25缶目 勇者と戦乙女


「どうだ…… ? うまくいったか ? 」


「ちょっとまってください」


 『不審者』は魔法のドクターバッグから片眼鏡モノクルを取り出して、有り余る顔の肉でそいつを目の前に挟む。


「……成功です。彼女は『戦乙女ヴァルキリー』の称号を得ましたよぉ」


「よし ! 」


「一体何なの ? さっきは急に変なこと言い始めたし……『称号』って ? 」


 わけがわからない様子で零は問いかける。


「簡単に説明すると……例えばこのバッグの中には超強力な剣が入っているが、かと言って誰にでも扱えるわけじゃない」


「扱うのに訓練が要るってこと ? 」


「いや、『勇者』の『称号』を持たない奴がその剣を振っても、ただの剣以上の効力は発揮できないんだ。ところが『勇者』が振るうと、途端に聖剣としての威力を発揮するようになる」


「よくレトロな RPG ゲームでもあるでしょう。この武器は戦士にしか装備できない、とか」


「つまり『称号』がないと使えないアイテムがあるってこと ? それとさっきのと何の関係があんの ? 」


「『称号』を得るには条件があってな。さっきの『戦乙女』で言うと、自分がいる世界の王の内、最低一人は零が『戦乙女』だと認識して、かつ十万人以上の人間が零を『戦乙女』だと認識しなければならないんだ」


「先ほどのやり取りを配信したんですが……ちゃんと顔にはモザイクをかけてますからご安心を……その際あなたに『戦乙女』のテロップをつけてたんですよぉ。どうやら運よくどこかの国の大統領か王族が視聴してくれてたようですねぇ」


「顔にモザイクかけてんのに『称号』もらえんの ? 結構ガバガバなシステムだね」


「まったくだ。だがそのおかげで本来ならば長い闘いを経て自然と民衆の間に湧き上がってきた、その人物に適した『称号』を得るはずが、こんな一瞬で好きなのを得られるんだから感謝しないとな」


「そうですよぉ。『戦乙女ヴァルキリー』の零さん ! 」


「やめてくれよ。背筋がぞわぞわするというか……ぞっとするというか……。ともかく私にその『称号』をとらせたってことは……」


「ああ……不本意だが……人手がどうしても足りない。『戦乙女』だけが装備できるアイテムを使ってもらうぞ」


「まかせといてよ ! この街は私が護るんだから ! 」



────



「あ~ ! 始まったよ~ ! 」


 うたゆるやかな歓声を聞いて、夕夏はスマホから顔を上げる。


 テレビ画面には二人の人物が大型ショッピングモールの駐車場と思しき場所に立っていた。


 一人は白と黒のモノトーンを基調とし、額の部分には縦に大きく漢字て「勇者」と刺繍された、目と口以外が覆われたプロレスマスクを被ったワイシャツにスラックスの男。


 腰には奇妙なベルトをしている。


 もう一人は様々な蛍光色が入り乱れ、自然界ならば自らが毒を持っていることを示す警告色で通用する分厚いコートを羽織り、フルフェイスヘルメットに「戦乙女ヴァルキリー」のステッカーを張り、釘を数十本その身に撃ちこまれた木製バットを肩に担ぐ女だ。


「顔出し NG なんだ。そういう『勇気』は無いんだ。『勇者』なのに……。それにしても『戦乙女』の方はどう見てもただのヤンキーだよね ? 」


「『勇者』にもプライベートは必要だからね~。『戦乙女』はきっと近くのドンキでスカウトしたんだよ~。そこの街出身みたいだし~」


 画面には「撮影:全てを見通す者プロビデンスの目」とテロップが出る。


「普段はこのカメラマンさんが一人で動画配信してるんだよ~。その動画はエグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員じゃなくても、自由に見れるんだけど、やっぱり『勇者』様がいないと~」


 キラキラした瞳で「勇者」を見つめる詩。


 何がそんなに詩をき付けるのか、不思議に思いながら、夕夏は再び画面に目を向けた。


『──さっきは見苦しいところを見せちまったな。……俺にも妻と幼い娘がいたんだ。だが、十年前に死んじまった。それ以来、若い娘を見ると……どうも説教くさくなっちまうんだ……。いや、こんなことは普段とても言えないんだが、皮肉なもんだ。人は仮面を被って、顔を隠した時の方が素直になっちまう……』


 画面の中で表情の見えないフルフェイスヘルメットを被っているのに、あからさまに『戦乙女』が動揺したのがわかった。


「この『勇者』の哀しい過去ってガチ ? 」


「本当らしいよ~。エグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員しか見れない動画の中に復讐を果たした時のがあるらしいって噂を聞いたことがあるよ~」


