32缶目 生と死と
「みんな…… ! 」
──作太郎さん、大丈夫よ。
──そうよ。これは仕方のないこと。生まれるのは死があるから。
──何泣いてんのよ。キモイよ !
「だって……」
──私達はいなくなるわけじゃない。
──むしろずっとあなたと一緒。死があるから生まれることができるの。
──だからそのキモイ泣き顔、やめなよ !
「俺は……」
──作太郎さんが私達の王になれば
──死はあなたに従う。私達はあなたと一つになれる。
──そう、笑って。その方がまだマシだよ !
「できるかな……俺に……」
──安心して。
──もちろんよ。
──だから
──あなたも死んで
────
「すごい……」
呆れとも感嘆ともつかぬ口調で、舞由は呟く。
先ほどまでショッピングモール内に溢れかえっていたゾンビどもは、黒い灰となってモールを喪に染め上げていた。
奴らを燃やし尽くした黒い炎は彼女達、生者が触れてもまるで熱くはなかった。
不思議とただただ冷たいものであった。
「……危ない ! 」
ぐらり、とゾンビの最後のあがきの成果か、赤子の乗った本棚が倒れた。
泣き声をあげて落下するほか、何もできない赤ん坊。
ここから走って間に合うほど、万有引力は甘くない。
それでも走りだした零と舞由の視線の先、赤子と迫る床との間に何かが瞬間的に現れ、消えた。
そして割れるような鳴き声がより一層大きく響いた。
彼女達の背中の方から。
「え ? 」
慌てて振り返った二人は、剣の前に佇む女が無表情で赤ちゃんを抱いているのを見た。
ボサボサの黒髪、虚ろな黒い瞳、病的に白い肌、傷だらけの腕、元は白かったであろう、汚れによって染め上げられた黒いドレス。
街中で今の彼女が赤ちゃんを抱いているのを見かければ、無条件で児童相談所虐待対応ダイヤル「
しかしながら赤子は抱かれたことによって安堵したのか、徐々に泣き声が小さくなっていく。
どうやら誰に抱かれても喜ぶタイプの赤ちゃんだったようだ。
さて「誰に抱かれても喜ぶ」という文章も主語によって意味合いがまるで違ってくるものだ。
それが赤子ならば微笑ましいが、主語が女子高生で、「その女子高生は誰に抱かれても喜ぶ」という文章になれば、問題だ。
「剣に宿ってる『女神の分霊』とやらが赤ちゃんを助けてくれたの…… ? 」
「……そうだ。彼女は幼子にだけは甘いんだ」
珍しく膝をついて、息も絶え絶えの
プシュ、と軽い音がして、いつもの柑橘系の香りとは違った酸味を感じさせる熟した匂いがした。
割れた窓ガラスから吹き込んで来た風が舞い上げた黒い灰がやがて風の手を離れてぼた雪のように散り落ちる中、田舎のおばあちゃんが朝ごはんの時に出してくれた梅干しの味とは別だけど、どうしてかそれを思い出させる梅味のストロング系缶酎ハイを
その酉井の顔はどこか寂しげで、悲しげだった。
しばらくしてデクレッシェンドの泣き声はついに消え、きゃ、きゃという笑い声に変わる。
誰もがつられて笑顔となりそうな赤ちゃんの笑い顔だ。
舞由や零もつられて、こんな状況なのに笑顔となる。
ただ一人、赤ちゃんを抱いた女だけが目を見開き、何かを叫ぼうとしたのか、大きく口を開け、そして消えた。
油断していた零が咄嗟に落下する赤ちゃんにダイビングキャッチを試みるが、床に身体の前面をすり下ろされながら通り過ぎる彼女の背中の上、空中で赤ちゃんは静止していた。
舞由が彼女の能力、「
────
「良かった~赤ちゃんが無事でよかった~ ! 勇者様の技もすごかったし~ゾンビも全部いなくなって、これで解決だね~」
赤ちゃんを抱く舞由とその足元でまだ無意味な床へのダイビングをかました恥ずかしさからか、立ち上がらない零を映すテレビ画面を見つめ、
「……まだ首謀者の男が残ってるだろ」
夕夏の声が聞こえたわけではないだろうが、画面はまだ若い男を映す。
そして次の瞬間、その男の頭が弾けた。
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