8缶目 製作者インタビュー



「……ここで特別ゲストの登場です ! 本日ご紹介している特別な『聖水』に祈りを込めてくださった。ディック・オールドリッチ司祭です ! 」。


 エルフの女、アナの紹介に合わせて、脂ぎった壮年の男が画面に入ってきた。


 神父のような黒い服に白いガウンを羽織り、長く赤いストールを首に掛けている。


「司祭様 ! 新米しんまい助祭じょさいのクリスティの十倍もの聖値セイントバリューを出すなんて、素敵すぎます ! その秘訣ひけつは何なのですか !? 」。


 アナのあからさまな世辞せじを満面の笑顔で受け止め、ディックは機嫌良さそうに口を開く。


「まあ歩んできた道の長さが違うからのお。それと……祈りの込め方にコツがあるのじゃ」。


「と言いますと ? 」。


「教会での朝の礼拝よりも前、起きてすぐのワシの祈りを込めるのじゃ」。


 にやりと太ったカエルを思わせる顔が歪んだ。


「重要なのは時間なんですね ! 」。


 アナは相変わらずの作り笑顔。


「そうじゃ。夜の間に祈りが熟成されるからのお。……ところでこの『聖水』は魔をはらう他にも使い道があるのじゃ」。


「ええ !? 本当ですか !? 是非教えてください ! 」。


「これを毎日飲むと健康になるんじゃよ。現にワシは毎日これを飲んで元気そのものじゃ」。


 血液検査を行えば中性脂肪で引っかかりそうな容貌の男は再び笑った。


「……説得力ないなあ」。


 画面の中で大げさに驚いてみせるエルフの女を呆れたように見ながら、れいがぼやいた。


「それでは実際に飲んでみてもらいましょう ! 誰がいいかしら ? クリスティ ! 今日はなんだか顔色が良くないから心配だわ ! あなたが飲んで元気を出して ! 」。


 アナは放送の緊張に耐えきれずに番組当初から顔色の良くない修道女を指名した。


「い、いやいや ! 私は結構です ! お、恐れ多いですから ! 」。


 大きく手を振って恐縮というふうよそおった誰も傷つけない優しい拒絶がこころみられる。


「……クリスティ。『司祭』であるワシの祈りが込められた『聖水』……。飲んでくれるじゃろ ? 」。


 め付けるように下から修道女の顔を見上げる司祭。


 まるでヒキガエルににらまれた蝶であった。


「……なんかとんでもないセクハラとパワハラの合わせ技を公開で見てるみたい」。


「なんで修道女の方はこんなに嫌がるんだろうな ? まるで『聖水』じゃなくてあのオッサンの体液を飲まされるぐらいの悲壮な顔だぞ」。


 酉井とりいは不思議そうな顔。


「このいやらしそうなオッサンだったら混入しててもおかしくなさそうじゃん」。


 零はいろいろと想像してしまったのか、しぶい顔。


 画面の中の修道女は蒼白そうはくのまま覚悟を決めたのか、震える手で『聖水』の瓶を口に近づけていく。


「お味はどう !? クリスティ ! 」。


 アナが作り笑顔ではない満面の笑みで問う。


「……酉井さんが、こいつ結構性格悪いって言ってたの本当だね」。


 呆れたように零が言った。


「……すごくしょっぱ……いえ、何と言うか……性なる……いや聖なる味がします…… 」。


 これ以上ないほど眉間に皺をよせて、クリスティは本来ならば神の権威の執行にでも使われるべき忍耐力を使って感想を述べた。


「……とりあえず飲用は無しだな」。


 酉井は想像してしまった「聖水」の味から舌を清めるかのように、爽やかにライムが描かれたストロング系酎ハイの缶を傾けた。


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