『──戦いの前に湿っぽくなっちまったな ! 景気づけにいつもの行くぞ ! ! ! ! 冷蔵庫にあるやつを用意しろ !!!! 』


 「勇者」が大きく右手を上げると、画面のコメント欄も湧き上がった。


「ゆ、夕夏ちゃん~ ! 缶ジュースある~ !? 」


 いつもおっとりした詩が珍しく慌てた様子で夕夏に問う。


「キッチンの冷蔵庫にあるけど……ノド渇いた ? 」


「一本ちょうだい~ ! 」


 言うや否や、とたとたと詩はリビングを出て、階段を下りて、すぐに缶ジュースを二本持って帰ってきた。


「良かった~ ! 間に合った~ ! 」


「一体何が始まんの ? 」


「いいから見てて~。絶対夕夏ちゃんびっくりするから~」


 一本を夕夏に手渡して、すぐに詩はソファーに座り、プルトップを軽い爽やかな音とともに開ける。


 夕夏も首をひねりながら、プルトップを開けて再び画面を見る。


『準備はいいか !? 』


 「勇者」の手には特製ベルトから引き抜かれたストロング系缶酎ハイが握られていた。


「……父さんの会社が売ってるお酒だ」


 夕夏の呟きは画面から聞こえた大声にかき消される。


『ハッピーストロング !!!!!!!! 』


「ハッピーストロング~ ! 」


 カン、と夕夏の手の中の缶と詩の持つ缶とが軽い硬質なキスを交わした。


 画面のコメント欄は「ハッピーストロング ! 」「Happy Strong」の文字が物凄い勢いで流れて消えていった。


「確かに父さんの会社のお酒が出て来たからビックリしたけど、何なのこのノリ ? 」


「まだだよ~。すごいのはこれからだよ~」


 画面の中では 500 ml 缶を一瞬で空にした「勇者」が両手でその空き缶を持ち、える。


『よし ! これからゾンビどもをこうしてやるぜ !! 』


 ぐしゃり、と両手にプレスされ、揉みこまれる空き缶。


「アルミ缶を潰して筋力アピールって……え ? 」


 「勇者」の手の中の缶はどんどん小さく圧縮されて、ピンポン玉よりも小さな金属の球体となっていく。


 そしてそれを人差し指と親指で挟み、カメラに見せつけた後、それを思い切り駐車に叩きつけられたアスファルトは小さく陥没し、割れた。


「すごいでしょ~ ! これを再現しようとした人もいたけど、誰もできないんだよ~」


「あ、ああ、すごいパワーだ。どっちかというとシュっとした体形なのに……」


 夕夏が茫然として画面を見ると湧き上がるコメント達の中に気になるものがあった。


「なあ、なんか『今回は来るか ? 』とか『来い』とかコメントがあるけど、なんかまだお約束があんの ? 」


「さすが夕夏ちゃん、するどい~。いつも『勇者』様が……」


『──お前 ! 酉井とりいだろ ! 』


 詩の説明は怒号で強制的に中断させられた。


 思わず画面に目を戻すと、スーツを着た中年男性と気弱そうな青年、その後ろに制服警官が五人程、「勇者」に向かって走ってくる。


「『勇者』の正体、バレてんじゃん……」


「そうなの~。結構バレバレで、いつも止めにくる警察官がいるの~」


「で、逮捕されて終わり ? 」


「そう思うでしょ~。でもそうじゃないんだよね~」


『──ぐぉ !? 』


『──うわあああ !? 』


 警官達は、「勇者」が口から噴出した霧状の液体を浴びた途端、バタバタと倒れていく。


「すごいでしょ~。『勇者』様の毒霧は無敵なの~ ! 」


「非のうちどころのない完全なる公務執行妨害を配信して、この『勇者』……トリイさん、大丈夫なの ? 」


 およそ「勇者」らしくない技を披露した男を夕夏はなんとも言えない表情で見つめる。


「大丈夫だよ~。きっと世界を救ったご褒美に軽犯罪は見逃してもらってるんだよ~」


「そんなわけあるか…… ! 」


 画面は「しばらくお待ちください」というテロップとともに、別の静止画に変わる。



「……この配信事故が起きた時用の画像も父さんの会社のストロング系缶酎ハイを持つ『勇者』だし……裏でスポンサー契約でもしてんのかな ? 」


「かもね~。実際『勇者』様の動画が配信された後は売上が変わるらしいよ~」


 興奮気味に言う詩の言葉を聞きながら、夕夏は再びスマホ画面に目を落とした。


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