24缶目 配信者達



「はやくどかないと~轢いちゃうよ~」


 パトカーに備え付けられた拡声器から、その速度とは裏腹の間延びした酉井とりいの声が聞こえた


「石焼き芋販売の車みてえなアナウンスするんじゃねえよ ! 」


 それに対して、車内にはれいの怒号が響く。


「……そこを左に…… ! それからすぐ右へ…… ! 」


 ようやく関係各所に連絡を終えた湖山こやま刑事がナビゲーションに専念し始めた。


「まずいよ ! この先は……ショッピングモール ! 休日だから客もたくさんいるよ ! 」


 零が悲鳴に近い声をあげた。


「ふざけやがって !! ぶっ殺してやる !! 」


 舞由は怒りにたける。


「酉井さん、『聖水』はあと 30 本ですよぉ」


「わかった……。30体まではなんとかなるってことか……」


 この地方都市の地元商店街を生贄に召喚された大型ショッピングモールに近づくにつれて反対車線の車と、モールと逆方向へ走る人波が道路を埋め尽くしていた。


「みんな逃げてるけど……肝心のゾンビの姿がないね ? 」


 サイレンを鳴らすパトカーでも自転車並みの速度でしか進めない中、零がポツリと呟いた。


「……僕たちを迎え撃つつもりかもしれませんねぇ。そのために兵隊を大量に作れる場に向かっていたのかも。そして今は万全の体制で待っているのかもしれませんよぉ」


「警察の応援は ? 」


SAT特殊部隊と、私たちと同じ警察所蔵の『術士』の出動を要請しましたが……まずは県警で当たれと言うことです」


 湖山はさすがに慣れているのか、こんな状況でも冷静に説明した。


「……わかった」


 酉井は休日なのに逃げた車のおかげで空いているショッピングモールの駐車場にパトカーをとめた


「あんたらは先に下りて状況を把握しておいてくれ」


「なんであんたが指示を出してんのよ ! 」


「……わかりました」


 不服そうな舞由を引きずるようにして、湖山達は車外へ出て、残ったのは三人となる。


「……お前はもう引き返すんだ」


――――


うた、どうしたの ? さっきから、落ち着かないけど、ひょっとして、うんこでもしたいの ? 」


夕夏ゆうかちゃん……。女子高生がうんことか言っちゃいけないよ~」


 斎藤 夕夏の部屋で、長い黒髪で大人しそうな細い瞳の酒井 詩は呆れたように、明るい髪で大きいけれど少々つり上がった瞳の幼馴染にツッコミを入れた。


 休日の今日、二人はランチを量も味もイマイチだけれども、お洒落な店で食べて、キャストは豪華だけれども、面白くもない恋愛映画を見て、夕夏の部屋でまったりしていたのだった。


 詩はまたしても、ちらりとスマホの画面を見て意を決したように言う。


「夕夏ちゃんとこのリビングのテレビ、動画配信サイトの動画も見れたよね~ ? お願い ! どうしても見たい……今からしか見れない動画があるの~ ! 」


「え ? ネットの動画なんていつでも見れるんじゃないの ? 」


「生配信なの~ ! 特に今日のは配信済みの動画はエグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員しか見れないの~ ! だから今から見ないとダメなの~ ! 」


 夕夏の細い脚に詩はすがりついた。


「わ、わかったから離れなさい ! 」


「ありがと~ ! エグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員になるなんて高校生の私には無理だから~」


「そんなに会費が高いの ? そのエグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員とかいう小学生が考えたような豪華な英単語を並べただけの会員が ? 」


