4缶目 「聖水」使用者インタビュー


 切り替わった画面。


 そこにはロッキングチェアに揺られる若干じゃっかん厚めの化粧をほどこした白髪の老婆が映っていた。


 画面の左側には「Q,あなたが『聖水』を使った時は ? 」のテロップ。


「……一年前に死んだ夫の遺体がゾンビ化したのよ。きっと埋葬前の清めを行った新米のクリスティとかいう修道女が未熟だったんだわ……。息子は冷血な嫁に尻に敷かれて、嫁の実家のある村に引っ越していったし……。私はゾンビが出ても誰も頼る人がいなかった……」。


「……この『嫁』ってひょっとしてさっき映ってた三人家族の奥さんかな ? 」。


 いつの間にか酉井とりいが用意してくれたツマミの唐揚からあげをほお張りながら、れいつぶやくく。


「そんな出演してくれた人の嫁姑問題をさらにあおるようなことはしないだろ。それよりやっぱり唐揚げにはこっちだ。冷凍食品だけどな」。


 酉井はキンキンに冷えたストロング系酎ハイの缶を差し出す。


 輪切りにされたレモン。


 そこから今にも酸っぱい果汁が飛び出して、勝手に唐揚げにかかって「唐揚げにレモンかけない派」が暴れまわるトラブルが起こりそうなほどにリアルなレモンが描かれた缶だ。


 そして「6%」という少しだけ控えめな淑女しゅくじょのようなアルコール度数。


「ちゃんと度数低い奴もあんじゃん。って言ってもビールより高いんだけど……」。


「ふふ、それもこうすれば……」。


 そう言って缶を逆さにする酉井。


「だからそれはもういいって ! 「6%」を逆さにしても「9%」になるわけねえだろ ! 」。


 プシュ、と軽い音。


 冷食れいしょく唐揚げのうま味あふれる油を含んだ柔らかなころもが、よりレモンの爽快な香りを強調していくし、レモンの香りが唐揚げの魅力をさらに押し上げていく。


 たまらずに缶に口をつけ、間を置かずに唐揚げをかじれい


 レモンの酸味が舌の上の舞台となり、冷食唐揚げをどこか上品に演出する。


「……うまい ! 」。


「そうだろ」。


 そんな二人のやり取りに関係なく、画面の中の通販番組はどんどん進行していく。


 「Q,実際に使用した感想は ? 」のテロップ。


「……夫のゾンビが出た時、最初は嫁との話し合いに使おうと思って用意していたハンドアックスを使おうとしたんだけど……できなかった。ゾンビになっても夫は夫だもの。これで頭を叩き割るなんてできないわ」。


 重そうなハンドアックスを掲げてみせる老婆。


「……嫁には使う気だったんだ……」。


 零はドン引き。


「そんな時、買い置きしてあるアイテム箱に『聖水』を置いてあるのを思い出したの。そしてすぐに使ったわ。すると夫は……光に包まれて天に昇っていったの……。最後に『ありがとう』って呟いて…… ! 」。


 感極まって泣き崩れる老婆。


 そして画面にはおなじみの「※個人の感想です」の文字テロップ。


「……なんなの ? この安い人情芝居しばいは ? 」。


 零はあきれたようにひとちるが、そんな辛辣しんらつな意見も画面の向こうには届かない。


 画面はまた切り替わる。


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