5缶目 Slow speed to death. Fast speed to drunk.



「それではここで実際に『聖水』を使った実験を行ってみましょう ! 」。


 テレビ画面は再びエルフの女を映し出す。


 灰色の石造りの壁と床。


 最初に「聖水」を紹介した場所だ。


 赤いテーブル掛けでかざられた台の上に「聖水」の瓶が数本、鎮座ちんざしている。


「今準備いたしますので、少々お待ちください ! 」。


 そう言うとアナは瓶の側に立ち、修道女のクリスティとスタッフが下に車輪のついた大きな鉄格子の移動式牢屋を押して運んでくるのを見守っている。


 その牢屋の中に収監しゅうかんされているのは、まぎれもなくゾンビ。


 もはや服とは言えないボロ布を身体に巻き付けた数体のゾンビだ。


 鉄格子の隙間から灰色の腐った腕を突き出して、スタッフにつかみかかろうとしている。


「……すげーリアルなんだけど、これCGかな ? 」。


 少しだけ固い表情で、れいつぶやいた。


 画面の中ではアナがスタッフに「噛まれて実験用のゾンビを増やすのはやめてね ! 」と語り掛け、そして起こる不自然な笑い声。


「ん ? 」。


 皆が画面上、向かって左の移動式おりに注目している中、反対側にうごめくものがいた。


 ゾンビだ。


 まだゾンビ化して間もないのか、小ぎれいな服。


 皮膚も灰色だが、腐り落ちてはいない。


 ただ頭が大きく割れて、そこから脳ミソがのぞいていた。


 そして、そいつは拘束されていない。


 そいつは誰の視線にも映らぬまま、ゆっくりとゆっくりとたどたどしい一歩一歩を繰り返して、アナの背中へと近づいていく。


「……誰も気づいてないの ? カメラの人は…… ? 」。


 零の鼓動こどうはゾンビの歩みの遅さとは逆にどんどんと早くなっていく。


「後ろ……。後ろ…… ! 」。


 聞こえるはずもないのに、零は思わず画面の中ですぐそこにある死に気づかずに笑うエルフに呼びかけた。


 意思のない濁った瞳に映っているのは大きく開いたドレスから見えるエルフの背中の肉だけ。


 ついにゾンビが背後から抱き着くように、エルフに襲い掛かった。


 きぬを引き裂くような悲鳴。


「うわ ! 」。


 零も思わず声をあげて顔を背けた。


「……大丈夫だ。見てみろ」。


 酉井の落ち着いた声がしたので、恐る恐る画面を見ると、アナとゾンビが対峙している。


「あれ ? 襲われたんじゃ…… ? 」。


 ゾンビの右手が自らの頭を掴み、そのまま上へと勢いよく引っ張った。


 すると腐った顔が取れて、中から爽やかな笑顔の青年の顔が出て来る。


「もう ! ボブ、驚かさないでよ ! 」。


「ハハハ ! ごめんよ ! でもその『聖水』がちゃんと効かないと今みたいにゾンビに襲われちゃうぜ !? 」。


「万が一の時はあなたが私を守ってくれるんでしょ !? 」。


「ああ、まかせとけよ ! 」。


 自信たっぷりの顔でサムズアップする青年。


「……何この茶番 ? このくだりる ? 」。


 無駄に驚かされた零は不満げな顔。


「……いや、なかなか興味深かったぞ。エルフの胸元を見るんだ」。


「え ? 」。


 零が改めてアナを見ると、彼女はしきりに胸元を気にして片手を胸に当てている。


 それを爽やか笑顔で見つめる青年。


「あの男が後ろから襲い掛かる演技をした時、どさくさにまぎれて片手を思いっきりドレスの胸元に突っ込んだんだ。多分ふたみ……いや三揉みはいってたな。それでドレスの胸元も少し破れたんだ」。


「……とんでもねえセクハラ野郎じゃねえか…… ! なんか爽やかそうな笑顔もエロやかに見えてきた」。


 零は眉間にしわをよせて画面上の男をにらむ。


「なかなかに扇情せんじょう的なリアクションをとってくれてたぞ。それに今の恥ずかしがる仕草もいい……。さすがにネット上ではエルフのことを『エロフ』というだけのことはある」。


 変なところに感心する酉井。


「……酉井さんもこういう男特攻のエロがエンチャントされた女が好きなんだね……」。


 プシュ、と軽い音がした。


 缶に記された「甘くない ! 」と必要以上に刺々とげとげしい吹き出しの上の文字がどういうわけか今の零にはやたら目につく。


 少しだけ目を閉じて、頭を軽く振って、零はゆっくりとストロング系酎ハイの缶をあおった。


 ほろ苦いレモンの味が広がり、甘味とうま味の残響を洗い流して、再び彼女の手をテーブルの上のツマミを向かわせる原動力となる。


「……それでは実験の用意が整ったようです ! 」。


 引きった笑顔のエルフの声が、画面から聞こえた。



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