23缶目 復讐者たち
「……俺が運転するから、その間にあんたが車の中で方向の指示と諸々の手配をしてくれ。……あいつを野放しにすると本当にこの地方都市が滅んじまいそうだからな」
返事も待たずにパトカーの運転席へと向かう
ハンドルを握る彼の隣、助手席に
「酉井さん ! 刑事の前だから言わなかったけど、あんたまた酒気帯び無免許運転する気 !? 」
なんとか座りこむ舞由を立たせて、肩を貸しながら歩く
「……こういう話を知っているか ? ある夜、病院に交通事故で重体となった父と子が運ばれてきたんだ。それを見た当直の若い医者が『自分の子だ !? 』と叫んだんだ。違和感があるだろ ? 」
「まだ女医が少なくて、医者は男だっていうのが常識だった時代の叙述トリックだっけ ? 」
「……知ってたのか。まあいい。それと同じだ。俺くらいの年齢の男は当然車の免許を持っているだろうという思い込みが、世間にはある。それを利用して、自信たっぷりに運転すれば、バレはしないというトリックだ」
「そういうのはトリックとは言いませんねぇ。それに酉井さん、さっきあの刑事の目の前で思い切り、ストロング系缶酎ハイを飲んでたじゃありませんか」
ゾンビであった女子高生の死体を仰向けに寝かせて、胸の上に手を組ませて、顔の上にハンカチをかけた『不審者』が二人に遅れて、運転席後ろの後部座席に座った。
「あれはアルコールフリータイプだ」
「『ストロング系』ってアルコール度数 7 %以上のことでしょ ? どこがアルコールフリーなんだよ」
「お前の言う『フリー』は「その物質を含んでいない」という意味の『フリー』だろ ? 俺の言う『フリー』は『制約のない』という意味だ」
「つまり酉井さんの『アルコールフリー』は『俺は誰の制約も受けずに好きな時に好きなだけアルコールを飲むぜ』ってこと ? そんなあんたの飲酒に対する決意表明とは無関係に法律は
「わかったよ。とりあえず 0 %なら良いんだろ。おい ! バッグの 1 番からあれを取り出してくれ」
『不審者』は魔法のドクターバッグを膝の上にのせると、それに備え付けられた小さなダイヤルをカチカチと回して、カバンのがま口を開き、白く小さな直方体を取り出し、運転席の酉井へと手渡す。
「ひひ、どうぞ。……なんだか昔を思い出しますねぇ」
「そうだな……」
「何 ? その消しゴムみたいなの ? 」
酉井はその問いに答えることなく、手にしたストロング系缶酎ハイに記された数字にそれを一心不乱に擦り当てた。
すると不思議なことに缶に印刷された数字の一部が消しゴムに消されたように消えていく。
「こうすれば……よし ! 0 %になった ! 」
「なってねえよ ! 『9 %』の 9 の円以外の部分を消して無理やり 0 にしてんじゃねえよ ! 表示が偽装されただけだろうが ! 『%』とのバランスもおかしすぎるし ! 」
激昂する零の声と同時に、ドアが開いた。
「……今回は不問にします。とにかく南へ向かってください ! 」
まず後部座席真ん中へ舞由が押し込まれ、続いて湖山が乗り込む。
「あいよ」
ベルトに備え付けられた筒の空いた一つにそれを収めながらも、酉井はパトカーを運転する。
けたたましいサイレンと、湖山がそれに負けないくらいの大声でスマホに怒鳴る車の中、舞由だけが静寂だった。
(……まるで通用しなかった……。血反吐を吐くような修練を重ねて鍛えた能力が……。接近戦なら最上級の「術士」相手にもそこそこ戦えるようになってきたのに……。さっきの化け物は
「そんなに落ち込むことありませんよぉ」
(これ以上ないほど「落ち込んでます ! 話しかけんな ! 安易な慰めなんかしたらぶっ殺す ! 」って空気出してる奴に行きやがった ! )
さすがに零は少しばかり空気を読み、心の中で「不審者」に突っ込む。
「さっきのはレトロなゲームで言えば、『物理耐性』が異常に高いモンスターに対して『物理攻撃』しか攻撃方法のない戦士が戦いを挑んだようなものですよぉ。勝てるわけがありませんねぇ。戦士のレベルが 99 ならともかくね」
(励ましになってんの ? これ ? )
「それから、脚の関節部への攻撃を試すべきでしたねぇ。そこは耐性持ちでも構造上、比較的弱い部分でしょうし、倒せずとも行動不能にできる可能性がありましたねぇ」
(なんなの ? この野球をしたこともないプロ野球ファンが語る野球理論を聞かされてる感は ? )
「やめとけ、やめとけ ! そんな一回負けたくらいで、せっかく生き残って成長できるのに
(酉井さん !? あんたも入ってくんのかよ !? 反骨心を煽って、怒りで立ち上がらせるつもりかもしれないけど、そんなのが最近の若者に通用するわけないでしょうが ! )
「……両親 ? 母さんも……父さんも……もういない」
(特大の地雷を踏み抜きやがった── !? )
「殺されたんだ。あのバケモンみたいに常識の枠外にいるような奴に……。誰が諦めるもんか…… ! 復讐を諦めることは私にとって死ぬのと一緒…… ! レベルが足りないなら、99 まで上げてやる ! それでも届かないなら、パーティーでも組んで、何人がかりでもボコボコにしてぶっ殺してやるよ ! 」
凶暴で、復讐に、生きる意欲に満ちた瞳で舞由は顔を上げた。
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