26缶目 二本のバットと二人の女


「行くぞ…… ! 」


 配信が中断しているからか、若干冷静な口調で酉井とりいは昏倒する日野刑事達の横を通り抜けて、ショッピングモールへと向かう。


「ま、待ってよ ! 」


 慌ててその背中を追うれいとその後ろから業務用の大きなカメラを抱えて、『不審者』こと「全てを見通す者プロビデンスの目」がついていく。


「ね、ねえ ! 酉井さんがさっき言ってたのって……本当なの ? 奥さんと娘さんが死んだって……」


 零は小声で「不審者」に尋ねた。


「本当ですよぉ。だからあの人は若い女性に甘いんですよぉ。昨晩めたっていうあの女刑事も、もし男だったら今、あそこに立っていることはできなかったと思いますよぉ」


 零が思わず「不審者」の視線を追うと、酉井の進路に立ちはだかる二人の姿があった。


 湖山と舞由だ。


「……あんたが『勇者』だったのか……」


「そうだ。なんだったらサインでもしてやろうか ? 」


「…………いらない。そんなもの……」


 舞由はすねたように下を向いた。


「気にしないでください。こいつは『勇者』の……うおっ !? 痛えな ! わかった、わかった……。ともかく本部から私たちには『状況報告の後、応援が到着するまで待機、だが状況に応じて高度な戦略性と即応できる柔軟性を持って対応せよ』と指示が出てます」


「……つまりどういうこと ? 」


 追いついた零が湖山の言葉に首をかしげた。


「『勇者』に協力しろ、なんて指示は出せないでしょうから、現場にいる者の責任で判断しろってことじゃあないですかねぇ」


 「不審者」が相も変わらず、ねちっこく見解を述べる。


「……恐らくその通りです。どうするんですか ? 応援を待つのも悪くないとは思いますが……。応援がくれば、戦力不足も解消される。あなただって本当は手が足りないからって、その子を戦わせたくないはずだ…… ! 」


 湖山の鋭い視線が、酉井を刺した。


「ダメだ。わざわざ籠城してくれてる今叩かないと。奴らのボスが待ちくたびれて打って出る決断をしたらどうするんだ ? あの中にゾンビの大群がいるなら……溢れ出たらこの都市だけの被害じゃ済まないぞ」


 湖山は大きく息を吐き出して、天を仰いだ。


(……わかってる。戦闘に関する判断で「勇者」の方が正しいなんてことは……だが……)


「何ごちゃごちゃ言ってんだよ !? 早く行こうよ ! 酉井さん ! 」


 零が立ち止まった酉井の手を掴み、酉井を引っ張って湖山の脇を通り過ぎた。


「君は……怖くないのか !? 」


 湖山は背中越しに、おそらく喧嘩以上の戦闘経験もなく、したがってその恐ろしさを知り得ないであろう女に問いかける。


「……怖い気持ちはあるけど、さっきも言ったように街を護りたいし、それに……誰かが危険な場所に行くのをただ見送って……その人が帰ってこないなんて……嫌なんだよ…… ! 」


 零は立ち止まることなく、絞り出すように叫んで、ショッピングモール入口へと向かう。


「納得できないならば、あなたが彼女を護ればいいじゃないですか。まあ多少実力が心配ですが、気にすることはありませんよぉ。酉井さんだって、ほとんどアイテムの力だけで戦ってるんですから。まあそのアイテムを入手するためにどれだけ死線をくぐったかはわかりませんがねぇ。ということで、これをどうぞ」


 「不審者」は数枚の紙を湖山に手渡す。


 それらはもっとも汎用性の高いA4サイズで、白地におそろしく複雑な紋様が赤黒く描かれていた。


「これは…… ? 」


「あなたは紙を扱う術をお使いですよねぇ。ですので先ほど零さんのヘルメットに貼る『戦乙女』のステッカーを携帯プリンターで印刷した時、ついでに作っておきました。モンスターに対して鉄壁の防御力を得る魔法陣ですよぉ。本来は壁に描くんですがねぇ」


「なるほど……確かにものすごい力を感じます。これがあれば……しかしどこでこんな魔法陣の知識を…… ? 」


「それは内緒です。どうしても知りたければエグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員になってください」


 「不審者」はニヤニヤと笑って、もし間違って会員登録してしまえば年会費 100 万ドルを支払わねばならないワンクリック詐欺など児戯じぎに等しい恐ろしいプランを湖山に勧め、次に舞由に向き直る。


「そうそう、あなたも一緒に突撃してくれるなら、酉井さんが武器を提供してくれるそうですよぉ。さっきのゾンビともそこそこ戦えるようになるはずですが、どうします ? 」


 その言葉に、うらやましそうな視線を湖山に向けていた舞由は返事もせずに「不審者」達に背を向けて走り出す。




「……本当に協力したらアイテムをくれるの !? 」


 追いついた酉井の背中に、舞由は問いかけた。


「とりあえずは貸してやるよ。くれてやるかどうかは戦闘への貢献度次第かな。さあどうする ? 協力するか ? 」


 背中越しに酉井は答えた。


「わかった ! 協力する ! するけど……そいつの釘バットみたいなのじゃないでしょうね ? 」


 舞由はちらりとハンドメイドなネイルバットを持つ零を見て言った。


「安心しろ。全くの別物だ ! 」


 そう力強く宣言して、酉井が魔法のドクターバッグから取り出したのは、漆黒の金属バットだった。


「同じ ! それもバット ! 木製と金属製の違いはあるけど !! 根本的に !! 形も !! 用途も !! 同じでしょうが !! 」


「これはあいつの手作り釘バットとは違うぞ。ちゃんと『物理耐性貫通』の効果が付与されてるから、これでぶん殴れば物理攻撃が通る ! 」


 そう言って、酉井はバットを舞由に手渡した。


「おっも !! こんなの振り回せるわけないでしょ !! 」


「別に生身で使う必要はない。お前の能力はぶん殴るだけじゃなくて、掴むこともできるんだろ ? 」


 そう言われた舞由は「不可視の腕」を発動させて、重量十キロはある金属バットを掴み、振り回してみる。


 傍目にはパンツスーツの女の周りをバットが凄まじい速さで飛び回っている異様な光景だった。


 しばらく試して、満足したのか舞由はバットをガリガリとアスファルトに引きずりながら、酉井達の後ろをついて行く。


「ねえ、零だっけ ? あんたのその釘バットはどんな効果があるアイテムなの ? 」


 昨夜、彼女の首を絞めたことも忘れたのか、舞由は零に話しかける。


「あ ? これは対人戦において『威圧』の効果があるんだよ」


 あの時はあまりのことに動揺していたし、舞由も酉井によって昏倒させられたために湧いてこなかった怒りが、ふつふつと湧き上がり、異世界のアイテムでもなんでもない自作の釘バットを握る手に力をこめる。


 釘バットを持ったフルフェイスヘルメットの立てば危険人物、座れば危険人物、歩く姿は危険人物の女は、その手の中の釘バットを数回くるくると回して、女刑事へと突き付ける。


 彼女が持っている木製バットはプロモデルで、人気プロ野球選手が実際に使用しているのを模したものだが、その選手やファンが見れば卒倒しそうな惨状のバットは、その身に撃ちこまれた数十本の釘がそれぞれ電流を発し、それがお互いをスパークさせる。


 もちろんそれは彼女自身の能力ではなく、酉井が彼女に渡したアイテム「戦乙女の嘆き」によるものであった。



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