35缶目 陽動
「……確か……こっちだったはず…… ! 」
零はその下、一階の通路を静かに走っていた。
「……待って……止まって……」
彼女のポケットから、今日だけで彼女の命を百回以上は守ったであろうモノが声を出した。
「……何 !? 急いでんのに…… ! 」
「……良くないものが……ある……破壊……しないと……」
その内容が警告であったため、零はすぐさま立ち止まり、辺りを窺う。
しかし、周囲の店舗は先ほどまで
「……あそこ」
パリッと少し前までゾンビを黒焦げにしていた雷が小さく方向を示す。
その先にあるのは、スーツ売り場。
そしてまだ新年度が始まって間もないのに、リクルートスーツを纏った男性のマネキンが数体。
「……ただのマネキンじゃない ? あれがどうしたってのよ ? 」
「……あれを着て……オスどもが就職すれば……その分……女性の働き口が減り……仕方なく専業主婦として家庭に入った女性は……朝は誰よりも早く起き……朝ごはんと弁当を作らされ……旦那が出勤した後は……休む暇もなく……姑に嫌味を言われ……洗濯……掃除をさせられ……終わったと思ったら……せっかく干した洗濯物を姑に地面に落され……料理したお昼ご飯は捨てられ……夕方には舅にセクハラされ……帰ってきた旦那には仕事のストレスのはけ口として……DVをかまされる……」
「被害妄想の発展がすごすぎんだよ ! 戦後日本の経済成長並みに ! 」
零はポケットの中の直径5センチ、長さ10センチほどの透明な円筒形のガラスの中に封印されている小さなミイラに怒鳴った。
「……今言ったのは……実際に……あったこと……ネットで……見た……」
「どうやってよ !? 」
「それは……秘密……でも……こんな封印で……私を止めることは……できない……」
「……あんたを廃棄処分にした方がいいって酉井さんに進言しとくわ」
零は毒づいて、再び走り出す。
「だいたいあんたのいた異世界に比べたら、現代日本の女性の立場は、はるかに恵まれてんじゃないの !? 」
「……確かにそう……だけど……まだ……不十分……だから……Twitterで……啓蒙活動をしてる……」
「だからどうやってよ !? ていうか、たまにネットで見る男性が不幸な目に遭うのを喜ぶツイートってあんたが呟いてんの !? 」
「そう……私達は……私とあなたは……女性を解放するため……戦場を舞う……誇り高き
「 1 人称複数形で言うんじゃねえよ ! そもそも私とあんたは違う ! 」
そうヒステリックに怒鳴って、零はようやく見つけた目的の場所に駆け込んだ。
「えーっと……どこにあるのよ !? 」
すばやく店内を見渡すが、ここも他の店舗と同じでゾンビ達に荒らされており、商品が散乱していた。
「右……あそこ……ある」
思ってもみない助言が飛んだ。
「あった…… ! でもなんで ? あんたの嫌いな男を助けることにならないの ? それともひょっとして酉井さんにはデレてるとか ? 」
「そんなわけ……ない……あの男……利用価値が……ある……正確には……あの男と契約してるものが……」
「何 !? ひょっとして酉井さん、悪魔とでも契約してんの !? 」
「ちがう……あの男の契約している……超速の光回線……それから……スマホのスーパーギガ放題プラン……それを利用して……私は……この世界の女性を……解放する……」
「親のことは嫌いだけど、親にインフラを頼りきってて、親が倒れたら困る引きこもりかよ !? 」
頭は沸騰しながらも、零は急いで目的の品をレジも通さずに箱から取り出す。
超高性能な加圧式の水鉄砲を。
────
(さて……どっちが陽動っすかね)
目の前には身体から白い湯気を上げる「勇者」ただ一人。
彼のお供が逃げたのでなければ、何かを仕掛けてくるのは明白であった。
(……契約者が自ら命を断ってくれれば完全な状態で復活できて、不死の軍団を召喚することもできたんですがねえ……)
彼はかつては契約者であり、今の自らの身体を見やって、軽く頭を振った。
(ま、あっちも身体能力をアイテムと神の加護で底上げしてるだけの等級の低い「勇者」みたいだから、問題ないっすね)
対峙する勇者は先ほどから幾分、近づいてはいるものの距離を問わずに命を刈り取る大鎌によって足止めされていた。
いくら「聖水」を大量に服用して即死は免れているとはいえ、ノーダメージとまではいかない。
それにこのままの状況が続けば、服用した「聖水」が尽きてしまう。
「酉井さん ! 」
不意に階下から声がした。
((来た…… ! ))
酉井と不死王は同じことを思ったが、その後の行動はまるで異なるものだ。
酉井はその瞬間にわき目も振らずに走り出し、不死王は空中に虹のような架け橋を描いて彼に届こうとする聖水に向かって大鎌を振るう。
じゅっと空中の聖水が蒸発する音がした。
その後に聞こえるのは酉井の持つ聖水の剣によって不死王が切り裂かれる音のはずであった。
ガキン
違った。
一階から超高性能な水鉄砲によって放たれた聖水は吹き抜けを通り抜け、不死王の右半身に迫ったが、彼はそれを右手だけで振るった大鎌によって切り裂き、いつの間にか左手に現れた小ぶりな鎌で酉井の渾身の一撃を防いだのだ。
「惜しかったっすね」
頭上の聖水によって形作られた剣身を無感動に見上げ、右手の大鎌の刃を酉井に向かって返しながら不死王は言った。
「まだだ ! 解除 ! 」
その声に従って、剣は元の基本形に戻る。
聖水を不死王の頭上の空中に脱ぎ捨てて。
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