エピソード2 「千尋」と「千紘」
そして週が明け月曜日、千尋はいつものように学校に登校する。
通学路を行きかう生徒たちに紛れ千尋も道を行く。
ちなみに優は「今日は日直なので先に行く」と言っていた。
一人「とことこ」と通学路を道なりに歩いていると突然、目の前が真っ暗になった!
「だーれだ?」
声とともに千尋の背中に「ふにゅり」と柔らかな感触がした。
「このもたれかかったらクッションのように気持ちよさそうなおっぱいの感触・・・いえ、この声は紗雪先輩ですね。」
そういって千尋は自分の目の前を覆った手をゆっくりと引き離し後ろの美少女に向き合う。
「正解!なんだけれども声でなくておっぱいで判断するとは、さすが千尋君ね・・・」
そういって紗雪は驚いた様子で、そしてやたら具体的に自分の胸の感想を言われ少し恥ずかしいのか頬を赤らめながら千尋と対峙する。
「おはようございます、紗雪先輩。朝から元気ですね。」
「お、おはよう千尋君。さっきの言いなおす必要があったのかしら・・・」
改めて挨拶をかわす両者。そして紗雪の口から出たのは千尋の発言に対する疑問であった。
「言い直す?ああ、それはですね、僕はおっぱいで判断しましたが普通なら声で判断すると思うので言い直したほうがいいかと思って。」
「それはまた変わった理屈ね・・・というかおっぱいで判断したって・・・もしかして千尋君の中では「私」イコール「おっぱい」って認識なのかしら?」
「いえ、「紗雪先輩」イコール「おっぱい」ではなく、「紗雪先輩」イコール「巨乳」って認識です!ここ重要です!いやまあ実際のところ通学中に僕に声をかけてくるぐらいには親しくて、かつあの体勢で背中に当たるぐらい胸の大きい人なんて紗雪先輩しかいないのでおっぱいで判断したっていうのが正しいですかね。」
紗雪の質問に千尋は論理的?に答える。その様子は少し、いやかなり楽しそうだった。
そんな千尋に紗雪は漫画だったら頭の上に?マークが浮かんでいるような表情で千紘を見る。
「ええっと千尋君?ずいぶんと楽しそうね。どうしてかしら?んっ、ちょっとまって、さっきの話だと千尋君はおっぱいの「大きさ」で私だと判断したってことよね。あれ、でもそうすると、さっき「感触」がどうのって言っていたのはどうしてかしら・・・言う必要ないわよね。あっ、も、もしかして・・・」
自問自答の末事態を察し恥ずかしさで「プルプル」と震えだす紗雪に千尋は・・・
「はい、胸が背中に触れた瞬間紗雪先輩だとわかったのでおっぱいの感触の率直な感想を聞かされて恥ずかしがる先輩の反応を見るために「わざわざ」わざと言いました。」
と、満面の笑みで答える。
「うぅ~せっかく千尋君の隙を突いて遊ぼうと思っていたのに逆に遊ばれたなんて・・・千尋君やるわね・・・」
紗雪は悔しそうな表情をしながらそう言う。
「それにしてもきれいなカウンターの食らい方、さすが紗雪先輩ですね!」
千尋は目の前の年上綺麗系へっぽこ美少女に笑いをこらえながら言う。
「こ、この話はやめよ、やめっ。それより千尋君が一人で登校しているなんてめずらしいわね。いつも友達と一緒に登校しているのに。」
「ああ、優ですか。彼なら今日は日直なので先に行きました。先輩こそ誰かと一緒に登校しないんですか?」
千尋の問いに紗雪は動揺した様子で、
「わ、私のことは気にしなくていいの!きょ、今日は天気がいいわね千尋君。」
「先輩、今日は「くもり」です。」
千尋は冷静に答える。
「く、雲があってもその上に太陽があるから「晴れ」なのっ!」
(その理屈だといつも「晴れ」なんじゃ・・・)と思いつつもあえて突っ込まず千尋は・・・
「紗雪先輩、もしかして友達いないんですか?」
と火の玉ストレートを紗雪に投げつける。素である。ナチュラルに畜生なのである。
