簡単な怖い話

霧中模糊

第1話 クローバー

 店の前の空き地が焼けた。


 煙草の火が種火らしい。


 クローバーが沢山育っていたのを覚えて 

 いる。

 

 焼き跡には四つ葉のクローバーだけが無傷

 で佇んでいた。

 



 気味の悪いことは続くもので、今日も今日とて変な客が来た。


 その前髪の長いお客さんは、文庫本の中に紛らわせて題名のない本を置いていった。


「この本、なんです?」


 私の質問には、一切応えるつもりがないのか

「処分するなら、そちらにお任せします」


 そう言って店を去っていった。


 狭い路地の一角で古本屋を細細とやっていると、人目を避けたい本があつまることがある。


 題名も中身も真っ白の本。


 捨てるには物珍しい一品で、カウンターの隅にしばらく置いておくことにした。


「四つ葉のクローバーでも挟んでみるかね」 




 次の日、写真屋の兄ちゃんが店に来た。


「先週の町内会の集合写真焼けましたよ」

「わざわざ悪いね」

「そういや、ここらでしつこいセールスマンが出てるらしいで。ほれ、これが名刺」


 誇張を着飾った兄ちゃんは、お得意の営業スマイルに腰を曲げ、不自然にお尻を突出す。


「貰っておくよ。私も歳だから気をつけるとする」

 心にも無いことを此方もお得意の営業スマイルで返す。


 二人してニヤニヤと笑いながら、私はカウンターの本を開いて、写真と名刺を挟もうとした。

 

「クローバー?」

「前の持ち主だな」


 無益に続く白紙のページ。丁度真ん中に当たるページに、"三つ葉"のクローバーが挟まっていた。


 写真を挟むことは遠慮した。


 名刺だけを挟んだ。


 

 

 あれからあの本は倉庫の奥にしまっている。

 セールスマンが焼身自殺をしたと聞いたあの夜から、体を巡る興奮と後悔が離れない。




 今も捨てられずにいる。





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