20缶目 戦闘準備



「……被害者は白田寧音はくたしずね、23歳の女性。死後およそ二週間。暴行の形跡あり、二週間前に家族から捜索願が出されてる、か」


 喪服を思わせるような暗いスーツを纏った男は、タバコの煙を吐き出しながら手元の書類を見て、誰に言うでもなく呟いた。


「ここ、禁煙ですよ」


 ぎゅっとタバコの火が見えない手に握り潰された。


「……そういう細かい規則は守るんだよな。お前は……」


 湖山こやまは、昨晩細かくない規則どころか法令を破ったなな 舞由まゆを軽く睨む。


 長い黒髪でパンツスーツの女刑事は、先輩の皮肉を軽く受け流し、これから起こすべき行動について意見を述べようとするが、それは軽い機械音に妨げられた。


「メールの着信音、変えたんですか ? 」


 コンビで捜査することの多い二人。


 自然と相手のスマホの音も記憶していた。


「いや……そんな面倒なことはしてない。こいつはショートメールの音だ」


「なるほどラインはおろかEメールすら使えない年代の女性と連絡を取り合ってるのですね。いくら年上好きとはいえ、限度があると思いますが……」


「『ロビンフット』のコントみたいなことを言うな…………昨日の男からだ !? 」


「内容は !? 」


 事件の手がかりを握っている、と予言能力を持つ者が指定した条件の男、それも彼の示した場所から実際に先ほど検死結果のあがってきた遺体が見つかったとあれば、彼からの連絡に興奮するのも仕方のないことだった。


「……昨晩、スナック金剛に居た者です。この電話番号はあなたが置いていった名刺の画像をスナックのママに送信してもらいました。単刀直入にお願いしますが…………」


「なんですか !? 何を要求してるんです !? あの男は !? 」


 途中で読むのをやめた湖山に、舞由は詰め寄った。


「……文字数制限だ……」


「え !? 」


「ショートメールは70文字までしか送れないんだ ! 」


「なんなんですか !? その不便な機能は !? 」


 ぴろりん、とまた軽い音がした。


 舞由は湖山の手からスマホをひったくる様に奪い取った。


「続きがきた ! ……今ほどは失礼しました(>_<)実は車のナンバーの照会をお願いしたいのです( `ー´)ノこの事件に関わっている人間が乗っています。そのナンバー…………顔文字なんか使って無駄に文字数使うんじゃないわよ !!!!!!!!!!」


 激昂した女刑事は怒りのままにスマホを固い床に叩きつけた。


 ぴろりん。


「……ナンバーは○○ー○○で黒の軽ワゴンか……」


 ひび割れをデコレートされたスマホ画面を見づらそうに湖山はメモを取る。


「ちゃんと弁償してもらうからな…… ! 」


 まるで犯罪者に向けるようなするどい刑事の視線を受けて、彼のスマホ画面を破壊した犯人である舞由は居心地悪そうに目を逸らした。


「あ、佐口刑事 ! 」


 舞由は誤魔化すように、通りかかった若い男に声をかける。


 昨晩、日野と一緒に二人の接待をしてくれた男だが、昨夜、五体もの死体が発見されたことから、さすがに忙しそうに動いていた。


「なんですか ? 今から日野さんと被害者の職場に聞き込みに行くところなんですが……」


 刑事にしては気の弱そうな中肉中背の若い男は、特殊案件だということから指揮権を主張している厄介な女におどおどと対応する。


「このナンバーの車両を照会しておいて ! 割と最優先で ! 」


 舞由は湖山から受け取ったメモを佐山に渡した。


「どこからの情報なんですか ? 」


「……昨日のスナックに居た男よ」


「信用できるんですか ? あの男。七さんを昏倒させたし……日野さんの話だと毎晩あのスナックに通って、仕事だから仕方なく愛想よくしているママを勘違いして口説きまくるだけじゃなく、その娘まで毒牙にかけようとしている犯罪者予備軍だそうですが……」


 それはあのセクハラ親父の自己紹介じゃないの──と言いかけた舞由だが、その前に湖山が口を挟んだ。


「情報の価値とあの男の人間的な価値は別だ。とにかくやっておいてくれ」


 しぶしぶ、というていで男は廊下の先の刑事課の部屋に消えていった。





 昼下がり、少し前にやけに化粧の濃い中年女性が待ち合わせだろうか、彼女より若い男が運転するセダンタイプの車に乗り込んで去っていった以外は利用者のいない公園。


 三人は並んで長いベンチに腰かけていた。


「……沐浴しながら祈りを捧げて、その身体が浸かった水が『聖水』になるとはな……」


 酉井とりいがそう言うと、嫌なことでも思い出したのか、「不審者」は顔を歪めた。



「物の記憶を見るだかなんだか知らないけど、そんな能力を悪用して女の子の裸を覗き見ようとするからバチが当たったんだよ ! 」


 れいの罵声が「不審者」を追撃する。


「ひどい言い様ですねぇ。僕のおかげで重要な情報がわかったというのに……」


 やや憮然とした「不審者」。


 そんな彼をよそに、酉井はドクターバッグからベルトを一本取り出した。


「おや ? ガンベルトですか ? それにしてはホルスターもないし、弾を入れるにしては大きすぎますねぇ」


 分厚い茶色の革製ベルトに同じ種類の革を円筒形に加工したものがいくつも並んでつけられているものだ。


 ベルトに縦に取り付けられている円筒形の部分がもっと小さな直径であれば、そこに拳銃の弾を一発ずつ収めておくのだろうと思われるような形状だった。


「……戦闘に備えて、念のために装備しておこうと思ってな」


 ベルトを腰に巻いた酉井はそのベルトの円筒形の部分に、バッグから取り出したストロング系缶酎ハイを一本ずつ収めていく。


「なるほど。ガンベルトではなく、カンベルトでしたか」


「……それのどこが戦闘準備なの ? つらい現実とでも戦う気 ? そんなアル中御用達ごようたしのベルト、どこに売ってんの ? 」


 零の投げやりなツッコミだけが、さびれた公園に虚しく響いた。


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