えぴそーど3 僕が好きなのは「ちひろ」だけど「ちひろ」じゃない

「すっ、鈴瀬さん、いまなんて・・・」

千尋は聞こえてきた言葉に思わず自分の耳を疑う。

(いま「彼氏」とか聞こえた気がするけど、聞き間違いだよね・・・いやだって聞き間違いじゃないとしたら唐突すぎるでしょ・・・)

「だから、ぼくの、かれしに、なって、って、いった。」

唐突に難聴系主人公になる幼馴染に千紘は言葉を区切り強調して再び説明する。さすがに少し「むっ」とした表情になっている。でもその表情はただ怒っているだけではなく・・・同時にどこか恥ずかしそうである。

「聞き間違いじゃなかった!」

「やー。ききまちがいじゃない。にかいいわされた。・・・しゅうちぷれい?」

「しゅっ、羞恥プレイなんかじゃないよ!恥ずかしがる女の子をみていいと思うなんてそんな性癖ないよ!」

嘘である。真っ赤な嘘である。先ほどもばっちり「怒っている鈴瀬さんも可愛い!」とかバッチリ心の中で思っていた千尋である。まあ、言い直させたのは一応わざとではない。

「むっ、まあいい。ついきゅうはしない。そ、それで・・・」

言葉尻になるにつれて小声になる千紘。その表情からは期待と不安さが見て取れる。

「それで・・・へんじは・・・?」

身長差でやや上目遣いになって千尋を見つめる千紘。

「ちょっ、ちょっとまって!そっ、その前に一ついいかな!」

返事を迫られ慌てて話を逸らす千尋。

(やばいよ・・・返事とか急に言われてもどうしよう・・・そりゃあ何度か告白されるのを想像してみたりしたこともあるけれど、あるけれど・・・実際にやられると破壊力半端ない!可愛い!だけど考えがまとまらない!落ち着け!落ち着くんだ千尋!)

混乱する千尋に対し千紘は

「いい。なんでもきいて。」

自分に興味を持ってもらえたのが嬉しいのだろう。さっきまでの不安が和らぎいつもの無表情、いや、うれしさが見て取れる無表情になる。

「どっ、どうして鈴瀬さんは僕のこと、そっその「好き」になったの?」

千尋としては当然の疑問を千紘に尋ねる。

「・・・ちひろ、さっきからずっとおもってたけど、もしかしてぼくのことおぼえていない?」

千紘は逆に千尋に問いかける。その表情、声色は自分のことを覚えていないのではという不安や怒り、悲しみなどは微塵もなく、ただ純粋に千尋が自分を覚えているかどうかということを確認したいというものだった。

「えっ、僕と鈴瀬さんどっかであったことあるっけ?」

千尋は予想だにしない質問に驚く。

「・・・やっぱりおぼえていないんだね。」

千紘の声は少しだけさみしそうで・・・でも少しも責める様子はなく、どこか優しさすら感じるものだった。

「ご、ごめん。思い出せくて・・・」

「いや、いい。むしろそっちのほうがいまのぼくをみてもらえるからいいかも。」

「で、でもやっぱなんか悪いな・・・」

「ずっとむかしのことだししかたない。おもいだしてほしくなったらぼくからあらためてはなす。とにかくむかしから、そしていまのちひろもやっぱりすき。」

そういう千紘の顔にはささやかな笑顔が浮かんでいた。

「あっ、ありがとう。それで・・・返事だよね・・・」

「やー。ちひろのきもちをきかせてほしい。」

千紘の言葉に千尋は少しの間考え込み、しばらくして覚悟を決め千尋に向き合う。

「ぼっ、僕は鈴瀬さんのこと、昔のことは思い出せないし、今のことも正直まだよく知らないけれど・・・一目見たときからすごく可愛いって思っていて、それ以上になにか直観というかなんというか、感覚でいいなって思って、ずっと気になっていた・・・いや、ずっと好きでした。だから、もっと鈴瀬さんのこと知りたいし僕のことも知ってほしい。だから、鈴瀬さんさえよければ僕の彼女になってください!」

千紘同様、自分の気持ちを精一杯伝える千尋。

「・・・」

一方千紘は微動だにしない。

しばらくの間沈黙があたりを支配する。やがて恐る恐るといった様子で

「す、鈴瀬さん・・・?」

と問いかける千尋。

「うれしい・・・千尋くんが今のわたしを見て可愛いって、好きって言ってくれてすごくうれしい!」

いつもとは違う明らかに興奮した様子で、はっきりとうれしそうな表情で元気な大きな声でいう千紘。一方千尋はその様子を見て、

(あれっ、この雰囲気どこかで見たことがあるような・・・なんかとても懐かしい気がする。)

などと思っていた。

「あっ。こうふんしておもわずむかしのぼくに・・・はっはずかしいからわすれて・・・」

しばらくして興奮がやんだ千紘はいつもの調子に戻り・・・とはいかず下手したらこれまでで一番恥ずかしそうなぐらい顔を真っ赤にして千尋に言う。

「う、うん。」

千紘の勢いに押され千尋は身じろぎしながら答える。

(びっくりした~鈴瀬さん、一瞬まるで別人みたいに雰囲気変わったような気がしたけれど気のせいかな?)

「ならいい・・・ちひろ。」

改めて、といったようなさっきまでの取り乱しかたが嘘のように落ち着いた声音で千紘が言う。

「な、なに、鈴瀬さん?」

一方千尋は突然の彼女の様子の変化に戸惑った様子で答える。

「こくはく・・・うけてくれてありがとう・・・あらためて、これからよろしく」

穏やかな表情を浮かべ優しく語り掛ける千紘。その笑顔はいつまでも見つめ続けていられるような、女神のような微笑みだった。

その様子に千尋は見入り、そしてつられて笑顔になる。

「こちらこそよろしくお願いします、鈴瀬さん。お互いに最期の瞬間まで付き合うことになっても、もし仮に別れることになったとしても、悔いだけは残さない、この人と付き合えてよかったと思えるような交際にできたらいい、かな。」

千尋もまた千紘に自分の思いを述べる。

「やー。でも「できたらいい」じゃなくて「する」。わたしは千尋くんと・・・じゃなくて、ぼくはちひろと「くい」をのこさない「こうさい」をする。」

千紘はいつもの落ち着いた調子で、しかし強い決意をもって宣言する。

「そうだね、僕も、鈴瀬さんと一緒に悔いを残さない「交際」をする。」

千尋もまた千紘と同じくはっきりと宣言をする。

こうして千尋は鈴瀬 千紘と付き合うことになるのだった・・・




その晩、千尋は家に帰って、

「ふぅ~疲れた~」

自室のベットに横たわっていた。

時刻はまだ午後5時すぎ。ゆずはまだ帰宅していない。

(彼女、かぁ・・・実感湧かないな・・・しかも相手はあの鈴瀬さん・・・夢みたいだ・・・)

千尋にとっての初めての「彼女」。嬉しいだとか、これからに対する期待とか、少しだけ不安とか、様々な感情が心の中で木霊して千尋は思わず足を「ばたばた」としはじめる。

やがて足をばたつかせるのをやめて、考え出す。

(鈴瀬さんが「彼女」ってことは僕は鈴瀬さんの「彼氏」なんだよな・・・だったらもうちょっとしっかりしたほうがいいのかな・・・いろいろと・・・「悔いのないように」だなんて大それたこと言ったけれど僕にうまくできるかな・・・)

初めて女の子と付き合う際、多くの男の子が考えるであろうことを千尋もまた考えていた。

そんな風に思いにふけっていると「ピロンッ」と千尋のスマホからラインの通知音がした。

(誰だろう、鈴瀬さんかな?)

千尋はそう思いスマホの画面を付ける。当然といえば当然だが連絡先はあの後すぐに交換した。

するとそこには「ゆず」と表示されていた。

(なんだ、ゆずか。ええっと要件は・・・)

千尋はトーク画面を開き本文を確認する。

「ハロー!いやグッドイブニングでしょうか?お兄ちゃんのゆずですよ!」

そこには要件など書かれていなかった。

(内容のないラインだな!)

