21缶目 Desire to Ruin



「一本どうだ ? 」


「ひひ、いただきますよぉ」


「わ、私ももらおうかな ! なんだか緊張してきたし ! 」


 プシュ、と軽い音がして車内にブドウの濃厚なのに、どこか爽やかな香りが飛び出してきた。


 経験豊富な処女、と少々矛盾した表現が許されるほど、両極端を調和して含んだ匂いの中、れいと『不審者』は酉井とりいとストロング系酎ハイの缶を軽く衝突させあい、ゆっくりと缶を傾ける。


「リロードしておくか……」


 そう言いながら酉井は足元に置いたドクターバッグのがま口のような口を大きく開けて、中からストロング系缶酎ハイを取り出した。


 彼が装着しているベルトは特製で、ちょうど缶酎ハイの缶が収まるサイズの円筒形の革製の筒が並んで備え付けられている。


 まるで西部劇の主人公が弾丸を収めているガンベルトのように。


 そして酉井はバッグから取り出した缶を今しがた空いた筒状の革に収めていく。


「左右、三本ずつしか携帯できないから、こまめに補充しておかないとな」


「酉井さん……思ったんだけど、その缶を入れてるところに『聖水』の瓶を入れたら ? これから『聖水』を使うかもしれないんだし……」


 ピタリ、と酉井の動きが止まり、どのような葛藤が彼の中であったのかはわからないが、左側の三本分のスペースは『聖水』が収まった。


「半分だけ !? 全部『聖水』にしといてよ ! 」


「ひひっ ! いいですねぇ ! そのあえて危険をおかすスタイル ! 痺れますねぇ ! 」


「何を称賛してんのよ ! あんたも危険な目に遭うかもしれないのに ! 」


 酉井の戦闘への不備と、それを楽しむかのような『不審者』に零は激昂する。


「『不審者』は破滅願望持ちだからな……」


 リロードを終えて満足した酉井は再び缶を傾けながら、言った。


「そうですねぇ ! 破滅への恐怖だけが僕を興奮させるんですよぉ ! 」


 たるんだアゴとお腹を震わせて、顔にめり込んだメガネの奥の目がギラリと光った。


「もう色々と破滅してそうだけどね。内臓とかが」


 明らかに不健康そうな体形の青年を見て、零は軽く毒づいた。


「『不審者』のスリルの味わい方はすごいぞ……。この間の配信は震えた……」


「ひひ、酉井さんも見てくださったんですね。ありがとうございます ! 」


「どんな配信なんだよ ? スリルを味わうって、高いビルの屋上で無茶するとか ? 」


 零は一時期、YouTubeで流行した危険な行為の動画を連想したようだ。


「いや、明らかに児童ポルノ法違反の画像をいれたUSBメモリを警官の前で落としてみたり……すでに時効を迎えた事件を能力を使って追って、真の犯人に突撃したり……」


「そんなのを配信してんの ? ようやく時効を迎えてホッとしてる犯罪者にとったら悪魔みたいな奴じゃねえか…… ! そのうち抹殺されんじゃねえの ? 」


「ところが、そうでもないんだ。さっきお前もこいつの能力の便利さを体験しただろ。同じようにこいつの利用価値をわかってる奴らがこいつのケツ持ちをしてるから、よっぽどの奴らじゃないとこいつに手を出せないんだよ」


「どこが破滅願望持ちなんだよ。遊園地のジェットコースターみたいに安全が保障された上でのスリルじゃねえか…… ! 」


 呆れたように溜息を履き出し、空気を吸うかわりに缶の中味を呷る零。


「ひひひ、そう言えば酉井さんにも救助していただいたことがありましたねぇ。あの時の酉井さんの絶対破壊斬りアブソリュート・ブレイクスラッシュには痺れましたねぇ」


 『不審者』は懐かしそうに言った。


「酉井さん……。あんたそんな小学生が考えたような壊すのか斬るのかわからないような技を習得してんの ? 」


「しょうがねえだろ。技名を叫ぶのがこの剣の発動条件なんだから」


 酉井は魔法のドクターバッグの口から、きらびやかな装飾の施された剣を半分だけ取り出して見せた。


「なに ? その勇者が持ってそうな剣は ? 」


「説明書を読んでやるよ。マルヴァド・エスペシアルなドゥラグゥーン・ネグロ級の化け物をヴァリエンテがセィロ・エテノしたのがこのエスパーダ・レジェンダニアだ」


「何なんだよ、その似非えせスペイン語みたいな妙に中学生が好きそうな響きの単語は……。結局意味がわかんねえし……」


「ひひ、その剣の記憶も見せてもらいましたが、すごかったですよぉ。山みたいに大きなモンスターを真っ二つにしてましたから。思わず失禁してしまいましたねぇ。まさしく勇者の剣ですよぉ」


「汚ねえなあ……。でもそれも異世界との取引で入手したんでしょ ? 勇者の剣を何と引き換えにしたの ? 」


「なんだと思う ? 」


「うーん。この世界で勇者の剣に匹敵する武器と言えば……核爆弾とか ? 」


「ちがうな。救荒きゅうこう植物だ」


「救荒植物って、確かサツマイモとかの荒れ地でも育つやつだっけ ? 」


「まあそんなところだ。魔族との戦争中、どういうわけか地面は麦を育てなくなった。そこでどんな荒れ地でも育つような植物が必要だったんだ。そして戦争が終わった後、兵や民衆の腹を満たし、戦う勇気を奮い起させ、人間側を勝利に導いた勇者として賜ったんだ。戦うだけが勇者じゃない。そしてそれは現代にも言えることだ。ちゃんとお米や野菜をつくってくれている農家の人に感謝して食べるんだぞ ! 」


 腕組みをしながら、酉井はさとすように言った。


「最後を無理矢理、良い話にするんじゃねえよ」


「酉井さん、もう一本くださいよぉ」


 『不審者』のリクエストにこたえて、酉井はベルトに収められた缶の一本を彼に渡し、すぐにバッグからストロング系缶酎ハイを取り出して、ベルトに補充した。


「もうバッグから出したの直接渡したらいいじゃん ! 」


「ベルトのは早く飲まないとぬるくなるだろ」


 賑やかな車内だった。


 ふいに運転席から静かな声がした。


「……着きました。ここが当該ナンバーの車を所有する人間の家です」


 運転席の湖山と助手席の舞由が、振り返った。

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