第11話 第四種接近遭遇



 濁り切った魔族の軍勢をも平等に照らす陽光を受けた剣の一閃は、まるで光が走ったようであった。


 黒い鎧をより黒く見せる病的な白い肌で、毛のない頭からは短い触手がうねうねとうごめく、その魔族の首は、その光によって胴体から分断された。


 ぐらりと首のない身体が揺れ、恐竜を思わせる緑鱗の四つ脚の魔物の背に取り付けられた鞍から、休日前に心置きなく安酒を飲みくさった酔っ払いのようにだらしなくくずれ落ちた。


「やった…… ! 」


 与党の推し進める政策を些末さまつな問題で妨害する野党のように滅茶苦茶に横槍をいれてマルガリータの突撃を妨害しようとした魔族どもを、投げナイフの投擲とうてきによって防ぎつつ、自らも魔族軍の大将に突撃していたベニャトから声が漏れる。


 瞬間、今まで整然と行進していた隊列が、蠢き始める。


 それはもはや命令に従って動く軍隊ではない。


 ただただ本能に従って動く魔物の集団だ。


 あちこちから今までは聞こえなかった咆哮、唸り声、共食いの音が谷に反響し始める。

 大手量販店が元旦に新型ゲーム機をゲリラ販売すると聞きつけて殺到する転売屋の如く迫る音勢おんせいを押し戻すようにして、マルガリータの勝鬨かちどきの声が谷を震わせた。


 ベニャトは、マルガリータの兵は、それに合わせて声をあげる。


 勝利への陶酔と、これから始まる絶望への抵抗のために。


「で、これからどうするんですかい ? 」


 谷を這う大蛇の腹を食い破ることには成功した。


 だが、その上半分と下半分は残っている。


 本能のままに。


 次はそれらをどう押しのけて退却するかが問題となるのは必然であった。


「上級魔族を討ち取ったことで我らの目的は完遂した ! もはやいつ散っても良い身だ ! 」


 マルガリータはそう言いつつも、彼女に迫る低級魔族の喉を細身の剣で貫き、簡単に散る気はないことを示す。


「とは言え、軍ですらない統制を失った魔物どもにむざむざ食われてやる気はない ! 山城へ撤退するぞ ! 」


 どうやって、と魔族の攻撃をかわしつつ問うベニャトに、彼女は行動で返答してみせた。


 先ほどまで細身の身体に不釣り合いな大きな頭から発せられる魔力で下級魔族を操り、軍隊として機能させていた上級魔族が騎乗していた四つ脚の魔物。


 彼の不本意な退陣後は空席となった鞍へ飛び乗る。


 もとより気性の荒いその魔物は、後ろ脚で立ち上がり、彼女を振り落とさんと抵抗を試みるが、それは失敗であった。


しずまらんかああああぁぁぁぁあああああ ! ! ! ! ! 」


 下級魔族が知性をもっていれば、一番やかましいのはお前だ、という指摘の声が多数上がったであろうほどの大音量と共に、マルガリータの踵が魔物の横腹に深くめり込んだ。

 めぎょり。


 鈍い音だ。


 聞くだけでこちらの腹までも痛くなりそうな音だ。


 ぴぎゃあ ! と外見に比べて可愛らしい声をあげて、四つ脚の緑の鱗の化け物は再び彼女を振り落とさんと跳ねる。


 めぎょり。


 めぎょり。


 めぎょり。


 音が重なるにつれて、次第に化け物の抵抗は弱くなっていく。


「マルガリータ様…… ! 一体何を…… ? 」


「見てわからんか !? こいつを手懐けて、ここを突破するのだ ! 」


 にやり、とマルガリータはベニャトに向かって笑む。


「……俺の知ってる動物と絆を深める方法とはずいぶん違いますがね」


「当たり前であろう ! こいつは犬猫とはまったく別のモンスターだ ! 可愛がるのではなく力で従えるのだ ! 」


 そんな怪物虐待の暴論を吐き終えると、マルガリータは手にした剣を逆手に持ち直し、怪物の尻に刺す。


 一際高い咆哮が上がるとともに、怪物は駆けだす。


 下級魔族どもを踏み潰しながら。


「よし ! 私の後に続け ! 」


 そして兵達は走り出す。


 怪物すら怯えるほどの暴力的な女の後に続いて。


 化物の絶望の波を切り開く希望の暴徒ぼーとにすがって。



────



「……あれ…… ? 一体何が…… ? 」


 うたが痛む耳を押さえながら、上半身を起こした。


夕夏ゆかちゃん…… ! 大丈夫 !? 」


 そして同じように傍らに倒れる親友の肩を揺さぶる。


 数度の揺れが、夕夏の意識を呼び覚ます。


「……詩……。一体何が…… ? 」


 安堵と、ほんの数十秒前の自分と同じセリフを聞いて、詩は思わず破顔する。


「わかんないけど……ひょっとしたら第四種接近遭遇されたのかも~」


「……その第四種なんとかってのはなんなんだ ? 」


 形の良い細めの眉の片方をあげて、怪訝な顔の夕夏。


「知らないの~ ? UFOに出会った時の分類で、色々段階があるんだよ~。例えば第一種接近遭遇だったら、至近距離で目撃するの~。今の状況だと、きっと誘拐されてUFOの中でいろいろされた後に記憶を消されて家に戻されたみたいだから、第四種接近遭遇なの~」


 お気に入りのオカルトタレントが怪談の盗作疑惑で揉めていることを気に病むほどオカルト好きの詩がいつものように、ゆっくりと説明した。


 そのオカルトタレントは占いも手懸けているが、他人の著作の怪談そのまま断りもなくテレビで話せば、どんな未来がまっているかは占うまでもなくわかるのに、それすらわからなかったことで、占い師そのものに不信感をもった夕夏は軽く頭を振りながら否定する。


「……そんなわけないだろ。じゃあ私達は宇宙人に誘拐されて、身体になんか埋め込まれたとでも言うのか ? 」


「そうかも~。なんだか耳が痛いし~。耳の中に何か入れられたのかも~。盗聴器だったらどうしよう~。私と夕夏ちゃんのイタい会話が全宇宙に流出しちゃう~ ! 」


 夕夏は頭を抱える詩を呆れた目で見た後、その視線で室内を見渡す。


「……でも~ひょっとして夕夏ちゃんなら第四種を飛び越えて、第七種接近遭遇までいっちゃてるかも~」


「……第七種になるとどうなるんだ ? 」


 あまり興味がなさそうに、詩の相手をしながら、夕夏の眼はテレビに止まった。


「第七種になると、宇宙人と愛し合って相手の子どもを宿すんだよ~ ! 星を越えた愛なんだよ~。すごいよね~ ! 」


 この年ごろ特有の、どこかロマンチックな表情で自らを抱きしめるような仕草をする詩。


「……だとすると私は意識を失ってる間に顔も知らない相手に誘拐され、強姦された挙句、一人でそいつの子どもを育てていかなきゃならないってことか……。そんなことする奴のどこに愛があるっていうんだ ? 」


 そんな現実的な彼女でも、テレビ画面に写る「mission complete」の文字を見て嫌でも、この上なく非現実な事態に巻き込まれていることを思い出さざるを得なかった。


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