思わず心の中でつっこみを入れる千尋。そしてすぐに「何の用?」と返す。

「それ聞きますか!聞きたいですよね!」

焦らしてくるゆず。これはうざい。

「用がないならスルーするよ?」

華麗に未読スルーする宣言する千尋。

「うわあああごめんなさい冗談です許してください!スルーはいやです!」

さっきまでの余裕が嘘のように慌てて謝るゆず。画面越しにも切実さが伝わってくる。

「それで・・・結局何?」

やれやれといった様子で文字を打つ千尋。

「じ、実はですね今ちょうどゆずは学校から出るところなのですが、今日は帰りに買いたいものがあって帰りが遅くなりそうなので食事の準備が遅くなりそうなのですが大丈夫ですか?」

ゆずがようやく用件を伝える。

(なんだ、そんなことか。わざわざ気を使わなくてもいいのに・・・細かい気づかいもできるし変態なのを除けば非の打ちどころがないんだけれどなあ・・・まあ、そこがある意味ゆずの良さでもあるんだけれど。)

妹に対し様々な感情が交錯する千尋。「変態」も良さと取るのは良くも悪くも千尋らしい。

「そういうことなら大丈夫だよ。何なら僕が作ってもいいし。ゆっくり買い物しておいで。」

「分かりました。それではお言葉に甘えさせてもらいますね!」

用件を聞きとげ千尋はスマホを机の上に置く。

(さて、制服でも着替えて何か作るか。)

そう思い千尋は制服のズボンに手をかける。ちなみに千尋は下から脱ぐ派である。いらない情報である。

と、その時「ピロンッ」と再びラインの通知音が響く。

(ん、なんだ、またゆずからだ。言い忘れたことでもあるのかな?)

スリープ画面を付けるとそこには・・・

「彼女もいないお兄ちゃんは家で一人さみしいでしょうけど、なるべく早くかわいい妹が返ってきますからね!」

ゆずの悪意なき余計な一言が書かれていた。

(う~んこの。)

さすがの千尋もこれには困惑して苦笑いを浮かべる。そして

「一人でも少しの時間ならさみしくないぞっ。それに彼女・・・できたし」

と妹に彼女ができたことをそれとなく伝えようとする千尋。



しかし、気が緩んでいたのだろう千尋はここで大きなミスを犯してしまう。



ラインにはい一斉送信機能というのがある。それは一斉送信をタップするとメッセージを一度に複数の人に送れるというものである。そして「ライン」の一斉送信ボタンは「Li●e」と違いすぐ押せる場所にあるのだった。

・・・そう、お察しの通り千尋は先ほどの文章を一斉送信してしまったのである。

そしてそれに気づかない千尋。気づいたのは友人、優からのラインだった。

「おっ、千尋彼女出来たの?おめでとう。」

本文と一緒に送られてくる「オメデトウ」のスタンプ。

(ありがとうゆず・・・ってあれ、なんで優からスタンプ来てるの?)

慌てて自分の送ったメッセージを読み返し・・・ようやく事態に気付く千尋。

(えっ・・・もしかして僕友達全員におくちゃった!?やばいやばい!いや友達全員って言っても優とゆずと未来ちゃんと紗雪先輩と鈴瀬さんだけだけど・・・なんでだろう・・・なぜだかわからないけど人数の問題じゃない気が・・・なんだかとてもまずい気がする・・・)

千尋のその感覚は正しかった。少しして三件のラインが同時に来る。

「千尋君、彼女ができたらしいじゃない。詳しく話がききたいわ。」

「先輩・・・どういうことですか・・・詳しく話を聞かせてもらっていいですか?」

「お兄ちゃん♪すぐに帰るから待っててね♪」

文章から分かる通り紗雪、未来、ゆずからである。

(あっ・・・)

もはや焦りを通り越して放心状態になる千尋。現実を受け入れられていない様子である。

「千尋君、自宅にいるのかしら。千尋君さえよければ今から向かうから住所をおしえてくれないかしら?」

「先輩、おうちにいるんですか?先輩さえよければ今から向かうので住所をおしえていただけませんか?」

紗雪、未来から住所を尋ねられる千尋。冷静な状態なら「今は無理です。」と断るのだがあいにく今は放心状態。よく考えずに二人に住所を差し出してしまうのであった・・・

さらに放心状態の千尋はすぐには気づかなかったがもう一人、千尋にラインする人物がいた。

「千尋、もしかして一人で留守番さみしい?口では大丈夫って言ってるけど彼女として放っておけない。家の場所は変わってないよね・・・すぐに向かうから待ってて。」

そう、千尋の「彼女」鈴瀬 千紘である。

もちろん千紘とて「今は無理」と言われれば押しかけたりはしない。しかしあいにく今の千尋に冷静に返信する余裕などなく・・・ただぼーっと何も考えずに「うん。」と返信するだけなのであった・・・





30分後、霞家リビングにて。

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

「あー、えーと、その・・・」

「はむっ。もぐもぐ・・・このおかしおいしい。」

そこには、紗雪、未来、ゆず、千尋、千紘の5人の姿があった。

無言でじっと向かいに座っている千尋を見つめる紗雪、未来、ゆずの3人、何とか沈黙を打破しようと試みる千尋、そしてその隣で出されたお菓子をおいしそうに頬張るマイペースな千紘といった図である。まあいわゆる修羅場である。

千紘以外の4人が重苦しい空気に支配される中沈黙を破ったのは千紘だった。

「ちひろ。」

隣に座っている千尋の顔を覗きこみ言葉をかける千紘。いつも通り冷静に見える。

「なっなっ何かな鈴瀬さん!?」

それに対しまるで妻に浮気がばれた夫のように慌てふためく千尋。挙動不審である。

「・・・きょどうふしん。」

「自分でもわかってるから突っ込まないで!」

「じこしょうかい・・・」

「はい!?」

「しょたいめんのひとにあったらまずはじこしょうかいするのがれいぎ。だからじこしょうかいしていい?」

「ご自由にどうぞ!」

千紘の言葉を聞き千尋は心の中でガッツポーズをする。

(ナイス鈴瀬さん!正直このまま3人にじっと見られ続けてたら心臓が持たないところだった・・・)

実際千尋以外は互いに初対面なので理にはかなっている。

「わかった。それじゃ・・・」

千紘はポツリとつぶやくと軽く深呼吸して・・・

「初めまして。ぼくは栄聖学園高等学校一年の鈴瀬 千紘。千尋の幼馴染で彼女。」

といつもよりはっきりとした口調で、「幼馴染」と「彼女」の部分をほんの少しだけ、しかし確かに強調して一同に自己紹介する。

(一瞬で雰囲気が変わった!?すごい・・・)

隣にいた千尋だけでなくその場にいた誰もが同じことを思う。

堂々としたその姿は毅然としていてとても凛々しくいつも見とれている千尋だけでなくほかの3人も魅入ってしまうほど様になっていた。

もちろん千紘自身が類まれな「美少女」だから美しく見えるというのもあるだろう。だがそれ以上に千紘の「意思」の強さのようなものが感じられたのである。

またしてもほんの少しの間沈黙があたりを支配する。しかしこの流れを切るまいと思った千尋は、

「そっ、それじゃあ次は・・・ゆずお願いできるかな?」

と妹に声をかける。するとゆずは「びくっ」と肩を震わせ俯く。

「ゆっ、ゆず?大丈夫?無理しなくても・・・」

あからさまに緊張しだす妹に千尋は声をかけるがその声を聞き終わるまえにゆずは口を開く。

「だっ、大丈夫です!白泉女学院ちゅうちょ・・・中等部3年出席番号5番のか、かしゅ・・・霞 ゆずです!お兄ちゃ・・・霞 千尋の妹です!」

(なぜ出席番号言ったし!?というか普段あんな感じだから人見知りなのすっかり忘れてたよ!ほんとごめん!)

出席番号まで口走った妹に心の中でつっこみと謝罪をする千尋。噛みまくったことはスルーである。一方、ゆずはよほど緊張していたのだろう、噛みまくっただけでなく言い終わった後も「ガクガク」と震えている。・・・こういっては何だがその姿は小動物のようでかわいい。

「じゃあ次は未来が行きますか。栄聖学園中等部3年の永野 未来です。先輩・・・千尋くんとの関係は・・・親友です♪」

(言い直す必要あったの!?でもよかった・・・これで「ただの知り合いです」とか言われたらさすがにショックだった!)

