6缶目 実験


「……おいおい ! 本当に大丈夫なんだろうね !? 君とディナーに行く約束をまだ果たしてないのに、その前にゾンビのディナーになるなんてごめんだぜ ! 」。


 爽やかな笑顔の青年が大げさに肩をすくめて、エルフの女に言った。


「あら、そんな約束いつしたかしら ? 心配しなくても大丈夫よ ! この『聖水』の効果を信じなさい ! ……それに実験の結果がどうであれ、あなたとディナーに行くなんてありえないから ! 」。


 画面は笑顔のアナが顔の横に掲げた「聖水」の入った青色の瓶を大きく映す。


「……この男、ガチでエルフを狙ってそうだし、エルフもガチで毛嫌けぎらいしてそうに見えてきた……」。


 れいは先ほどゾンビの扮装をした男がアナに襲い掛かるというこれ以上ない茶番の時、どさくさに紛れて手を彼女の胸元に不法侵入させていたことを聞いてから、二人のやり取りを穿うがった目で見てしまう。


「そうだ……。お前が変われば見えてくる世界も変わる。倒れた女性に対して男が服を脱がせてAEDを使用すればセクハラで訴えられると言われる日本ならばフェミニストどもにショベルカーで轢き殺されてもおかしくない行為。それをあの男がやらかしたという情報がお前の世界を変えたんだ…… ! 」。


 酉井とりいがまるで世界の秘密を解き明かす探索者のような口ぶりで言った後、その手の中のストロング系酎ハイの缶を傾けた。


「そんな大げさなことじゃないでしょ」。


 つられて零もビターなレモン味のストロング系酎ハイの缶に口をつける。


 一歩間違えばえぐみになりかねない柑橘類の苦みを絶妙にからみに仕上げた味とともに、9%のアルコールが再び彼女を鎖から解き放っていく。


(あれ ? これで何本目だっけ ? それほど弱いわけじゃないけど……)。


 テレビ画面の中ではアナが檻に入れられたままの数体のゾンビに「聖水」を振りかけている。


「……あれだけ危険をあおっておいて結局ゾンビを牢屋から出さないんだ……。やっぱり効果に自信がないのかな ? 」。


 零が首をひねる。


「いや……違うな。片付けのためだな」。


「え ? 」。


 「聖水」をかけられた檻の中のゾンビは光に包まれたかと思うと、崩れ落ちた。


 ただの腐った死体となって。


「だから大丈夫だって言ったでしょ ? ボブ。さあ、片付けはあなたの仕事よ ! 」。


 嬉しそうなエルフの女。


「おいおい、参ったな。降参だ」。


 またしても肩をすくめながらも、彼女の言に従ってボブは下に車輪のついた移動式の檻を押して画面からはけていった。


「多分あの『聖水』はゾンビ自体を消滅させるんじゃなくて、死体にりついた悪霊をはらうか、かけられた魔法の効果を消すんだろう。だから使用後は腐乱死体が残る。もし檻から出してたらそんな腐った死体をスタッフが一体ずつ運ばなきゃならないからな」。


「番組をスムーズに進める手順のために檻から出せなかったの ? そうだとしたら本当に生放送みたい……。でも……そんなこと絶対ないと思うけど……万が一この通販番組が本当に異世界からこの世界に向けて放送されているとして……なんで『聖水』を紹介してるんだろ ? 私達の周りにゾンビなんていないのに……」。


「ただのリサーチ不足じゃないか ? 普通の通販番組でも、こんなの誰が買うんだって商品が紹介されることがあるしな。ゴミ箱を思い通りに動かせるラジコンゴミ箱とかあるだろ」。


 酉井は変わらぬ様子で新しいストロング系酎ハイの缶を開けた。


 プシュ、と軽い音とともに広がるライムの香り。


 しかし零はどこか不穏なものを感じ、それを振り払うかのように缶を傾けた。


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