19缶目 「不審者」は覗き見る
「……酉井さん、お久しぶりですねぇ」
「不審者」はニヤニヤと笑いながら、ストロング系酎ハイの缶を再び傾けた。
昼下がりの太陽が眩しく銀色の缶をギラつかせるが、そこには何の生命力もない。
ただただ退廃的な輝きであった。
「遠い所をすまなかったな。それにしても相変わらずの『不審者』っぷりだな」
「ひひひ……。ここに来るまでに軽く五回は職務質問を受けましたよ」
「……だろうね。逆に安心するわ。警官があんたみたいなのを見逃さなくて」
誇らしげに胸を張る「不審者」を胡散臭そうに
「……このマイルドヤンキーとガチヤンキーとのゆらぎの中を
妙に詩的な表現で、「不審者」は色々と中途半端な零を問う。
「臨時の助手ってとこだ」
酉井がそう彼女のことを説明すると「不審者」は興味深そうに顔に食い込み気味の眼鏡をわざとらしくかけ直して、零を観察する。
普段の彼女であれば即座にその無遠慮な視線を眼鏡ごと粉砕するところであるが、男が酉井の知り合いである以上、そんなことはできなかった。
「……酉井さん。この人に何の用があんの ? なんか情報でも持ってんの ? 」
「こいつは……情報を持っているわけじゃないが、色々と『見る』ことができるんだ。だから今回はこれを見てもらおうと思ってな」
酉井はドクターバッグから小さな透明のビニールパックを取り出した。
「……髪の毛 ? 」
「昨日のゾンビ女のだ。もし人間がゾンビに変化したのなら、その変化前の足取りを辿れば、何かがわかるかもしれないからな」
「じゃあこの『不審者』は検死官みたいなことができんの ? 」
零は再び疑り深そうに男を見る。
「ひひひ、違いますよぉ。僕は物の記憶を見ることができるんですよぉ」
ねちっこく、男が言った。
「はあ ? 」
「論より証拠だ。まずは報酬のこいつを見てみろ」
酉井はドクターバッグから赤いリボンが巻かれた青い瓶を取り出す。
「それは……」
言いかけた零を目で制して、彼は男に瓶を渡した。
「せっかくだから実況してくれ。こいつにお前の能力を説明する手間も省けるしな」
「ひひ ! わかりましたよぉ ! 」
男は瓶を額に当てると、目を閉じた。
「……白い……大理石の床で……プール……じゃない……広い
ブツブツと男は呟く。
(「物の記憶を見る」ってひょっとして瓶の中の「聖水」の記憶を見てる…… ? だとしたら……祈りを捧げている少女ってリボンのついたおまけの「聖水」製作者のクリスティ ? )
零は先日、酉井の家のテレビに映った
「……修道服を……脱いだ…… !? 」
「おい ! 今すぐ見るのやめろ ! 」
同じ女として許せない何かを感じた彼女は男に走り寄るが、男は零から遠ざかりつつ、実況をやめない。
「……なんて白い肌だ……沐浴して……水に浸かったまま……祈って……彼女の身体から……
実況は零のドロップキックによって強制的に中断となる。
「やめろって言ってんだろうが ! 」
転倒した男に対して、怒鳴る零。
男は恨めしそうに彼女を睨んだ後、おもむろに瓶の蓋を開けた。
そして瓶に口をつけ、一気に飲み下す。
「飲むんじゃねえよ !! 」
零は怒号とともに瓶を蹴り飛ばした。
瓶は放物線を描いて、公園の中央にある噴水へとダイブする。
「ああ……なんてことをするんですかぁ !! 僕が何したって言うんですかぁ…… ! 」
「女の子の浸かったプールの水を飲むような変態的行為を見逃せるわけねえだろうが ! 酉井さん ! こいつ何なの !? 」
酉井に詰め寄る彼女に彼はいたって冷静に説明する。
「……これであいつの能力がよく分かっただろ ? たまに人探しをするときに協力してもらうんだよ。その報酬として異世界の物を渡すんだ。異世界の物の記憶は相当興味深いらしくてな。あいつにこれを見てもらえば、何かわかるはずだ」
そう言って酉井は髪の毛の入ったビニールパックを振ってみせた。
「……捜査には便利な能力かもしれないけど……
ふと零の視界の端に動くものがあった。
「不審者」だ。
こっそりと酉井のドクターバッグへと近づいている。
「……酉井さん、クリスティの『聖水』はまだ残ってる ? 」
「いや、さっきので最後だが」
それを聞いた零は「不審者」を
男が彼女の予想通りの行動を取るなら、自然とそれが罰となるからだ。
(カバンの中の「聖水」はディックとか言うガマガエルの化け物みたいなオッサン司祭が作ったやつしかない。そして作り方がさっきのクリスティのと同じなら……)
男はゆっくりと酉井のバッグから「聖水」を取り出し、蓋をとると急いで飲む。
そして再び残った「聖水」の入った瓶を額に当てて、その記憶を覗き見た。
「ゲボェェエ !! 」
何かが噴出する音を聞いて酉井が振り返ると、そこには目と鼻と口から
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