またしてもつっこみを入れ同時に心底安堵する千尋。一方、未来は「親友」という響きが気に入ったのだろうか、上機嫌そうに笑っている。やはりその笑顔は天使である。

「むっ・・・千尋くん呼び・・・」

未来の自己紹介を聞き小声で呟く千紘。その小さな呟きは周りには聞こえない。

「最後に私ね。栄聖学園高等部2年、北条 紗雪よ。千尋君とは先輩後輩・・・いえ、親友よ!」

(何張り合ってるんですか!?張るのは胸だけにしてくださいよ!)

小学生顔負けの対抗意識を燃やす先輩につっこむ千尋。二度あるつっこみは三度あるのである。一方、紗雪は得意げな様子で腕組みして胸を張っている。なにもしなくても「っぱつんぱっつん」に張っている自慢の胸・・・もといおっぱいが腕に乗っかってさらに強調されていてとてもエッチである。

「そっ、それじゃあ自己紹介も済んだことだし・・・みんなでゲームでも、やる?」

自身への追及を逃れるためさりげなくほかのことを勧める千尋。しかしそんな千尋の思惑はバレバレで・・・

「先輩・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「千尋君・・・」

と後輩、妹、先輩から底冷えするような声で呼ばれ同時に冷たい視線を向けられる。

「・・・すみませんでした。そんな目で見ないでくださいお願いします死んでしまいます。」

予想以上に冷ややかな反応に千尋は青ざめる。

みたび、沈黙があたりを支配する。しかしその沈黙は先ほどまでのものとは違い気まずいものではなく・・・それぞれが言いたいことを頭の中でじっくり整理していたことによるものであった。

そして最初に口を開いたのは未来だった。

「それで先輩、さっきの自己紹介からするにそちらの鈴瀬さん?が先輩の彼女さん、ってことですよね。」

未来は千尋に・・・というよりは千尋と千紘の二人に確認するように尋ねる。

「うん、ちょうど今日付き合い始めたばっかり、だよ。」

未来たちに、そして自分自身にも、自分は千紘の彼氏になったのだと言い聞かせるように言葉を紡ぐ千尋。

「どっ、どっちから告白したんですか?」

次に口を開いたのはゆずだった。まだ若干人見知りしているのか千尋と二人の時のような元気いっぱいの大きなな声ではなく少し小さな声で、しかしその表情からはハッキリと好奇心が覗える。

ゆずの一声に未来と紗雪も「そうです!」「たしかにそれは重要ね。」と言いたげな表情で千尋のほうを見る。

3人の視線を向けられた千尋は「ええっと」といった感じで「あわあわ」としだす。少しの間その様子をじーっと隣で見ていた千紘だったが、どう話そうか悩んでいる千尋を放っておけないと考えたのか「だいじょうぶ」と呟き・・・千尋の肩を「ぎゅっと」抱き寄せ

「ぼくから、ぼくからちひろに「かれしになって」っていった。」

っとはっきりと告げる。

その言葉に3人の「ええっ」といった驚きの声が上がる。

一方千尋はというと・・・

(鈴瀬さんのおっぱい気持ちいいな・・・この感触は・・・未来ちゃんのより柔らかくて、紗雪先輩のより弾力があって・・・なんというかなんだろう・・・ええっとあれだ・・・そうソフトテニスのボールだ!あの感触にすべすべした気持ちいい肌が合わさって最高!揉んでみたい!)

などと欲望丸出しのことを考えて非常にだらしのない笑みを浮かべていた。

「てっきりお兄ちゃんから告ったのかと思いました。」

心底意外そうにするゆず。

「はい。こういっては何ですけれど胸の大きさとか、大きくて、それでいて大きすぎないっていうまさに先輩好みのサイズですし・・・」

千紘の胸と自分の胸を見比べ少し悲しそうに言う未来。

「それに、顔だって一見すると凛とした雰囲気があるようで、よくみると女の子らしい可愛さとのあどけなさを残している、千尋君の好みど真ん中だわ。」

千紘の顔をじーっと観察し言う紗雪。

「まさにお兄ちゃんの理想の女の子って感じなので面食いのお兄ちゃんから告ったと考えるのが妥当だと思ったんですが・・・その辺についてはどうなんですかお兄ちゃん?」

そういって千尋に視線を向けるゆず。つられて未来、紗雪も千尋に目を向けるが・・・相変わらず「えへっ、えへっ」とだらしのない笑みを浮かべている千尋は心ここにあらずといった様子だ。

その様子を見た3人は千尋がなぜ浮かれているかを察し・・・まるでゴミを見るような視線を向け・・・いつかのようにおぞましい声で

「お兄ちゃん・・・」

「先輩・・・」

「千尋君・・・」

と千尋の名を呼ぶ。

3人の、静かでありながら体の芯までよく響く、そんな呼び声で我に返る千尋。そして彼女たちの憤怒と軽蔑の入り混じった視線によって自分の置かれている状況に気付き・・・

「いや、あの、その、ちっ、違う!違うんだ!けっして鈴瀬さんのおっぱいが気持ちいいな~とか形いいなあ~とかちょうどいい大きさだな~何カップぐらいだろうな~とか思ってたわけじゃないから!にやけてないから!」

と全く弁明になってない、むしろ火に油を注ぐような弁明をする。愚かである。

すると当然3人の圧はより厳しくなり・・・コキュートスにつながっているのではないかというぐらいの寒気が千尋を襲う。さらに・・・

「むねのさいず・・・いーかっぷ・・・すうじでいうと86・・・」

などと思わぬところから地雷が飛んできて千尋は青ざめる。しかし心の中では・・・

(Eカップ!やっぱそのぐらいあるよね!一番好きなサイズだ!やった!)

などと表情からは到底推測できないのんきなことを考えている。年頃の男の子だからね。仕方ないね。

そしてその千紘の言葉に最初に反応したのは未来だった。

「はっ、はちじゅうろく・・・なんでですか・・・なんでこの世の中こんなに不公平なんですか!未来なんか71ですよ71!Aカップですよ!Aカップ!なんでですか!なんでなんですか!」

そこにはいつもの余裕、ときに「あざとい」とさえ感じる余裕などなく・・・ただ世の中の不条理を嘆き喚く悲しき美少女の姿があった。そんな未来を見て紗雪は「ううん・・・」と少しの間考え込み、やがて考えがまとまったのか大真面目な顔で未来を見つめ語り掛ける。

「でも永野さん?大きければいいって問題でもないのよ。大事なのは相手の需要にこたえることであって・・・私は93でGカップだけれど・・・この場合は相手の需要にこたえられてないから駄目ね。」

言い終わると紗雪は「はぁ」とひとつため息をつく。その表情には若干の憂鬱さがにじみ出ている。胸が大きな紗雪には紗雪なりに苦労や思うところがあるのだろう。そしてこれは同時に紗雪なりの未来への気遣いでもある。紗雪なりに未来を慰めているのである。そんな紗雪の気遣いを感じ取ったのだろう、未来はまだ不満気に「むぅ」っとしているが先ほどのような興奮状態ではなくなった。まだ不満気に「むぅ」っとしているが。