「なんで普段いろいろ鈍いくせにそういうところは鋭いのよ!」
紗雪は悔しがるような、怒ったような、あきれたような、いわゆるやりきれないという言葉がしっくりくるような声色と表情で千尋に言い返す。
「いや、「友達」の話題を振られた時の焦り方がいつかの僕にそっくりだったので。」
千尋は優との会話を思い出しながら答える。
「い、一応言っとくとクラスで全く話さないとかそういうわけじゃないから。
ただ、親しい人がいないってだけで・・・」
紗雪はあたふたとあわてた様子で言う。
「まあ、安心してください。僕も友達少ないですし少ないからって悪いってわけではないですから。それに、」
「それに・・・?」
「紗雪先輩には僕っていう友達がいるので、一人じゃないから大丈夫です。」
千尋は笑顔で紗雪のほうを向く。
言い放たれた紗雪はみるみるうちに頬を赤らめていき10秒ほど硬直する。そして、我に返ったかのように
「ち、千尋君のくせになっ生意気よ!と、とっ友達だなんて!」
言葉とは裏腹に照れた様子で興奮しながら、どこか嬉しそうに紗雪は言う。
「で、でも千尋君がどうしてもって言うならなってあげないこともないわよっ」
とツンデレのテンプレのようなセリフを続ける紗雪。
「そうですか。僕は友達だと思っていたんですが残念です。先輩にとってはただの後輩なんですね。」
千尋はわざとらしくとぼけたような表情で赤面している紗雪を見る。
「わ、私の気持ち分かっててわざとやっているでしょ、千尋君!」
「さあ?何のことですかね?」
とぼける千尋に紗雪は追及するが千尋は白を切る。
そうこうしているうちに学校の昇降口についた。
「先輩、僕は一年なので下駄箱むこうなのでここでお別れです。また後で。」
二年生の下駄箱の前で千尋は言う。
「そ、そうね。ま、また後で、千尋君」
まだ照れているのか紗雪は千尋と目を合わせずに「もごもご」と答える。
「はい、それではお互い一日頑張りましょう。」
そういって千尋は紗雪に背を向けて歩き出すまさにそのとき・・・
「ちょ、ちょっと待って千尋君」
紗雪が呼び止める。
「どうしたんですか、紗雪先輩?」
千尋は紗雪のほうに向き直し頸をかしげながら言う。
「う、うれしかったから。」
「はい?」
「だ、だから友達だって言ってくれて本当は嬉しかったからっ!言われてすぐには思ってもないこと口走っちゃったけど・・・ちゃんと言ったほうがいいと思ったから・・・」
紗雪は目を回しながら、それでもちゃんと千尋のほうを向き千尋に言う。
「それだけですか?」
千尋は相変わらず首をかしげている。
「そ、それだけよ。わ、悪いかしら!」
紗雪は「それだけですか?」と言われたのが不満なのかぐぬぬ・・・という表情で答える。
一方、千尋はというとポーカーフェイスを保っていたが突如「くすくす」と笑い出す。
「ど、どうしたのかしら、千尋君?そんなに変だったかしら・・・」
紗雪はどうしようという様子でおろおろし始める。
「いえ、ごめんなさい。紗雪先輩があまりにかわいかったのでつい意地悪しちゃいました。
さすがに「それだけですか?」は少しやりすぎましたごめんなさい。」
千尋は相変わらず「くすくす」笑いながら謝る。
「か、かわいい・・・いえしっかりしなさい私。千尋君のことだから私をからかっているんだわそうよきっと。」
紗雪は顔を赤くしながら自分に言い聞かせるようにぶつぶつと早口で呟く。
「大丈夫ですよ。先輩がツンデレだってこと、先輩の本当の気持ちわかっていますから。」
ようやく笑うのをやめた千尋は紗雪に微笑む。
「ツ、ツンデレいわないで!恥ずかしいから!」
「いいじゃないですかツンデレ。まあ僕のタイプではないですけど人気のある属性の一つですよ。僕のタイプじゃないですけど。」
「告白してもないのに振られたっ!なぜ二回言ったの!」
「重要なことだからです。」
「がーん」とショックを受ける紗雪に千尋は再びポーカーフェイスを発動し答える。
そんなことを言っているうちに予鈴が鳴った。
「では先輩、予鈴が鳴ったので教室に行きます。別れの挨拶はさっきしたのでいいですね。」
「そ、そうね千尋君。それではまた後で。」
「それと・・・」
「それと?」
「僕も紗雪先輩に友達だって言ってもらえて嬉しかったですよ!ではさよならっ」
千尋はしっかりと元気よく満面の笑みで別れの挨拶をして一年の下駄箱にかけていく。
よほどうれしかったのかしばらく硬直していた紗雪だがやがて、
「ずるいわ千尋君、そんないい方されたら私あなたのこともっと・・・」
小さく笑いながらそう呟き紗雪も教室へと足を進める・・・
曇っていた空はいつの間にか少しだけ晴れていた。
紗雪先輩と別れた僕は自分の下駄箱のあるほうに向かって歩き出す。
(紗雪先輩と話していたら遅くなっちゃったな。まだ時間には間に合うけれど、急がないと。)
駆け足で歩くとすぐに自分の下駄箱の前へと到着した。
そして扉を開けるとそこには僕の上履きと・・・封筒があった。
・・・封筒があった。
(いやちょっとまってなんで封筒があるの自分で思っておいてなんだけれどなんでふうとうがあるの?)
僕は頭の中で早口で自問自答をする。
(なんなの百歩譲って自分の下駄箱に見覚えのないものが入っているのはいいとして、なんで封筒なの。普通さ、もっと、あのほらあれだよ、ピンク色のラブレターとかじゃないの?なんで封筒なの?)
そんなラノベみたいなことあるわけないだろとか聞こえてきそうだが、僕的には下駄箱で定番といえばやっぱりラブレターだと思う。
(落ち着け。そうだ中だ。中を見れば何かわかるかもしれない。)
僕は思考を落ち着かせるために自分にそう語りかける。そうだ落ち着けまだ慌てるような時間じゃない。
時間など今は関係ないが落ち着くためあえて某バスケ漫画の有名なセリフを自分に言い聞かせ、いざ封筒の中を見ようとしたとき・・・
キーンコーンカーンコーン
(キーンコーンカーンコーン・・・?)
チャイムが鳴った。
そうあのチャイムだ。学校のチャイムだ。
(時間関係あったよ!やばいよ、遅刻だよ!)
そう、僕は封筒のことを考えていたせいで時間のことをすっかり忘れていた。
仕方がないな。封筒を鞄にしまいながらそう思い僕は3階の一年生の教室へと歩き出す。
えっ、なんで走らないかって?だってもうどうせ遅刻なのだから一分遅れようが五分遅れようが変わらないじゃないか。走るのは疲れるからね。仕方ないね。
そして教室の前につくと担任の一ヶ谷先生の声が聞こえてきた。どうやら授業の前にあるショートホームルーム中のようだ。
僕は扉をノックして「失礼します。」といい教室の中に入る。
「どうした霞。遅刻とは珍しいじゃないか。」
珍しいも何もまだこの高校に入ってまだ二週間ちょっとなのだが。
「いえ、すみません。少し私用で遅れました。」
封筒に戸惑っていたのはまあ私用のうちに入るだろう。僕はそう答える。
「うむ。理由は分かった。授業はまだだし席についていいが妙に落ち着いているな。普通はもっと息を切らしているか切らしてなくてもあたふたする生徒が多いが。」
「はい。自分なりには急いできたつもりなんですが遅れてしまいましたのでまあ仕方がないかなと。もちろん反省はしています。クラスでの話を止めてしまったことを含めて。本当にすみませんでした。」
別に嘘は言っていない。走らなかったのは遅刻が確定していたからだし、自分なりに(やろうと思える範囲で)急いできたのは事実である。もちろん遅刻について反省しているのも事実である。先生にもクラスのみんなにも申し訳ないと思っている。
先生のほうを向いて話していたので口には出せなかったが心の中でクラスのみんなにもごめんなさいと謝る。
「いや、反省しているのは伝わっていたから何回も謝る必要はない。余計なことを話したな。あまり見ない反応だったのでつい興味がわいてな。すまない。遅刻については次から気を付けるように。」
一ヶ谷先生はそう言って僕に席に着くよう催促する。
催促されたように僕は席に着くと一ヶ谷先生は再び話し始める。
「先ほどからの繰り返しになるが、君たちにとってこの高校で最初の郊外授業となる社会科見学・・・というか便宜上社会科見学と呼んでいるがいわゆる「寺社めぐり」は一か月後だ。それまでに各自3人から6人の班を作っておくように。私からは以上だ。何か質問があれば聞いてくれ。」
「寺社めぐり」、それはこの栄聖学園のすぐ近くにある鎌倉の寺院をめぐってレポートを書くというこの学校の一年生がやる年間行事の一つだ。僕たち生徒にも入学前の学校説明会で紹介されている名物行事である。であるのだが・・・
聞いてないっ!聞いてないぞ!各自で、班を、作れ、だって!
そんなのないよ、ありえない!
あまりの衝撃に某日常系アニメのオープニングが頭の中で鳴り響く。えっ、それがありえるかも?つーんだつーんだですねわかります。
いやマジで詰んでるよ、どうするのこれ。このクラスに友達いないのにどうやって最低跡二人も集めろっていうの。ていうか何?各自で自由にしろって・・・ああ、そういえばこの学校生徒の個性や自主性を重んじる教育をしているって学校説明会で言ってたっけ・・・
いやでもおかしいだろ。たとえばコミュニケーションの授業があって各自学んだことを使って班を作れっていうならわかるけど何で教えられてもないのにコミュニケーションとれる前提なの。知らないことを教えてくれるのが学校じゃないの?教えられてないんだけれど。僕みたいに同い年ぐらいの子とコミュニケーションの取り方を知らない子だっているんですよ!生徒の個性大事にするならコミュニケーションが苦手っていう個性も大事にしてよ!
一ヶ谷先生の口から放たれた突然の悲報に思わず脳内で早口でしゃべってしまったが、このまま続けても意味がないしもし万が一、口に出たらいろいろまずい気がするのでいったん「ふぅ」と息を吐いて気持ちをリセットする。
いやまあ僕だって同い年の「友達」は優がいるし、ゆずは「妹」だから除くとしても紗雪先輩や未来ちゃんのような年の近い「友達」が全くいないというわけではない。
だがしかし、彼ら彼女らはきっかけがあってなおかつ向こうから話しかけてきてくれたから友達になれたのだ。
僕の場合一度友達になってしまえば普通に・・・普通に?いやまあ普通かどうかはわからないがとにかくコミュニケーションを取ることはできるのだが、知らない子たちの中に一人で放り込まれるとどう声を掛けたらいいのか分からずうまくコミュニケーションを取ることができないのだ。(話しかけられた場合はまだ何とかなる。)
いっそのことここでさっき思ったことを声に出して抗議してもいいかな、と思ったのだがさすがの僕でもクラスのみんなの目が気にならないわけではない。そんなことしたらせっかく友達と一緒になれると喜んでいる子たちが悲しむかもしれないし最悪反感を買う可能性だってある。それらはどちらも避けたい。
「質問がないようならこれで解散だ。各自一時間目の準備をするように。」
頭の中でいろいろな考えをめぐらせているうちに一ヶ谷先生のホームルーム終了の声が聞こえてくる。
・・・まあ、まだ一か月あるしなんとかなるだろ。僕は楽観論を自分に言い聞かせ一時間目の移動教室の準備を始める。楽観論大事。けっして現実逃避などではない!
・・・そういえば、何か忘れているような気がするけど・・・なんだったかな?
まあいっか!忘れるってことは重要なことじゃないんだろ!思い出すさそのうち。
楽観論を心の中でつぶやき僕は教室を後にするため教室のドアに向かう。
教室を出るときに視線を感じ振り返ると鈴瀬 千紘と一瞬目が合った気がするが気のせいだろう。
場面は変わり5時間目の授業中・・・
・・・気まずい・・・すごく気まずい・・・
えっ、なんでかって?それは、鈴瀬 千紘がさっきから「ちらちら」とこちらの様子えお窺うかのように見てきているからである。
決して僕の自意識過剰ではない、と思う。
さっきから一分に一回はこちらに視線を向けてきている気がするからたぶん、めいびー、ぷろばぶりーそうだと思う。というかそうじゃないと自意識過剰の痛い子になってしまうからそうであってくださいお願いします!
何故かと考えてみたが思い当たる節はない。しかもその表情が毎回変わっているのがさらに謎を呼んでいる。
「むっ」としたような顔で見てきたかと思うと、「ちらり」と覗き見るような感じになったり、かと思うと笑顔でこちらを見てきたりよくわからない。
しかし、まるでこれだと鈴瀬さんが情緒不安定みたいだな・・・わかった!あれだ、生r女の子の日だ!・・・我ながら最低な妄想だな。鈴瀬さんごめんなさい。
というかたとえもし万が一そうだとしてもこちらを見てくる必要はないはずだ。
やはり論理的に考えて僕が知らず知らずのうちになにかしてしまったと考えるのがだとうだろう。
・・・ここでラノベならこっちのことが気になって見てきてるんだろうな~
はっ、いけないいけない、また妄想を始めてしまった。
こっ、こうなったらとにかく授業が終わったら直接本人、鈴瀬さんに聞きに行くしかないな・・・場合によっては謝らないと・・・などと考えているうちに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
よし・・・正直気は進まないけど疑問を疑問のまま残しておくのも嫌だしな・・・かたずけが終わったら行こう!
そして、決意を胸に鞄に教科書をしまい顔を上げると、そこには・・・鈴瀬 千紘がいた。
・・・・・・やばい、どうしよう・・・・・・
気になっている「女の子」に声をかけられた・・・
ぼく、鈴瀬 千紘は「ちひろ」に、12年ぶりに再開した「みため」も「ふんいき」も昔とは変わった、けれど、朝回収したはずの「ふうとう」のことをうっかり忘れちゃうような良くも悪くも少し抜けているところは12年前とは変わっていない、大切な、大切な、「男の子」に声をかける。かつての「ちひろ」が出していたような一見「ぼー」と無気力であるかのように見えて、だけどしっかり見ると「ふわふわ」としていてどこか安心できるような、そんな空気になる、ぼくが「いいな」と思った、「なりたい」と思った風な言い方で。思い出の中の「かつて」は「大切な友達」として大好きだった「ちひろ」にいう。
「ついてきて。」と。
ぼくがひとこと言うとちょうど顔を上げた「ちひろ」が見返してくる。少し顔が引きつっているような・・・そんな気もする。初めて見る表情だ・・・まあ、とにかく・・・
・・・・・・ひさしぶり、ちひろ・・・・・・
心の中で大切な「幼馴染」につぶやく・・・
「ついてきて。」
そんな声が聞こえてきた。当たり前だが千尋に対してだ。無表情で言った千紘の顔が千尋の目の前にある。息遣いが聞こえてくるほどの近さだ。
千尋は動揺で動けない。千尋の心臓の鼓動は自身でもわかるぐらい速くなっている。
千尋に語り掛けてきた彼女、鈴瀬 千紘は相変わらずの無表情でそんな千尋をじっと見つめてくる。
「鈴瀬さん、か、顔が近いです・・・」
