていた。SLは石炭を燃やし、蒸気で動かす。しかし、この鉄道はそのまま効子結晶による魔力が動力になっているということであろう。なるほど、根本的に構造どころか、動力から異なるわけかと納得する。
加え、意思で制御できるエネルギーは元の世界には存在しなかった。改めてここが異世界だと確信する。
「大体わかった。んで、異能ってのは誰でも使えるの?」
「いえ、異能は先天的な人もいるのですが、基本的に後天的な力です。魔導官となる際に移……す、すみません、実はこれは公言してはいけなくなっているのでした」
「ふうん、企業秘密ってやつかね。まあ、いいや。だから自分が超能力を使ったときに驚いたのか」
魔導官しか持ちえないはずの異能。正しくは超能力であるが、彼女にとっては違いなど判らなかったであろう。それを魔導官でもない人間がさも当然の様に使えば動揺もするというものだ。
「あの時は我が目を疑いましたからね。あとは魔導官ですか。魔導官は不浄や災禍による被害を未然に防ぐ、あるいは抑えるための存在です。異能と魔導兵装を有し、不浄と戦います。組織は総司令部が一番上でそこからの命令が各署長に伝わり、我々が出撃するといった流れを取ります」
「階級とかあるの?」
「はい。上から徳、仁、礼、信、義、智に大別され、各位のなかで将と兵の二つに分けられますので、十二階級ですね。私は義将です」
鏡見華也義将ということか。
見た目通り若いせいか、階級は低いようだ。
「不浄ですね。これは、異常量の魔力を得た生物の総称です。元となった生物の原型はとどめておらず、進化論や効率を無視した形状をしています。基本的に首をはねて殺さない限り死ぬことがなく、魔力を含むあらゆるものを捕食します。魔力に惹かれる習性があるため、都市部や集落を狙うことが多々あります」
「鵺は村を目指してはいなかったけど」
「魔力が満ちていたのでしょう。あの熊だけではなく森の奥部で多くの動物が捕食されている可能性は高いです」
「へえ」
「鵺は魔力量から見ても、不浄化してある程度の時間を生きているはずです。おそらくは元々森の深部にいたのですが、餌が枯渇し行動範囲を広げていったのだと思います。それに合わせて熊も逃げ出したのでしょう。野生の熊があのように人の近くの場所にいることはありえません」
確かにそうだ。この世界に来てからずいぶんと野山を駆け回ったが、熊など見たことはない。村人が注意している様子もうかがえなかった。となると、本来は生息域の異なる存在であり、西山にはいるはずのない存在なのだろう。
「最後に災禍ですか。災禍は、簡単に言えば不浄の上位互換です。ただ……」
歯切れよい説明が途切れる。どう説明すべきか悩んでいるようである。
「知っていることでいいよ?」
「はい……ううん、その信じられないかもしれませんが、災禍は『不老不死』と言われています」
その言葉に思わずぽかんとしてしまう。
「ふ、不老不死? 不老不死っていうのは、アレ? 歳も取らないし死にもしないということ?」
「はい、それです」
そんな馬鹿なという気持ちがあるが、彼女の説明を聞かねば何もわからない。
「現在確認されている災禍は五体で、いずれもが『黄泉之逆道』という場所に封印されています」
「よみのさかみち?」
「はい、孤島に建てられた地下へ向かっている塔です。地表部は二階、下に六階の計八階層となっています。地表部は塔の制御や災禍の研究施設で、地下の各階層に一体ずつ封じられていると聞きます」
地下に伸びているため逆道か、なるほど。
「地下一階にいるのは
「地下二階、
「地下三階は
「地下四階は
「地下五階は
指折りしながらの説明を終え、一息つく。
要所のみを記帳した帳面を眺める。聞きながらも思ったが、文字にしてみるとますますその異常性が際立っている。
不浄までならば、まだどうにか理解できる。魔力という未知のエネルギー、それが過剰に増加することで生体機能や代謝機能に異常が生じてた結果、と考えればいい。しかし、災禍とやらは違う。
まず不老不死だというが、その時点でもう生物ではない。加え、異様な長命と大きさ。数万年は生きているだの四町の大きさだ、挙句は島ごと捕食したなど、到底受け入れられるわけがない。
「し、信じられませんかね?」
表情に出ていたようだ。華也が困ったような顔をする。
「んー、まあね。華也ちゃんはその災禍ってのを見たことあるの?」
「ありませんよ。これらはあくまで学校で習う事柄です。最近に確認された災禍である大海神ですら、百二十年前ですし」
「ああ、頻出はしないんだ」
「頻出したら、世界が滅びますよ」
あっけらかんととんでもないことを答える。
「これらって、どうやって封印されてるの?」
「数千もの魔導具を用いて拘束し、鎖や重石などで物理的に束縛し、最後に冷凍しているそうです」
あまりの厳重さに苦笑する。だが、話を聞く限り、そうまでしなければならなかったのだろう。
「特に大海神との戦いは凄まじかったと伝えられています。それこそ軍艦を何十隻も用意したらしいのですが、轟沈しなかった船は片手で数えられる程度だったとか」
過去の出来事は誇張されがちとはいえ、島を食べるという巨体であれば、甚大な被害が出たのは間違いないだろう。
華也の話を聞き、まとめている。その紙面を眺めていると、特に気になる点があった。
「ねえ、黄泉之逆道は地下六階まであるんだよね?」
彼女の説明だと、災禍は五体だという。一階多いのは何故だろうか。
「地下六階には、いくつか噂があるんです。新たな災禍に備えているとか実は六体目の災禍がいるとか、災禍を兵器として改造しているとか」
情報の発信源は分からないと付け加える。
こういう謎の情報は基本的にろくでもない使われ方をしているものだ。だが、この世界の知識に疎い自分では判断がつかなかった。
「なんだか、物騒な世界に来ちゃったなぁ」
緑豊かで穏やかな田舎生活を過ごし、のんびりと生きていたいと思っていたのだが、とため息をつく。
そんな会話をしていると、外の景色の変化に気付く。
緑一色と言っても過言ではなかった車窓の外に、道や建築物がぽつぽつと現れている。時折馬車や自動車のようなものまで走っている。そして六之介に覚えのあるものもあった。
「電柱だ」
木製で丸太を加工しただけの荒々しいものだったが、間違いなく電柱だ。上部にはしっかりと電線も繋がれている。
「この辺りは公衆電話も多くありますしね。それと、見えてきましたよ」
反対の座席の車窓から外を見る。
青空の下にあるのは、巨大な街であった。翆嶺村とは比べるのも憚れるほどに、建物はみっしりと隙間なく立ち並び、十階建て近いものまである。様式も和式や洋式、中華式の建物を思わせるものまである。建築素材は煉瓦や金属、ガラスや木材と多様であるようだ。
明らかに田舎と都市で文明のレベルが違う。翆嶺村は戦国時代や江戸時代程度のものであるが、ここは大正時代か明治時代ほどであろうか。同じ国内にあるとは思えない程の開きだった。
そして何よりも目に付くのは中央にある塔。さながら巨大な槍であり、天空を穿たんとばかりに伸びている。あれほどのものは元の世界でも見たことがない。
「あれが目的地、皇都管轄魔導都市『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます