第12話 Fools Who Want Big Wins !


 大型テレビに相応しい大型の画面に、大きな悲劇が映し出されていた。


 母国に進軍する魔族の軍を決死の奇襲で足止めした英雄達。


 彼らが味方に殺されるという悲劇が。


「そんな……」


「どうして…… ? 」


 夕夏ゆかうたは大型テレビの鎮座するリビングに相応しい柔らかな絨毯の上にへたりこんで、呆けたように画面を見つめる。


『……あなた達も危惧していたでしょう ? それが現実のものとなっただけです』


 硬い声が彼女達の左手から鳴る。


「リングさん。マルガリータさんを助けてあげられないの ? 」


 画面の中で俯せになり、その無防備で美しい黄金色の後頭部を、茶色い付着物まみれの汚らしい革のブーツの底で踏まれている姫騎士から視線を外さぬまま、詩が問うた。


『戦場以外で発揮できる能力に今の彼女を救えるものはありません。こうなる前にロドリゴに対する警告をしておくべきでしたね。……それでもこの事態は防げなかった可能性は高いですが』


 夕夏はマルガリータの傍らに転がる盃を睨むように見つめながら言う。


「……国のために命を張って……ありもしない退路を無理矢理に開いて……ようやく渇き切った喉を潤した水に毒が入ってるなんて……汚すぎるだろ…… ! 一体何が目的なんだよ ! 」


「……リングさん……本当にどうにもならないの~ ? 」


 泣きそうな声で、詩が再びリングに問う。


『…………一つだけこの状況からマルガリータ姫が生き延びるかもしれない選択肢はあります。……あまりお勧めできませんがね』


 機械的でありながら、どこか歯切れの悪い音声とともに、モニターに変化があった。


「……救援…… ? 」


 画面に浮かぶオレンジ色のボタンに記された文字をそのまま呟く夕夏。


「ひょっとして私達が助けにいけるってこと~ ? いくら夕夏ちゃんが暴力的でも、相手が武器を持っていて、複数いる兵隊相手じゃ無理だよ~」


 不安そうに眉の端を下げる詩。


「……武器を持っていない単独の兵士ならなんとかなりそうに言うな ! 」


 逆に眉を吊り上げる夕夏。


『いいえ。あなた達以外の救援の部隊を送り込むことができます』


 その言葉に二人はほっとする。


『ただし救援に向かえるのは画面の中の世界の人間ではありません。今現在、あなた達の住むこの世界に存在し、かつ軍神様への篤い信仰の証である『戦乙女ヴァルキリー』の称号を持つ者の所属する部隊でなければなりません。……あなた達は、この世界の『戦乙女』を異世界の窮地に飛び込ませることができますか ? 』



────


「ひひひ。数字が回ってますねぇ。狂狂くるくる……狂狂くるくると…… ! 」


「……『るろうに剣心追憶編』の導入みたいにパチンコを表現すんな」


 れいは液晶画面を隔てた海中で、横方向に泳ぐ数字を刻印されたかわいい魚達を愛でるわけもなく鬼の形相で睨みつけたまま、言った。


「ひひ、失礼しました。それにしても……」


 零の後ろに背後霊、いやこの場においてはハイエナのように立つ男。


 首元がダルダルの薄汚いTシャツに、黒い半ズボン。


 足は古びた黄色いビーチサンダル。


 顔の肉には眼鏡のフレームを食い込ませている。


「1/199の台で300回転以上回しているとは……苦戦してますねえ」


「黙ってろ……。当たって……天国タイムにさえいけば…… ! 」


 まるで赤い稲妻のように血走った眼で、零は「不審者」に言い返す。


 いつものピンクのスエットにカワイイキャラクターのサンダル。


 だが髪の色は真っ黒だ。


「あの時、意地を張らずに戦いの報酬を受け取っていれば良かったのに……。それにしてもあなたは就職したと聞いていたんですがねぇ……。昼からずっとこのホールにいるじゃぁないですか ? 」


「……売り物の花に『お花さん、今日も綺麗ね』とか話しかけたり、自分たちで育てたハーブでお茶をれたり、SNSにアップしたペットの写真を褒め合うだけのことに三時間もかける職場に私は馴染めねえよ」


 どちらかというと違法なハーブを栽培してそうな女は、揃いそうで揃わなかった数字に舌打ちをする。


「ひひひ。そうですかぁ。まあそれは仕方ありませんよ。誰にだって心地よい場所とそうでない場所がありますからねぇ」


「あんたこそこんな場所で何してんだよ ? 大負けして今夜の晩御飯の材料を買う金も無くなったパチンコ依存症の団地妻に交渉でもしにきたの ? 」


 人妻の尊厳を奪うことに何の痛みも感じない卑劣なやからが考え出したアダルト作品でよくある設定だ。


「ちがいますよぉ。私は人の哀しきごうを見にきたんですよぉ」


「業 ? 」


「そうですよぉ ! あの台を見てください ! 」


 零が久方ひさかたぶりに首を横に曲げると、RUSHに入り継続すれば一撃万発は硬いと言われる現役最強機の周りを獲物を狙う鮫のように回遊する者が数人。


 だが所詮、彼らもホールというしゃちの前では餌でしかないのではあるが。


「あの台は私が回しに回して、あと十数回転で遊タイムに突入するんですよぉ ! 今は上皿に玉が残っているから手出しはできませんが、彼らはこう思っているんです ! 『この台を打っていた奴はひょっとして帰ったんじゃないか ? 』とか、『もし戻ってきて打ち始めても遊タイムのことを知らなければ、後ろに立って圧力をかけて帰らせよう』とかねぇ ! 私はそんな愚かなハイエナ達の落胆の表情が反射して写った台で遊タイムに突入するのがたまらなく好きなんですよぉ ! 」


 「不審者」は大きなお腹を揺らして哄笑する。


 ちなみに遊タイムとはガチャでいう天井。


 当たりを引かずに規定回数以上数字を回せば、そこに入り、大当たりが約束されている。


「それにしても零さん……。この台はよくありませんねぇ」


 呆れて溜息をついた零に、お構いなく話しかける不審者。


「何が ? 釘とか ? 」


「いいえ。内部の基盤が冷え切ってますねぇ」


「……オカルトかよ。やめてくれよ。私は現実主義者なんだ」


 現実から逃げ、この夢幻の遊技場にこもる女は矛盾したセリフを吐く。


「おい、そろそろ店に行く時間じゃないのか ? 」


 零が振り向くと、そこには仕事帰りの会社員が開放感からネクタイを外したような雰囲気の男が立っていた。


酉井とりいさん、どうしてここが ? 」


「ママに頼まれたんだ。『どうせあそこのホールで負けてるから、来るついでに連れてきて』ってな」


 ひと月ほど前、彼女と共に死線をくぐった男は苦笑した。


「……それにしてもこの台、良くないな」


 酉井は眉を顰める。


「そう ? 今熱いんだけど ? 」


 液晶画面の中、小さな魚の群れが舞い、珊瑚礁が隆起する。


「ダメだな……」


「なんでだよ !? 縁起悪いこと言わないでよ ! 」


「基盤が冷えてやがる…… ! 」


「あんたもオカルト主義者かよ ! 」


 零は叫びと共に、半身だけ揃わなかった魚の写る液晶画面に全身全霊のパンチをくらわせた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る