第13話 確定演出



 台枠の左右に、まるでお仏壇の扉のような二つの画面が装飾されているパチンコ台。


 自らの経済的な死を悼んでいるのか、それとも少し前まで生命そのものと言っても過言ではない現金に満ち溢れていた財布の在りし日を偲んでいるのか、それに向かって手を合わせている高齢者の姿は、どうしてか絵になっていた。


 まるで上部から黄金製観音像の頭部だけが飛び出したような仏壇にしては信仰対象をめくさった筐体きょうたい


 それに似つかわしくない若い声が聞こえた。


『……そんな運命なんて変えればいい ! 』


 それは目の前で手を合わせる者への救いの声。


 間髪入れずに、必要以上の力でボタンを押す大きな音。


 数舜、このやかましい店内に確かに沈黙があった。


 そして小さな悲鳴。


「ひひひ……。運命は変わらなかったようですねぇ」


 「不審者」は肉のだぶついた顎を揺らして笑う。


「運命を変えるにはただ祈るだけじゃダメだ…… ! 人事を尽くしてこそ、天は味方してくれるんだ……」


 酉井とりいは拳を軽く握りしめ、何かを手繰り寄せるような仕草で言った。


「……当たるか当たらないかなんて運次第でしょ ? どう人事を尽くすって言うの ? 」


 生気のない眼で、れいが酉井を見上げた。


「まずはこれを使うんだ」


 酉井はいつものバッグから、いつもとは違う缶を三つ取り出す。


「あれ ? ストロング系缶酎ハイと違うね」


 瑞々しいレモンの断面が描かれているのは変わらないが、どこかデザインにひんがある。


「ああ、こいつのアルコール度数をよく見てみろ」


「 7 %…… ? 酉井さん、あんたまさかその 7 を三つ並べて大当たりを引き寄せるつもり ? いつから引き寄せの法則を量子力学でそれっぽく説明するスピリチュアル系ユーチューバーみたいになったの ? 」


 零が細い眉を顰めた。


「そんな非科学的な奴らと一緒にするんじゃない。これで台を酔わせて、内部の基盤を暖めてやるんだ」


「あんたの方がよっぽど非科学的だよ」


 零は小さく溜息を吐く。


 量子力学の父とも呼ばれるマックス・プランクが単純な力学によって殴打してきそうなほどに科学に対して不遜な男は、缶のプルトップを開ける。


「まあ論より証拠だ」


 プシュ、と内部の炭酸が解放される音とともに、レモンの濃密な香りと、どうしてか花を思わせる匂いが店内の脱臭・除菌用オゾンの臭いをそっと押しのけて、広がる。


 そして彼は、十万円以上を使い十回数字を揃えたがその全てが単発だった上にようやく入ったRUSHが一回で終了してしまった憐れな客のような行動をとる。


「ちょっと酉井さん ! なにしてんの !? 」


 台の上皿に缶の中味を注ぐ酉井。


 変化はすぐに現れる。


 へそに入れてもいないのに、液晶画面の映し出す映像が、ぐるぐると不規則に回る。


「……この台、レバブル機能ついてたっけ ? 」


 台のあらゆる場所が小刻みに震えだす。


「エアバイブも…… ? 」


 酒臭い風が吹きかけられる。


 そして唐突に 7 が揃い、大量の玉が吐き出される。


「……これってゴト行為じゃないの ? それになんかこの玉ぬるぬるしてんだけど ? 」


「どうやらこいつは下戸げこのようだな。暖まる前に吐いちまった」


 そう言って酉井は、余った酒をあおった。



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