そしてこの流れならあとは・・・といったように自然と4人の視線がゆずのほうに集まる。

「えっ、なっ、なんですか、なんでみんなしてゆずのほうを見ているんですか・・・?」

ゆずは「あわあわ」としながら助けを求めるように4人に視線を送り返す。

しかし、4人の視線がそれることはなく・・・ただじっと、静かに次の言葉を待ち・・・ゆずを見つめ続けるのだった・・・

「・・・・・・わっ、わかりました言います!言うのでそんなにじっと見つめないでください!・・・・・・はっ、はちじゅうです・・・・・・Cカップです・・・・・・」

視線に耐えかねて消え入るような声でサイズを白状するゆず。その顔は羞恥に耐えかね真っ赤に染まっていた。羞恥プレイ・・・というより、もはやただのセクハラである。

「じゃあ、あとは僕だね。」

そしてさも当たり前のように続こうとする千尋。4人から同時に「お前はいい!」といった類のつっこみを受ける。当然である。

「えっ、どうして・・・この流れなら僕もチェストのサイズを言うんじゃないの?」

千尋は心底困惑したような表情で4人に言う。

「いやなんというかその・・・ええっと先輩・・・あれですよあれ・・・・」

「ええ、あれね。」

「あれですね。」

「やー、あれ。」

困惑する千尋をよそに未来、紗雪、ゆず、千紘は「あれ」の一言で通じ合う。

「いや「あれ」って何!「あれ」って!ていうかさっきまで割とその・・・険悪とまではいわないけれど重い空気だったのになんでこの短時間で通じ合ってるの!」

自分だけ会話についていけていない千尋としては当然といえば当然のつっこみである。

そのつっこみ・・・もとい疑問に答えたのは千紘だった。

「じょしとーく・・・」

「えっ、じょしとーく?じょしとーくってあの女子トーク?」

「やー、そのじょしとーく。ぼくたちはじょしとーくをしてた。」

いつもの無表情で千尋に説明する千紘。それに対し千尋は「うっ、うん?」と分かっているような分かっていないような表情を浮かべる。

「つまりですね、未来たちは女子トーク、「女の子同士だから許されるお話」をしていたわけですっ!」

千紘の説明に補足を入れる未来。

「女子校ではよくあるやつですね~」

女子校に通うゆずならではの情報を付け加えるゆず。

「要するに、千尋君、私たちはデリケートな、受け取りようによっては少しエッチともとれる話題でコミュニケーションを取ろうとしていたわけなの。そういう話をすることでお互いの第一印象とは違った意外な一面を知れたりして仲良くなれたりすることもあるの。男子で言うと・・・うーん、そうね・・・何と言ったらいいかしら・・・」

千尋に分かりやすく説明しようとたとえ話を考える紗雪。そんな紗雪を見て口を開いたのは千紘だった。

「おなにー・・・」

「へっ・・・なんだって・・・?」

さらっと千紘の口から発せられたとんでもないワードに千尋は思わず自分の耳を疑う。

「・・・おとこのこでたとえるとしゅうなんかい「おなにー」するかっていうのがぴったり・・・」

さすがの千紘も少し恥ずかしいのだろう、少しだけ頬を赤らめぼそっと呟くように言う。

しかしこの手の話題は聞かされるほうも恥ずかしい、というか聞かされるほうが恥ずかしかったりするわけで・・・千尋、未来、ゆず、紗雪の4人は「んなっ」っと言った様子で真っ赤に顔を赤らめている。

「すっ、鈴瀬さん!?そっ、それは・・・」

さすがの千尋もこれには驚く。恥ずかしさで声が裏返っている。

「やー、いいたいことはわかるからいわなくていい・・・ぼくだってことばにするのははずかしい・・・でもこれがいちばんわかりやすくててきせつなたとえだとおもう。」

「たっ、確かに適切ね・・・」

「てっ、適切ですねっ!」

「うぅ・・・適切です・・・」

みなまで申すな、といった様子で千尋の言葉を遮り恥ずかしがりながらも淡々と語る千紘。そしてそんな千紘の言葉に恥ずかしそうにしながらも賛同する紗雪、未来、ゆずたち女性陣。

「たっ、確かに適切・・・適切だけれど・・・そりゃあ男子同士でそういう話ししてるのを聞いたこともあるけれど・・・」

賛同しつつもやはりもの言いたげな千尋。とはいえ千尋自身このたとえで妙に納得してしまったので何も言うことができない。一方、千紘はというとまだ少し恥ずかしそうにしながらもみんなの賛同を得たことでどこか満足そうな表情をしていた、のだが・・・

「あっ・・・でもこのはなしはおとこのこにかぎったことじゃないからいとはつたわっても「だんしとーく」のたとえとしてはびみょうかもしれない・・・」

「すっ、鈴瀬さん?男の子に限ったことじゃない?男子トークのたとえとしては微妙?それってどういう・・・」

何かに気付き自身の発言の例えとしての不適切さを指摘する千紘。不適切なのは先ほどの発言そのものだとかはつっこんではいけない。一方、千尋たち4人は千紘の発言の意図を理解しかねていた。

「つ、つまり・・・そのっ・・・」

何故か先ほどよりさらに恥ずかしそうにうつむいて「もじもじ」とする千紘。その反応を見て千尋は・・・

(あれっ、なんでかよくわからないけど嫌な予感がする・・・あの鈴瀬さんがこんなに恥ずかしがっているってこれ相当まずい発言が来るんじゃ・・・)

千尋の予感は当たっていた。意を決した千紘の口から発せられたのは・・・

「だって、おっ「オナニー」をするのは男の子だけじゃないから!わたしたち女の子も「オナニー」するから!だからその・・・さっきの例えだとまるで女の子は「オナニー」しないみたいに取れるからっ!」

という当たり前といえば当たり前なのだが千尋達思春期の少年少女にはあまりにも刺激が強すぎるものだった。

千紘が恥ずかしそうに、いつもの凛とした雰囲気など微塵もなく早口で息継ぎもせずに言い放つ。よほど恥ずかしかったのだろう、言うまでもなく顔は真っ赤に染まり、「はぁはぁ」と息を切らしながら目頭には涙を浮かべている。

一方、千尋たち4人はというと・・・雷に打たれたかのような衝撃を受け固まっている。もはや恥ずかしがる素振りすら一切見せずただ茫然と佇んでいる。なんなら「だからその・・・」以下は聞こえていないまである。

「・・・・・・」

これで四度目だろうか?あたりを沈黙が支配する。「はぁはぁ」と息を切らした千紘の息遣いだけが部屋の中に響き渡る。

「・・・ほっ、本当なんだからね!現にわたしは週ごか、ふぐっ」

「ストーップ!鈴瀬さんストーップ!それ以上はいけない!」

恥ずかしさを抑えて真実を告げたのに、誰からも賛同はおろか罵詈雑言すら飛んでこないのを見てもうやけくそだというようになにか人としての尊厳にかかわりそうな大切なことを言い放とうとする千紘。

そんな彼女を見て色んな意味でいてもたってもいられなくなった千尋が慌てて後ろに回り込み千紘の口をふさぐ。

「大丈夫!大丈夫だからっ!別にみんな鈴瀬さんの発言の真偽を疑って黙ってたわけじゃないからっ!ただ現実を受け止められていないだけだから!色んな意味で!」

暴走する千紘をなだめる千尋。一方、ゆず、未来、紗雪たち女性陣は・・・やはり思い当たる節があるのだろう、不自然に目を泳がせている。

「っ・・・あっ、あれ、ちひろ・・・もしかして・・・いやもしかしなくても・・・ぼくそうとうはずかしいこといっちゃった・・・」

(バッチリ言ってましたよ鈴瀬さん!)

どこからかおかしくなったテンションから戻り・・・しかし幸か不幸かバッチリ記憶はあるようで・・・冷静に自分の発言を振り返る千紘。その顔はみるみる青ざめていく。

それなのにその顔はどこか上気しているようで・・・

それを見た千尋はふとある可能性に気付き机の上にある箱を調べる。

「あっ・・・やっぱり・・・。みんな、ちょっといいかな・・・」

千尋は4人に声をかける。「どうしたの?」といった類の声が千紘以外から返ってくる。

「これさ、鈴瀬さんが食べていたチョコレートなんだけれど・・・お酒が使われていたみたい・・・」

千尋はチョコレートの裏箱の原材料のところを指し示す。そこには洋酒の類が使われていることが表記されていた。

「えっ、じゃあさっきまでの鈴瀬さんのテンションがやけに高かったのって・・・」

表記を見てつぶやく未来。

「うん、どうやら少し酔っていたみたい。鈴瀬さん一人だけお菓子を食べていたからね。」

そういって千尋は千紘のほうに向き直る。

一方、真実を知った千紘は恥ずかしさと驚きで「わなわな」と震えながら・・・

「みんな、おさわがせてしてごめんなさい・・・はっきりときおくのこってるけどよっていたってことにしておいて・・・おねがい・・・」

と謝罪を述べる、と同時に切実な願いを告げる。

「あっ、謝ることなんかないよっ、別に悪いことしたんじゃないし・・・ただ驚いただけだよねみんな!」

千紘の切実な願いを受け取りすかさずフォローを入れる千尋。

「そっ、そうですよっ!千紘さんは謝る必要なんてないですっ!」

千尋の手を取り兄に続く形でフォローを入れるゆず。

「確かに驚きはしたけれど・・・これはこれでありだと思うわ。」

穏やかな笑みを浮かべ千紘に笑いかける紗雪。

「未来的には、いつかみんなでとそういうエッチなお話が出来るぐらい仲良くなりたいですっ♪」

すっかりいつもの調子を取り戻し、いたずらっぽく笑う未来。

「みんな・・・ありがと。やさしいんだね・・・」

一同の優しさに静かに微笑みお礼をいう千紘。その空間にはもはや気まずい空気などチョコレートのかけらほどもなく・・・これにて一件落着めでたしめでたし・・・とはいかなかった。なぜなら千尋が・・・

「そういえば、結局何で僕がチェストのサイズいったらいけないの?」

などと空気を読まずに話を振り出しに戻したからである。

これにはさすがに4人も「それ今聞く!?」といった類の言葉を投げかける。

その4人の反応を見た千尋は、

「いや、いまさら無理に教えてとはいわないけど・・・」

と変になった空気を読みあわてて補足する。読むのが遅いのである。

「・・・わっ、わかりました!なんでお兄ちゃんがそんなにこだわっているのか!さてはお兄ちゃん、かわいい女の子に自分の体のサイズを言って快感にひたる趣味があるんですね!」

「はっ」っと思いついたように言うゆず。そんなゆずの発言に、

「露出狂の親戚かしら?」

「マニアックな趣味ですね・・・」

「ちひろ・・・」

などとなるほどといった様子で感想を述べる紗雪、未来、千紘の3人。というか千紘に至ってはもはや感想ですらない。

「ごっ、誤解だ!ただの純粋な好奇心だ!」

あわてて誤解を解く千尋。果たして本当に「純粋」な好奇心なのかは非常に怪しいところである。

「こっ、好奇心ですか・・・うむむ・・・なら仕方ないですね・・・」

「仕方ないわね。」

「仕方ないですね。」

「やー、しかたない。」

なぜか好奇心という言葉に納得し、それ以上は追及しない4人。基本的にみんなちょろいのである。

「そういうことならぼくがりゆうをせつめいする。だいじょうぶ、こんどはうまくやる。」

そういうことならという様子で千紘が名乗り出る。4人は気にする必要はないと言ってくれたといえ話を脱線させた張本人としてはやはり思うところがあるのだろう。千紘なりの誠意である。

「それで・・・さんにんにおねがいがある・・・」

そういって千紘は急にあらたまって向かいに座るゆず、紗雪、未来の3人に声をかける。

「なっ、なんでしょうか千紘さん!?」

突然のことで驚いたのだろう、ゆずが「びくっ」と肩を揺らして答える。

口には出なかったものもやはり紗雪と未来も驚いているようである。

「さっきの「ふり」・・・やってほしい。」

「ふり・・・って芸人とかがやるあのネタ振りとかの「振り」のことですか?」

「やー、それ。さっき、みらい、ゆず、さゆきのじゅんばんではなしてくれてた・・・そのあとぼくが、そっ、その「あれ」をいっちゃってはなしがそれた。だからぼくにつなげるまでをもういちど、おねがいしたい・・・」

そういって「ペコリ」と頭を下げる千紘。その声には確かな熱がこもっていた。

「なるほど、そういうことね。鈴瀬さんがそういうなら私としてはやらない理由はないと思うのだけれど二人はどうかしら?」

千紘の言葉を聞き、その意見に賛同して未来とゆずの二人を見る紗雪。

「もちろん未来もいいですよ♪完璧なお芝居をしてみせるのです♪」

紗雪の意見に割とノリノリで賛同する未来。

「ゆっ、ゆずも演じ切って見せます!」

緊張した様子を見せながらもはっきりと賛同の意思を示すゆず。

「みんな、ありがとう・・・それじゃあぼくからいくからみんなよろしく。」

感謝の意を述べ深呼吸する千紘。一方、蚊帳の外、とまではいかないものの4人のやり取りをぼーっと眺めていた千尋は、

(なんか本当にお芝居みたいになってきたな・・・)

などと完全に傍観者モードである。

そんな千尋の様子を見て声をかけたのは未来だった。

「先輩、なにぼーっとしているんですか。まるで自分は関係ないみたいに。」

「えっ、だって4人でやるんじゃないの!?」

想定外のことを言われ困惑する千尋。

「何言ってるんですかお兄ちゃん!お兄ちゃんがいないと始まらないじゃないですか!」

未来に続きゆずも千尋がいて当然といった様子である。

「やー、というかむしろちひろがしゅやく・・・。」

「ええ、そのとおりね。」

さらに、千紘と紗雪に至っては千尋が「主役」であるという。

「えっ、主役?どうしてですか?」

一人だけ話についていけていない千尋。

「そりゃあだってチェスト云々について言い出したののはお兄ちゃんじゃないですか。」

「たっ、確かに言い出したのは僕だけれど・・・」

「そうですよ。それで先輩はなんであのタイミングでわざわざ話を戻してまで言い出したんですか?」

「それは・・・ふとあの話になった原因を思い出そうとして話の流れを思い出していたら・・・まだ理由を聞いてないなって思いだして、それで割と気になったから・・・」

「そこまでわかってるなら答え出てるようなものじゃない。要するに鈴瀬さん、というか私たち4人の目的はお芝居をすることじゃなくて、あの場面で千尋君がチェストのサイズを言ってはいけない理由を理解してもらうことなのよ。」

「やー、つまりちひろがほんとうのいみで「納得」してくれないといみがない。そしてほんとうのいみでなっとくしてもらうにははなしにさんかするのがいちばん。」

「なっ、なるほど・・・」

4人の丁寧すぎるぐらいの説明に合点がいったという様子で納得する千尋。

(というか4人ともなんでそんなに息ぴったりなの!?ここまでスムーズに会話がつながると台本でもあるんじゃないかってレベルだよ!何ならちょっと怖いレベルだよ!)

などと確かに息ぴったりの女性陣に対し感想を思う千尋に対し千紘は・・・

「というわけでちひろ、ぼくが「やー、あれ。」のところからいくからそれにつづけて「いや「あれ」って何!」からはじまるせりふをおねがい。そしたらあとはながれで。」

とまるで千尋本人がしゃべったかのような声音でお芝居の開始位置を告げる。

(これまた微妙な位置だね!というか声まねうまいな鈴瀬さん!いや本当に、頑張れば声優になれるんじゃ・・・)

と千紘の演技力に「はえー」といった表情で感心する千尋。

「・・・ちひろ?どうしたの、ぼーっとして・・・もしかしてつかれてきた?だいじょうぶ?」

その姿が千紘にはぼーっとしているように見えたのだろう。少し心配そうに千尋の顔を覗き込む。

「あっ、いや、ただ鈴瀬さん声まねうまいな~って思って。」

心配しなくて大丈夫、ということを伝える千尋。一方、千紘は・・・

「やー、ありがとう。ちひろのこえ、むかしからあんまりかわってないから。ちゃんとおぼえてる・・・」

と少し照れ臭そうにしながら嬉しそうに答える。すると・・・

「昔から!?千紘さんは昔お兄ちゃんと会ったことがあるんですか!?」

と話を聞いていたゆずが割って入る。まあ当然といえば当然の反応かもしれない。

「妹さんでも知らない昔話・・・私も気になるわ・・・」

「未来もです。」

と私たちもといった様子で紗雪と未来も続く。

「・・・そのはなしはいまはまだひみつ・・・ほかのひとからみればたいしたことじゃないかもしれないけれど、ちひろもおぼえていないみたいだけれど、ぼくにとってはたいせつな「思い出」だから・・・もうすこしだけぼくのこころのなかにしまっておきたい。でもいつかは・・・ちひろと、ゆずと、さゆきと、みらいと、みんなともっとなかよくなったときにははなしたい・・・いま、ひとつだけいうならちひろはぼくにとって「いま」も「昔」もたいせつなひとだってこと・・・」

どこかしんみりと、それでいて懐かしそうにいう千紘。だがその直後「はっ」と何かに気付いたかのように声をだし・・・

「あっ、いやっ、違うの!千尋くんが覚えていないことを悪く言うつもりはなくて、むしろ全然いいっていうか、とっ、とにかくあのっ、そのっ、気分を悪くしたりしてしまったのならごめんなさい!」

と、受け取りようによってはもしかしたら千尋を傷つけてしまったかもしれないと思い「あたふた」としながら謝る千紘。それに対し・・・

「大丈夫だよ鈴瀬さん。ちゃんと鈴瀬さんの気持ち、僕のことすごく大切に思ってくれていること伝わってきたから。僕のほうこそ思い出せなくってごめんな・・・いや、ここで言うべきなのは「ありがとう」だね。ありがとう、僕が傷つかないように気を使ってくれて、そして僕のことずっと大切に思っていてくれて・・・」

と嬉しそうな、温かい、幸せそうな笑顔で答える千尋。二人のやり取りを見ていたゆず、紗雪、未来も優しい笑顔を浮かべる。

「千紘さんのお兄ちゃんに対する思い、ゆずにも伝わってきました!」

「私にも、とても温かいものが伝わってきたわ。」

「未来にも一途な思いが伝わってきました♪」

「みんな・・・ありがと・・・」

「でも!」

「でも・・・」

「でも♪」

「・・・でも?」

「お兄ちゃんは!」

「千尋君は・・・」

「先輩は♪」

「ちひろは・・・?」

「簡単には渡ません!」

「渡さないわ・・・」

「渡せないのです♪」

「・・・ぼくも、わたさない・・・」

「いやなんで新しい戦いが始まってるの!?というか僕いつからみんなの所有物になったの!?」

突然の開戦に思わず声を上げる千尋。しかし心の中では・・・

(美少女4人に取り合いされて所有物にされてあんなコトやこんなコトをされる・・・悪くないかも・・・)

などとまた碌でもない妄想にひたっていた。相変わらずである。

しばらくにらみ合っていた女性陣だが、千尋が「ニヤニヤ」とだらしのない笑みを浮かべているのに気付くと「ジトー」っと生暖かい視線を千尋に向ける。

それに気づいた千尋は・・・

「!・・・そっ、それはそうと早く説明聞きたいなっ!ほっ、ほら時間も無くなるし!」

と分かりやすすぎる話題転換を試みる。

「・・・あえてついきゅうはしない・・・それじゃあぼくから・・・」

そういって千紘は目を閉じて軽く深呼吸するとゆっくりと目を開け・・・

「やー、あれ。」

と先ほどよりもはっきりとした、「絶対に目的を達成する」という強い意志を感じる声で言い放つ千紘。そしてそのセリフを聞き遂げて千尋が続く。

「いや「あれ」って何!「あれ」って!ていうかさっきまで割とその・・・ええっと、なんだっけ・・・けっ、険悪とまではいわないけど、けどっ・・・ええっとそうだ・・・おっ、重い空気だったのになんでこの短期間?で通じ合ってるの!」

ところどころ間違えながらもセリフの意図はちゃんと伝える千尋。このぐらいの間違いなら許容範囲内であろう。

「じょしとーく・・・」

千紘が落ち着いたトーンで言う。

「えっ、じょしとーく?じょしとーくってあの女子トーク?」

今度は完璧な千尋、意外と優秀である。

「やー、そのじょしとーく。ぼくたちはじょしとーくをしてた。」

相変わらず間違えることなく淡々と、それでいてスラスラとセリフを言う千紘。すごく優秀である。

「つまりですね千尋くん♪未来たち4人の美少女は女子トーク、「女の子同士だから許されるお話」をしていたわけなのです♪」

セリフを覚えているにもかかわらずあえてアレンジしてノリノリで言う未来。非常に楽しそうである。

「じょっ、女子校ではよくありゅ、あるやつ、ですっ!」

1セリフしかないのに緊張して噛みまくるゆず。セリフは覚えているのに・・・もったいないのである。

「要するに、千尋君、私たちはデリケートな、ええっと、受け取りようによっては少しエッチともとれる話題でええっと、コミュニケーションかしら・・・うん、合ってるわ・・・コミュニケーションを取ろうとしていたわけなの。そういう話をすることでお互いの、お互いの・・・お互いの・・・そう!お互いの第一印象とは違った意外な一面を知れたりして仲良くなれたりすることもあるの!こっ、ここまででいいかしら鈴瀬さんっ・・・というか私だけセリフ長すぎじゃないかしら!」

「はあっ、はあっ」と息を切らしながら、文句を言いながらも最後まで言い切った紗雪。その様子を見て千尋、未来、ゆずの3人は「おー」といった様子で拍手する。

もちろん千紘も、

「やー、そこまででいい。ありがとう、さゆき。おつかれさま。あとはぼくにまかせて・・・」

と言葉で紗雪をねぎらう。そしてまっすぐに千尋を見据え言葉を続ける。

「ちひろ、つまりぼくたちのしていた「女子トーク」に「男の子」のちひろがはいるとかいわのいみあいがまったくかわってくるってこと・・・「女の子」どうしならかるい「レクリエーション」みたいなかいわでも「男の子」のちひろがくわわるとみょうに「生々しく」なる・・・あのときぼくたちは「ふわふわ」とした、どこか「非日常的」とさえいえるかんかくをたのしんでいたのにちひろが「チェスト」のさいずをいうと「リアリティ」がくわわって「ふわふわ感」がなくなる・・・これがあのたいみんぐでちひろが「チェスト」のさいずをいうのがだめなりゆう・・・」

いつもと変わらない淡々とした様子で、しかし言葉の節々にははっきりと感情を込めて千紘は千尋に説明する。

「なっ、なるほど・・・「ふわふわ感」、「非日常的なレクリエーション」か・・・そこまでは考えが及ばなかったよ・・・ありがとう鈴瀬さん、よくわかったよ。」

なるほどといった様子で千紘の説明に頷く千尋。疑問が解決したからであろう、その表情は先ほどより幾ばくかスッキリとしている。

「やー、なっとくしてくれたならうれしい・・・でもちひろいがいの4人だけでもりあがったことについてはすこしはんせい・・・ちひろのことももうすこしかんがえるべきだった・・・」

そういって千紘は「ごめんなさい」といった様子で千尋に「ペコリ」と軽く頭を下げてくる。それにつられて、というよりは思うところがあったのだろう、未来、ゆず、沙雪たち他の3人も「ごめんなさい」といった様子で頭を下げる。

「っ、くくっ、あははっ!」

すると突如、なぜか笑い出す千尋。

「ちひろ・・・?」

不可思議な千尋の行動に千紘達4人は頭を上げて首をかしげる。

「いやっ、ごめんごめん!別にからかっているとかそういうわけじゃなくて!ただ、4人とも真面目だな~って思ったらつい!別に4人で盛り上がるぐらい全然気にしないのに、というかむしろ最初は気まずい空気だったみんなが仲良くなってくれてうれしいっていうか、胸のサイズっていうすごく重要だけれど割とどうでもいいことで仲良くなれるんだな~って感心したり、チェスト云々でお芝居始めたりするほどみんなで盛り上がったのが楽しかったりして色んな気持ちが入り混じっていたところで突然思いもよらない生真面目な謝罪をしているみんなを見ていたら微笑ましいな~って思ってつい!」

