9缶目 お申込みは魔法陣で


「……それでは今回ご紹介いたしました『聖水』のご購入申込み方法です ! 」。


 テレビ画面がアナを大きく映す。


「……そういえばこれ通販番組だったね。やっぱり電話で注文するのかな ? 異世界から放送してるってていなのに」。


 れいが画面の向こうのエルフの女をいぶかしげに見やる。


「……今回のお取引は『聖水』一本とこちらのコイン五百枚と引き換えです ! さらになんと今なら二十本まとめてお引き換えになられたお客様には聖値セイントバリュー計測器をお付けいたします ! 」。


 アナは聖水の瓶数本とアナログな握力計を思わせる器械きかいが並べられたテーブルを指し示す。


 しかし零はそれよりも彼女が持っているコインに視線を奪われたまま。


「……一円玉…… ? 」。


 アナが人差し指と親指で挟んでいるのはまぎれもなく見慣れた硬貨だ。


「実質一瓶、五百円ってことか。こいつがスーパーで三本は買えるな」。


 酉井とりいがストロング系缶酎ハイの缶を零に軽く掲げてみせる。


「……そう考えると高い……のかな ? それにしてもなんで一円玉なんだろ。五百円玉じゃダメなの ? 」。


 画面にはたわむれに聖値セイントバリュー計測器を人間に向けて使う出演者達。


「……ボブは……六百二十五 ! なかなかね ! 」。


「僕は職業『聖騎士』だからね。当然さ ! 」。


 青年が爽やかに白い歯を見せて笑う。


 その視線はちらちらとアナの胸元をうかがう。


「……すごい ! さすが司祭様 ! 聖値セイントバリューが千を超えていますよ ! 」。


「うひひひ。若い者にはまだまだ負けんぞ」。


 脂ぎったカエルのような顔が愉悦ゆえつに歪む。


「……この『聖値』ってのは『性値』の間違いじゃないの ? 性力をたぎらせてそうな男ほど数値が高いし……」。


 零が先ほど襲い掛かってきた男達のことを思い出したのか、嫌悪感丸出しの顔になる。


 画面の中、新米修道女のクリスティの聖値は二十五だった。


「さて魔法陣の設置も完了したみたいです。今回のお取引用の魔法陣はこちらです ! 皆さま ! メモしてください ! 」。


 テレビは円形の複雑な模様を映し出す。


 それはどこか幾何学的な美しさをも兼ね備えていた。


「……こんな複雑な模様、書き写せるわけないじゃない ! 」。


「……多分慣れてる奴にはテンプレートみたいなのがあるんじゃないか ? 一部分だけ変更すればそのまま使えるようなのが」。


「酉井さん、そんなの持ってるの ? 」。


「まさか ! ここは科学の力に頼らせてもらおう ! 」。


 そう言い放つと同時に酉井はスマホで画面の魔法陣を撮影して、なにやら操作をするとどこからか機械音がしてきた。


「確かに科学の力かもしれないけど……撮影して印刷してるだけだよね ? 」。


 零は呆れたように言った。


「ふふふ……業務用大型プリンターの威力を見せてやる ! 」。


 酉井は機嫌良さそうに部屋を出て行く。


 軽く溜息をついて、零は再びテレビに目をやるとそこには黒い画面が彼女の顔とその後ろに立つ何者かを映していた。


「ヒィッ ! 」。


 短く悲鳴をあげて振り向くと、そこには誰もいない。


 恐る恐る画面を見ると、いる。


 それを繰り返す度、だんだんと後ろの誰かは近くなってくる。


 ガラッ !


 大きな音を立てて、ふすまが開いた。


「……頭を抱えてどうしたんだ ? 」。


「……なんでもないよ……。少し飲みすぎちゃったみたい……」。


 青い顔の零。


 酉井は片手に持った大きな畳ほどの紙をく。


 その上には先ほどの魔法陣が印刷されている。


「……それで、何その小学生が八月三十一日の夜十一時くらいから作り始めた自由研究の作品みたいなのは ? 」。


 酉井の手にはストロング系缶酎ハイの空き缶に長方形の穴を空けただけの貯金箱が握られていた。


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