33缶目 不死王


「あ、え…… ? 」


 間の抜けた声を出して、れいはゆっくりと崩れ落ちる青年を見つめた。


「チッ ! あいつら……最後においしいことだけとりやがって……」


 お行儀悪く、大きな舌打ちと共に舞由が吐き捨てるように言った。


 その舞由の視線を追うと、黒を基調としたいかにも特殊部隊といった装備の男達がサブマシンガンを構えながら素早く安全を確保しながら、倒れた男へと向かっていく。


 その軽快でありながらどこか重々しい靴音。


 零は今までの化け物相手の戦闘とは違った緊張感に、固唾かたずを飲んだ。


「警察の特殊部隊だ。そんなに緊張することはない。仲間だよ」


 湖山が固い表情の零を気遣ってか、今もショッピングモールの二階に展開する部隊の身元を明かしてやる。


「……なんだ。事件の首謀者とゾンビの群れを一掃して用済みになった私達を一緒に始末するために突入してきた悪の組織の部隊かと思ったよ」


「映画の見過ぎですよぉ。ちゃんとフィクションと現実の区別をつけないと」


 アダルト DVD の見過ぎで、「人妻は常に欲求不満で発情している」と思い込んでそうな外見の男に言われてムカついたのか、零は無言で「不審者」を睨みつけた。


「……まだだ。戦闘態勢を継続しろ…… ! 」


「……酉井とりいさん、あんたが一番戦闘から遠いことをしてんだけど」


 零はストロング系缶酎ハイを飲み続ける酉井に呆れたように言った。


「……これはエネルギー補給みたいなもんだ。それにこの場に酒ほどふさわしいものはない」


 動く腐乱死体であった黒い灰が一面を埋め尽くすショッピングモール内。


 そこは死に覆い尽くされていた。


「……手向たむけの酒ってこと ? 」


「いや、昔から酒は死と再生の象徴とされてきたんだ。腐って死んだように見えた穀物や果実が実は発酵していて、酒として生まれ変わることからな……」


 酉井は感慨深げにストロング系缶酎ハイを傾ける。


 そこには、フランスの田園風景の中、日差しを浴びて笑みのこぼれる葡萄踏みのワイン娘達が、素足ではしゃぎながら踏みしだくような葡萄が、芳醇な生命力にあふれたグリーンの葡萄が一房ひとふさ、印刷されていた。


「……それってワインとかの醸造酒の話でしょ ? 酉井さんが今飲んでるストロング系缶酎ハイの葡萄味は、ウオッカとかの蒸留酒に葡萄果汁を数パーセント混ぜただけの代物しろものじゃないの ? 」


「……無粋ぶすいな奴だ」


 酉井は小さく首を振った。


 その仕草が面白かったのか、舞由の腕の中の赤ちゃんがきゃ、きゃ、と笑う。


 それは死の黒い灰が積もる中、まぎれもない命の輝きに見えた。


────


「あーあ、殺されちまいやしたか……」


 頭から血を流して横たわる青年の傍ら、金属製の髑髏がひとちる。


「せっかく取り巻きの女ゾンビ達に自ら命を絶つように煽らせたのに……。まあしょうがない。ままならないのが人生ってもんでさぁ。等級は落ちるかもしれやせんが、最低限の条件はそろいやしたしね。これで良しといたしやしょう ! 」


 ガチガチを金属製の顎を鳴らして、笑った後、くるくると回転しながら髑髏は宙に浮かぶ。


 その途端、髑髏の表面に火花が散った。


「残念ですが、魔素のこもってない攻撃じゃあ無意味なんでさぁ」


 幾つもの鉛玉が軽快な音とともに放たれ、甲高い金属音を奏でて、彼方へと弾き飛んでいく。


「……それにしてもこの世界に『勇者』がいるとは少し驚きやしたね」


 まるで驚いていない風に呟き、回転する視界に酉井達を何度か捉えながら、金属製髑髏は契約を執行する。


 むくり、と青年と死体が上半身を起こし立ち上がり、そして両の腕を水平に伸ばし浮き上がる。


 その様はまるで十字架のようだった。


 幾条かの射線が青年の死体に向き、弾丸が通過していく。


 その度に血が舞うが、髑髏は気にもしない。


 空中を移動して、青年の真上へと飛ぶ。


 その本来であれば首の骨がある場所に備え付けられた金属製の極太の針。


 それがちょうど青年の死体の頭の天辺に、刺さった。


 ぐるぐる、まるでネジを締めるように回る髑髏は少しずつ深く青年の頭をえぐっていき、ついには縦に二つの頭を持つ死体ができあがった。


 そして一面のゾンビの灰から、黒いもやが湧き上がり、それは死体へと吹かれていく。


 銃声と怒号がその現象に抗おうとするも、無意味だった。


 人間がどれだけ力をつくしても、死に抗うことはできないのだから。


 やがて黒い靄を纏った死体が出来上がる。


 その靄は黒い布のようであり、青年の顔は覆われて最早見ることはできない。


「……何あれ ? 」


 異様な空気を感じたのか、火がついたように泣き始めた赤ちゃんを抱く舞由が誰に問うでもなく呟いた。


「……まずいですねぇ。あれは……全ての不死者をべるもの……不死王ノーライフキングです」


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