千尋はとにかく顔を離してもらおうと緊張で震える声をやっとの思いで吐き出す。
「んっ・・・」
すると千紘は、意図を理解したのかしていないのかはわからないが千尋から顔を離す。
「いっしょにきて・・・それともいそがしい?」
千尋から距離を取った千紘は千尋に問いかける。
「いや・・・忙しくはないです・・・」
緊張のあまり同級生相手に敬語になってしまう千尋。
「ん・・・なら、いこう」
緊張する千尋に対し落ち着いて見える千紘。その瞳は相変わらず一点の曇りもない。
「わ、わかりました。い、行きましょう」
まだ緊張が解けていない千尋。若干裏返った声でそう返事をして教室から出る千紘の後についていくが動きがガチガチである。
(ど、どうしよう。せっかく、鈴瀬さんと話せるチャンスなのに完全に挙動不審だよ。と、とにかく着いていけば何とかなるはずだ・・・落ち着け、落ち着け・・・)
心の中で繰り返しつぶやく千尋。一方前を行く千紘はというと・・・
(やっぱり「ちひろ」近くで見るとかっこいい・・・でもさすがにさっきのはいきなりやりすぎだった。ドキドキした。刺激的だった。)
などと淡々と、しかし確かに自分の感情の変化をかみしめていた。表情には出ていなかったが。
しかし当然、そんな千紘の内心を千尋は知る由もないのであった。
「ついた。」
千紘が千尋にいう。そこは・・・屋上だった。
なぜ屋上が開いてるかというと、栄聖学園では屋上に花壇があり、生徒が自由に鑑賞できるようになっているからである。
「あ、あの鈴瀬さん・・・どうして屋上に・・・」
千尋はようやく緊張が解けてきたのかあたりを見回しながら千紘に問いかける。
昼休みも終わりに差し掛かるころだからなのだろうかあたりに人はいなかった。
つまり、二人っきりである。
(屋上で鈴瀬さんと二人っきりか・・・僕が主人公だったらこれから鈴瀬さんが僕に告白したりするんだろうなぁ・・・)
といつも通りの妄想をする千尋。ようやく本調子といったところだろうか。
「んっ・・・はなし、あるから。だいじなはなしがちひろにある、だからつれてきた。」
相変わらずのすました顔で答える千紘。
「大事な話?僕に?」
千尋は思い当たる節がないといった様子で首をかしげる。
(鈴瀬さんが僕に話?でもそもそもちゃんと話したことすらないのにいったい何だろう・・・?)
頭の中をフル回転させ理由を考える千尋、しかし、答えはでない。
このような場合人というのは物事を悪く考えがちである。千尋もまた考えるうちに多くの人と同じように悪い方向に考えてしまう。
(やばいよ、もしかしたら僕鈴瀬さんに何か悪いこと、それもわざわざ呼び出されるほど怒らせるようなことをしたのかも・・・)
思考を巡らせる千尋に千紘は本題を切り出す。
「あっ、あのね、ちひろ。じつは・・・」
しかし千紘が言葉を言い終える前に、考えすぎて冷静さを欠いていた千尋が、
「ご、ごめんなさい鈴瀬さん!正直全く思い当たる節がないけどごめんなさい!」
と早とちりして割り込む。そう千尋に言い放たれた瞬間、千紘はまるで雷に打たれたかのように固まった。そして十秒ほど経つと「わなわな」と震えだしたかと思うと今まで崩れなかった表情が一変、今にも泣きだしそうな表情になる。
「ちひろがごめんなさいって・・・ごめんなさいって・・・まだきもちをつたえてもないのにごめんなさいって・・・そんなに・・・そんなにぼくのこと・・・」
目に涙を浮かべふるえるような声でつぶやく千紘。そのつぶやきは聞き取れなかったが様子の変化を見ていた千尋は・・・
(あれ、謝っただけなのに、鈴瀬さん何で泣き出しているんだろ?も、もしかして話している途中で割り込んじゃったのがまずかったのか・・・だとしたらそのことも謝って誤解がないように伝えないと!)