4人の視線を受け慌てて突然笑い出した理由を説明する千尋。

「・・・すごく、ちひろらしい・・・ぼくたちが、なかよくなってほしいっておもってるのも、とつぜんわらいだすとかいう「不可解な行動」にでるところも。」

「今明らかに「不可解な行動」のところだけ声のトーン変えて強調したよね!」

いたずらっぽく微笑み言う千紘と若干不可解・・・ではなく不満気な表情で答える千尋。

「でも確かにお兄ちゃんが言うようにチェスト云々でここまで盛り上がれるゆずたちって改めて考えるとすごいですね!」

「ええ、凄すぎて少し変なまであるわね。」

「変なのもまた良し、なのです♪」

そして先ほどまでの自分たちを振り返り楽しそうに自画自賛?をするゆず、紗雪、未来の3人。

そうこう言っているうちに時刻はあっという間に19時近くになった。

「そういえばお兄ちゃん、もうすぐ7時ですが夕食がまだでしたね。今準備するので待っていてください。」

ふと思い出したかのように言い一同に軽く会釈をしてキッチンに向かうゆず。

「やー、それじゃあぼくはそろそろかえる・・・」

ゆずの一声で千紘も思い出したかのように帰り支度を始める。

「未来もそろそろ帰りますね、宿題もありますし。」

めずらしく中学生らしいことを言って立ち上がる未来。

「私も。お邪魔したわね、千尋君。」

千紘、未来に続き腰を上げる紗雪。

「そうかもうこんな時間か。みんな夕食どうする?食べていっても全然大丈夫だよ。」

帰り支度をする3人に声をかける千尋。

「ぼくはいい。とつぜんおしかけてそこまでしてもらうのはさすがにわるい・・・」

「未来も家に何も言わずに来たのでおうちに帰って食べます。」

「私もまた今度ゆっくりしてるときに頂くわ。」

今日はいい、といった旨を伝える3人。

「分かった。3人とも夜道大丈夫?駅まで送っていこうか?」

「大丈夫です。駅までは北条先輩と鈴瀬先輩と一緒なので。」

「やー、しゅうだんげこう。」

「下校じゃないけれど大丈夫ね。」

大丈夫っといった様子で答える3人。

「そうだね。じゃあ玄関まで送るよ。」

そういって千尋が玄関に向かうためリビングのドアに手をかけたとき・・・

「ちょっと待ってください!」

と慌てて待ったをかける声がリビングに響き渡る。ゆずの声だ。

「どうしたのゆず?」

妹の突然の声に首を傾げる千尋。

「連絡先!まだ千紘さんと未来ちゃんと紗雪さんと連絡先交換してないですっ!」

慌ててリビングから千尋の元に駆け寄り言うゆず。

「やー、そういえばれんらくさきまだこうかんしていない・・・」

「ナイスです、霞さん!」

「ええ、重要なことを忘れていたわ。」

ゆずの言葉に頷きスマホを取り出す3人。そうして無事互いの連絡先を交換し一件落着、なのだが・・・

「そうですっ!グループ作りましょう!この5人で!」

と珍しく兄以外にも積極的に提案するゆず。それを聞いた4人も「それはいい考えだ」といった風に頷きスマホを操作する。

「そうだね。・・・グループ名は何にしようか?」

グループを作るときに誰しもが直面する問題を口にする千尋。その言葉に千紘、ゆず、紗雪、未来の4人も頭をひねる。そしてしばらくして・・・

「あっ・・・いいのおもいついた・・・」

と千紘が声を上げる。

「鈴瀬さん、何かいい案あるの?」

千紘のほうを向き尋ねる千尋。

「やー、ある。しかもこの5人にぴったりなのが・・・」

そういって一見ぼーっとした無表情に見えるがしっかりとした声色で返事をする千紘。

「そっ、それはなんですか?」

ゆずが興味深そうに尋ねる。

「それは・・・」

「「「「それは?」」」」

「ちひろだいすきクラブ・・・」

「へっ?」

「ちひろがだいすきであつまった5にんだから・・・ちひろだいすきクラブ・・・どう?」

そういって上目づかいで一同を見る千紘。

「なるほどっ、お兄ちゃんが好きで集まった5人だからちひろだいすきクラブ・・・いいですね・・・」

「ふむふむ」と感心した様子で答えるゆず。

「私もいいと思うわ。だって千尋君がいなかったら私たちは出会わなかったかもしれないしね。」

「未来を含めてここにいる皆さんは千尋くんのことが大好きですからね♪」

ゆずと同じく賛同の意を示す紗雪と未来。4人が互いを見てうなずき合ってこれで決まりかと思われたが・・・

「ちょっ、ちょっと待った!」

とあわてて待ったをかける千尋。

「そんなにあわててどうしたのちひろ?あっ、なまえのもとねたは「ポ●モンだいすきくらぶ」だよ。」

「懐かしいな!僕も昔入って・・・って、そうじゃなくて!どうしてみんなそんな決定みたいな空気出してるの!?一応僕もいるんですけど!」

思い出話を語りだしそうになる自分を抑えつっこみを入れる千尋。

「やー、べつにわすれていない。もちろんちひろのいけんもきく・・・」

「その割には4人だけでうなずいたりしてたよね!もしかしてこれも女子トークなの!?」

「ちがう・・・ちひろもわかっているとおもうけどじょしとーくじゃない。」

「だよね良かった!」

「それで・・・ちひろは、はんたいなの?」

そういって隣にいる千尋を「どうして?」といった様子で見る千紘。きょとんとしている表情も可愛い。

「い、いや、反対というかなんというかその・・・恥ずかしい?みたいな感じかな?自分の名前が使われているとさ・・・」

千紘の理由を聞きたそうな様子に言葉で答える千尋。

「ちひろがいやならていあんをとりさげる・・・5にんがなっとくしてこそのぐるーぷ。」

少しだけ残念そうに、しかしそれをできるだけ悟られないように言う千紘。

「いや、別に嫌ってほどじゃないけど・・・それに恥ずかしいのはしばらくしたらなれるからいいとしても、「ちひろだいすきクラブ」に僕自身が入っていたらその・・・何というか・・・」

「「「「何というか?」」」」



「自分大好き人間に見えない・・・?」



千尋がそう言い放った瞬間、何度目かの沈黙・・・というよりはまるで近くに雷でも落ちたかのような衝撃があたりを支配する!

「えっ、違うんですか!?」

いち早く衝撃から立ち直ったのはゆずだった!心底驚いたという表情で十数年間の月日を共にした兄の顔を「まじまじ」と見つめる。

「事実だと思っていたわ・・・」

「先輩より自分大好きな人なんて未来ぐらいだと思っていましたっ!」

紗雪、未来も驚きを隠せないといった様子で言い放つ。

「いやどうしてみんなそんなに僕が自分のこと好きだと思うの!?」

むしろ一同の反応を「何で!?」といった様子で受け止める千尋。

「いやだってお兄ちゃん自分のことを「美少年」って言っていたり・・・」

「うぐっ、」

「ゲームしてる時自信満々に決め顔で「蹂躙してやる!」って呟いていたり・・・」

「ふぐっ」

「なんならお風呂場の鏡で自分の顔じっと見つめて満足そうな表情しているときありますし・・・」

「お願いしますそれ以上はやめてください死んでしまいます!ラインのグループに自分の名前使われるのより百倍ぐらい恥ずかしいです!というかなんでお風呂場でのこと知ってるの!?」

「・・・企業秘密ですっ!」

ライフが限りなくゼロに近づきながらも決死の思いで疑問を投げかける千尋!しかしゆずは答えない。一方、千尋の他人に知られたら恥ずかしい行為の数々を聞いていた紗雪と未来はというと・・・紗雪は「うわっ・・・」といった様子で遠い目をしており、未来は「ふふっ」と新しいおもちゃを見つけた子供のような、というには邪気が入りすぎている・・・まあいわゆる「嘲笑」を浮かべていた。まあある観点から言えば「おもちゃ」というのは間違ってなくもなくもなかったりするのだが・・・

ちなみに千紘は先ほどから無言無表情を貫いて4人を「じっと」観察している。何を考えているのか全く分からないのである。

「というか妹のゆずはともかくなんで紗雪先輩と未来ちゃんまで僕が自分大好きだと思っているんですか・・・」

ぐったりと机にうつぶせになって呟く千尋。疲れたのだろう、声色までぐったりしている。

「それはだって、ついこの間私が「美少年」が必要って言ったときにわざわざ文節に区切りながら自分が「美少年」だと強調していってきたじゃない。」

「あー・・・」

当然といった様子で言い放つ紗雪とそれに遠い目で答える千尋。

「み、未来ちゃんは・・・」

「未来はですね、長い付き合いなのでいろいろありますけれど・・・あえて言うならそうですね・・・鈍感なところ、ですかね・・・」

「鈍感なところ・・・?」

「鈍感」という意外な言葉に千尋は思わず瞬きして未来を見返す。

「はい。鈍感な人って、周りに無頓着だから鈍感なわけじゃないですか。」

「確かにそうとも言えるかもね。」

「それでなんで周りに無頓着でいられるかっていうと、周りが気にならないぐらいはっきりとした「自分」があってそれを信じてるから無頓着でいられるんだと未来は思うんです。」