「うん ! すごいよ~ ! 年会費 100 万だよ~ ! 」


「たっか ! 100 万円って…… ! それは女子高生には無理だね」


「ちがうよ~。円じゃなくて、ドルだよ~」


「100 万ドル !? 一億円以上ってこと !? そんなの女子高生じゃなくても日本国民の 99.9 %には無理だよ ! 」


「だから今見なきゃなの~」


 そう言って詩は夕夏の手を牽いて、勝手知ったる幼馴染の家をリビングへと移動する。


「とりあえず父さんのアカウントでログイン済みだから……えーと、これ ? 『YUSYA HAISHIN』 ? 」


「そうそれ~ ! 世界に向けて配信してるから、英語なの~」


「ローマ字じゃないの ? ……今配信中なのは……」


「映った~ ! 」


 テレビ画面には運転席に座る男と助手席に座る女が映しだされていた。


 カメラの画角から、撮影者は運転席の後ろにいるようだ。


「ん ? 完全な生配信じゃないの ? 顔にボカシが入ってるし、テロップも入ってる」


「きっと生だよ~。この配信の人、テレビ局並みの技術とスタッフを揃えてるらしいの~」


『……お前はもう引き返すんだ』


 「Brave勇者」とテロップが示す男が喋っている。


 世界の視聴者を意識してか、ご丁寧にすぐに英語の字幕までもが出た。


『何言ってんだよ ! 私も戦うよ ! 』


 「Valkyrie戦乙女」とテロップが示す女が反発する。


 二人の顔にはモザイクがかかっていて、その顔までは見えない。


「すごい~ ! 今日は勇者様が出てる~ ! 」


 手を合わせて感激する詩。


「『勇者』に『戦乙女』ねえ……。『勇者』の方は普通のワイシャツだし、『戦乙女』の方はピンクのスエットだし……もう少し衣装、何とかならなかったの。……現在視聴中が二百万人超えてる ? なんでこんな茶番に…… ? 」


 首をひねる夕夏。


『──この街は確かに犯罪率も高いし、ろくでもない野郎も一杯いる。でもここには母さんがいるし、友達もいる ! 私が育った街なんだ ! 別の街で育ったら、きっと今の私じゃなかった ! この街を護ることは、私自身を護ることなんだよ ! 』


「いいこと言うね~『戦乙女』」


『──お前は考え違いをしている。これからゾンビの群れに特攻するだけがこの街を護る戦いじゃない。無事に生き残って、この街で母親を支えて、ちゃんと働いて、結婚してこの街で家庭を持つ……この街で幸せに生きることこそが、この街を護るってことじゃないのか…… ! 』


「ゾンビが敵っていう設定なんだ……。でも『勇者』とかいうふざけた名前つけてる割に結構まともなこと言うんだ」


『──それは……なんだよ。また父親みたいなこと言いやがって……』


「うわ~ ! コメントで勇者様がめちゃくちゃ叩かれてる~ ! 」


「なんでだよ ? ……英語だけど……『がんばれ戦乙女 ! 』『彼女の戦う決意に水をさすな』とか『女性の自立を妨げるのこういう古臭い考えを持つ男だ』的なコメントで溢れてる……」


「『似非フェミニスト ! 』とか~。ひどいね~。フェミニスト団体かな~コメントしたの~」


 そこで突然映像は切り替わった。


 モザイクがかかり、パッと見ただけで詳細は分からないがおそらく日本の住宅だ。


 その空いた玄関の扉から、男女二人が飛び出てきたすぐ後に、腐乱死体が飛び出してくる。


「うわ !? 結構リアルな CG ! 」


「本物だよ~」


「そんなわけあるか ! 」


 画面は水をゾンビにかけて倒した男が「勇者」でかけた水を「聖水」とテロップで説明し、屋根の上を騎馬戦のように馬を組んだゾンビに乗って逃げる者をアップで映して、止まった。


「間もなく『勇者』と『戦乙女』がゾンビの群れに突撃 ! この後すぐ ! ……か。いわゆるモキュメンタリーとかいうフェイクドキュメンタリー風の番組なんだな」


「だから本物だって~。見てよこれ~」


 詩が差し出したスマホの画面には、ぶれてはいるがゾンビと思しきものが映っていた。

「なに、これ ? 」


「今『ゾンビ』で SNS を検索したら出て来たの~。他にもいっぱい写真あるよ~。Y 県 S 市のショッピングモールだって~」


 夕夏は自分のスマホでも検索してみると、同じように写真をアップしているアカウントが大量に見つかった。


「……大がかりなことしてんな。配信に合わせて SNS でこんなこと仕掛けて……」


 夕夏が呆れたように肩をすくめた時、ちょうど配信が再開した。


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