違う、そうじゃない。そうではないぞ、千尋よ。
しかし、千尋は千紘のダメージを受けている原因に気付くはずもなく・・・
「あ、ち、違うんだ鈴瀬さん。えっと何をどう伝えたらいいかな・・・と、とにかく本当にごめんなさい!」
などと追撃をかましてしまう。
「はうっ!」
千尋からの悪意なき追撃を食らい「ガタッ」とその場に膝から崩れ落ちる千紘。まさに死体蹴りである。
「す、鈴瀬さん!?大丈夫!?」
崩れ落ちた千紘をみて、千尋は慌てて駆け寄り手を差し伸べる。
「ぐすん・・・あ、ありがとう。やっぱりちひろはやさしい。でも、ふられたあいてにやさしくされたらますますいたたまれない・・・」
涙をぬぐい千尋の手を泣くまいと精一杯の笑顔を作りながら取る千紘。一方手を差し伸べた千尋は・・・
「ふ、振る?いったい何の話?」
千紘から言われたことが理解できず「さっぱり」といった様子である。
「だって、さっきごめんなさいって・・・」
「うん、鈴瀬さんに何か悪いこと、呼び出されるぐらい悪いことしちゃったのかなって思って謝罪したんだよ。でも思わず最後まで話を聞かずに・・・話の途中で割り込んじゃったからそのことも申し訳ないと思ってそれで・・・」
真実を告げる千尋。そして告げられた千紘。千紘は少し考えそしてお互いに思い違いをしていることに気付き急に笑顔になる。まだ自分は振られていないんだと!
「す、鈴瀬さん?」
さっきまで泣いていたかと思うと急に笑顔になった、そんな普段の物静かでクールなイメージからは想像がつかない千紘の様子を見て千尋は「あたふた」と慌てる。
「もっ、もしかして僕何か変なこといちゃった?」
その問いかけに千紘はいつもの表情に戻り応える。
「やー。いった。ぼくもちひろもへんなこと。かんちがいしてた。」
(「やー」?英語のyearかな。それとも北欧地域の・・・と、とにかく肯定しているみたい。それはそれとして「ぼく」・・・?勘違いってどういう・・・)
千尋は千紘から言われたことを必死に処理しようとまたしても頭をフル回転させる。
「あ、あのっ、鈴瀬さん・・・?いま「ぼく」って・・・?」
「ちひろ、「ぼく」はぼくのこと。」
千紘が自分を指さして答える。
「うっ、うん。それで勘違いってどういうこと?」
「やー。ちひろはかんちがいしてる。ぼくはべつにおこってない。」
「そ、そうなの!?」
千紘から告げられた真実に驚愕すると同時に自分の思い違いに気付く千尋。
「じゃ、じゃあどうして今日呼び出したの?」
それならと千紘に問いかける千尋。その問いに千紘は少しだけ、けれども確かに頬を赤らめしかし先ほどのように取り乱した様子はなくあくまで淡々と答える。
「ふうとう・・・」
「ふ、封筒・・・?あっ、そういえば今日朝下駄箱に封筒が入っていたんだった!あれ鈴瀬さんだったの!?」
千紘に言われようやく封筒の存在を思い出す千尋。
「やー。ぼくがいれた。ひるやすみになったらしょくじのまえにおくじょうにきてってかいた。はなしがあるから。」
「あー、そんなこと書いていたんだ。ごめん、忘れてた。でもどうしてわざわざ封筒なんかいれたの?」
千紘がその問いを問いかけたとたん、なぜか慌てたような様子を見せる千紘。千尋から目を逸らし両手の人差し指を胸の前で合わせたりしている。
「それは・・・「約束」・・・だいじなはなしがあるから・・・」
三十秒ほど経ってようやく千尋のほうに向きなおった千紘。「すぅっ」と息を吹き込み「はぁっ」と大きく息を吐き深呼吸して1拍おいてから自然体で、それでいて強い意志を感じる黒く透き通った1点の迷いも感じさせない美しい瞳で、凛とした表情で千尋をみつめて、
「ちひろ、ぼくの「かれし」になって。」
秘めた思いを打ち明ける。
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