「なるほど・・・」

「そして「自分」を信じるなんて自分が大好きじゃないとできなくないですか?だから未来は先輩の鈍感なところが自分大好きってことの現れじゃないかと思うんです。」

いつもとは打って変わって冷静な様子で、理路整然と落ち着いた声音で話す未来。その様子に聞き手である千尋はもちろん、ゆず、紗雪、千紘の3人も意外そうな表情で聞き入る。

「あれ、皆さんどうしたんですか?なんですかこの微妙な空気は?・・・もしかして未来何か変なこと言っちゃいましたか・・・?」

先ほどまでとは違う何とも言い難い空気に話し手である未来も気づき、慌てて自分の発言を振り返りだす。

「いや、何というかその・・・前から薄々気が付いてはいたけれど未来ちゃん、もしかしなくても頭いいよね。勉強ができるとかそういう意味じゃなくて、何というかこう、人のことやその時の状況を的確に理解するのがうまいというか・・・」

「っ・・・なっ、ナンノコトデスカ・・・?」

千尋の突然の指摘に何故か明らかにすっとぼけた様子で答える未来。

「いやだって、普段、僕に対して「素直で健気な後輩キャラ」と「ドS小悪魔鬼畜ロリキャラ」を使い分けて接してるでしょ。でもこの2つ・・・対極ともいえるこの2つのキャラを使い分ける、しかもただ使い分けるだけじゃなくて未来ちゃんみたいに僕の返しさえもある程度予測したうえで使い分けるって相当空気読むのがうまかったり頭の回転が速くないとできないでしょ?」

「みっ、未来には先輩が何を言ってりゅ・・・いってるのかさっ、さっぱりわからないですね・・・」

自分に対する千尋なりの解釈を聞き言い放った言葉とは裏腹に明らかに動揺して答える未来。その表情は見事なまでにひきつっている。

未来を無言でじっと見つめる千尋とかたくなに目を合わせようとしない未来。だがやがって観念したのか未来が白状を始める。

「・・・せ、先輩の言っている通りですよ・・・未来は2つのキャラを使い分けています・・・まさか鈍感な先輩に気付かれているなんて思いもしなかったです・・・」

「まあ、未来ちゃんも言ってたけど僕たちなんだかんだいって長い付き合いだからね、そりゃ気付くよ。まあ、そういう「あざとさ」や「いたずらごころ」が未来ちゃんのいいところだと思うけれど。」

「ううっ、ありがとうございます・・・。けれど、先輩が未来の気持ちに気付いて・・・いや、向き合ってくれるまでは「純粋ナチュラル畜生系小悪魔美少女」でいたかったです・・・「ナチュラル」じゃないのがばれちゃいました・・・」

そういって自分の二面性を長所だとほめられ少し恥ずかしそうに、うれしそうにしながらもうなだれる未来。すると2人のやり取りを見ていた千紘が未来に声をかける。

「やー、みらい、だいじょうぶ。にんげんだれしも、おおかれすくなかれ「きゃらづくり」してる・・・それにそれはみらいがちひろにじぶんをすきになってもらいたくてやっていたことだから・・・じぶんのきもちにすなおになってやったことだから・・・わるいことじゃない・・・すてきなことだとぼくはおもう。」

「鈴瀬先輩・・・」

真剣な、それでいて穏やかな表情で未来を見つめ、彼女の手を「ぎゅっと」優しく握り、色んな意味でものすごく説得力のある言葉を語り掛ける千紘。いい雰囲気である。しかしこのタイミングで・・・

「ええっと、それで何の話してたんだっけ・・・」

とお互い手をとってじっと見つめ合いなんかいい雰囲気になっている千紘と未来を横目に話を戻そうとする千尋。そこはもう少し空気を読んで「観測者」に徹していてもいいのではないかね千尋君?

「ちょっと!なに横やり入れてるんですかお兄ちゃん!今いいところなのに!」

そういって、まるで一部の人々の声を代弁をするかのように抗議の声を上げるゆず。そう、霞 ゆず、彼女もまた「観測者」なのである。「役者」ではなくあくまで「観測者」である。しかも彼女の場合「百合」も「BL」もいける二刀流・・・いや、二刀流などというありふれた言葉で表せられるほど浅いものではない・・・いうなれば「双剣双銃」(カドラ)である。アリアではない、ゆずである。・・・まあ女子校に通っている子の中にはそうなる子がいるのも自然といえば自然であろう。

「へっ、いいとこ?なんのこと?」

「わからないならいいですっ!・・・なんで2次元ならわかるのに3次元はわからないんですかねお兄ちゃんは・・・」

そういって、不満気な表情を浮かべるゆず。

「・・・まあいいや。それで、何の話していたんだっけ?」

「千尋君が自分大好きなんじゃないかってことについてよ。」

「そうだそれだ!ありがとうございます紗雪先輩!・・・って、あれ?それで確か僕ゆずに恥ずかしいこと暴露されて・・・あれ、これ思い出さないほうがよかったやつなんじゃ・・・」

「やー、ぐたいてきにはちひろがおふろばでじぶんにみとれていたりとか・・・」

「ぐふっ、お、お願いだから具体的には言わないで鈴瀬さん!というか話若干誇張されてない!?」

自分で話を戻しておいて盛大に自爆する千尋。挙句の果てには百合空間から戻ってきた千紘にとどめを刺される始末である。空気を読まずに百合空間を壊すからである。

「・・・それで、けっきょくどうなの・・・?」

「?」

「ちひろは、じぶんのこと、すき?」

話を戻し千尋に問いかける千紘。その様子からは千尋の本心がききたいという心根が見て取れる。

少しの間千尋は無言で思考を巡らせやがて千紘に返事をする。

「嫌いじゃない。嫌いじゃないけど・・・みんなが言うほど好きでもないかな・・・」

悩んだ末の答えをみんなに、千紘に告げ「ふぅ」と一息つく千尋。

「・・・ならすきになってほしい。」

「へっ?」

「ぼくのわがままかもしれないけれど・・・わたしは、千尋くんに・・・ぼくは千尋に、ぼくが大好きな千尋のことをもっと好きになってほしい。」

消して大きな声ではなく、しかしはっきりとした、透き通るような美しい声音で、じっと見つめた視線の先にいる千尋に自らの思いを伝える千紘。

「それは・・・どうして・・・?」

「ちひろには、ちひろじしんもきづいていない、いいところがたくさんあるから・・・いまもむかしも・・・そこにちひろがきづけばきっとぼくも、そしてちひろも、もっとおたがいのことをりかいできるとおもうから・・・」

少し恥ずかしそうに口元を隠しながら、しかしちゃんと伝わる声で気持ちを伝える千紘。

「・・・わかったよ鈴瀬さん。今すぐには無理だけど、いつか胸を張って自分のことが好きだって言えるようになるように少しずつできる範囲で変わっていこうかな・・・」

「・・・ちひろ、ありがとう。」

千紘のの真摯な気持ちを受け取りそっと決意を固める千尋。そんな千尋を見て千紘も温かい気持ちになる。

「・・・それでちひろ、らいんのぐるーぷめい「ちひろだいすきクラブ」でいい?」

いまの話を踏まえて改めて上目づかいで千尋にお願いする千紘。

「・・・うん。鈴瀬さん、ゆず、未来ちゃん、紗雪先輩、あらためてよろしくね。」

そっと頷き笑顔で了承する千尋。

「はい、よろしくお願いします!」

「よろしくなのです♪」

「私も、よろしくお願いね。」

「みんな、よろしく。」

千尋の声を聞きそれぞれの思いを胸に返事をする4人。

こうして、彼らは「ちひろだいすきクラブ」になったのである。



ちなみにその後、結局、雑談に花を咲かせながら5人で仲良く駅に向かい8時過ぎになってようやく3人を見送った千尋とゆずであった。

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