34缶目 穢れを祓う剣



 アイテム「不死王の針」。


 金属製の髑髏の首が針となっている外観。


 不死王ノーライフキングが封印されている。


 使用者は不死王と契約することで、限定的に不死王の力を行使することができる。


 死者に針をさせば、生ける死体ゾンビとなり、それに対して絶対の命令権を持つ。


 生者に針をさせば、より強力なゾンビとなり、それに対して絶対の命令権を持つ。


 作り出したゾンビに噛まれた生者もゾンビとなる。


 ただし噛んだゾンビが何らかの理由で消滅した場合、それに噛まれてゾンビとなったものは動かない死者へと戻る。


 契約者の目にゾンビは生前の姿で映る。


 ただしそれは不死王が見せる幻にすぎない。


 契約者が死んだ場合、契約によって契約者は不死王の身体となり、不死王は再び力を取り戻す。


 なお契約者の死因によって復活した不死王の力は増減する。



 結婚式で新郎新婦に浴びせられる様々なシャワー。


 定番のライスシャワーから変わり種の折り鶴シャワーなんてものものもある。


 そして彼が今、盛大に浴びているのは鉛玉のシャワーだった。



「クソ ! なんだこいつ !? まるで……」


 死神、と言おうとした男の目に長大な鎌を振りかぶる不死王が映った。


 彼我の距離は 10 メートルほど。


 その鎌の刃が男の身長くらいあったとしても、届くはずのない距離。


 なのに、男の意識はそこで途絶えた。


 そして身体はまるで炭のように黒く、乾燥していき、やがてボロボロと崩れ去り黒い灰へと変わる。


 それから黒い灰は風もないのにふわりと舞い上がり、闇よりも黒い不死王の纏う衣へと吸い込まれていく。


 残されたのは特殊部隊の装備と制服だけ。


 そこには命も、命の痕跡もなかった。


「……残念ですけど、命を刈り取るのに距離は関係ないんすよね」


 表情の変わり様もない髑髏が、笑んだように見えた。


「……撤退 ! 」


 隼田の号令で隊員達は発砲を続けながら、後ずさる。


 弾ける火薬の音が撤退の行進曲マーチを勇ましく奏でる中、不死王は再び両手で大鎌を振り上げ、それを振った。


 後方に向かって。


 それは簡単に両断され、中味の液体が飛び散るが、すぐに蒸発し、白い湯気となる。


「……残念でしたね。ぶっかけられたら、いくらかダメージを負ってたかもしれやせんが……」


「まあ、そう焦るな。今から溺れるくらいにぶっかけてやるよ。男優 100 人分くらいはな」


 さほど悔しがりもせず、酉井とりいは手にした剣を掲げた。


「……剣よ。死穢しえ禊祓みそぎう剣よ。上方の急流、下方の緩流かんりゅうに衣を捨て、とろなる海に浸り、神威を産み、黄泉へと還りゆく者への手向けとなれ」


 ふっと、剣身が、刃が消えた。


 そして彼がもう片方の手に持っていた瓶の中味が逆巻き、溢れ出し、新たな刃となっていく。


 輪郭すら朧気おぼろげなほど透明な剣を一振りすると、少しだけ紫吹しぶきが飛んだ。


「……聖水の剣っすか。面白いことしますね。でも……無駄っすよ。人間……いや生ある全ての者は死から逃れることはできやせんよ」


 そう言って、髑髏は大鎌を振るう。


 じゅぅ ! と何かが蒸発するような音がして、酉井の首元から湯気が上がった。


「確かにそうさ。お前の言う通りだ。死から逃げきれる奴なんていない。……だけど、遠ざけることはできなくもない。健康法、アンチエイジング、高度医療……そしてサプリメントの摂取でな」


 世界第二位の平均寿命を誇る日本人らしく、胸を張る酉井。


 彼の足元にはいくつもの空の瓶が転がっていた。


「……聖水を……飲んだ…… ? 」


「ああ、加齢臭の煮凝にこごりみてえな味だったぜ ! 」


 女神像の前で聖職者が沐浴して祈りを捧げた、沐浴済みの水が聖水となる製法のせいで、その味は製作者の残り湯のような味であった。


 死のけがれをはねのけるために、別のけがれを受け入れた酉井は、そのやり場のない怒りをぶつけるために駆けだした。




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