第27話
俺はドキドキしていた。
彩子は一足先に俺が指示した教室へ入っていった。
その後ろ姿を目で追うと、膝上10cmの春らしいワンピースに身を包んだ彩子の膝の裏がひらりと舞った。
まだまだ成長過程で高校にも来月入学という年齢ではあるが、真っ白な肌の中をスースーッと横に伸びた濃いめの皺が俺の本能に火をつけた。
濃いめの茶色。
人間の体の中には濃いめの茶色をした部分がいくつかある。
何故なのかはわからないが、男性、いや、特に俺はその濃いめの茶色に過敏に反応する。
あそこも同じ色をしているのだろうか。
俺の皺の色は、俺の敏感な部分の色と酷似している。
俺は、ハッとして頭を振った。
何を考えてるんだ、この妄想ヲタが!
一歩ずつ頭を塾講師のそれへ変換しながら、教室のドアノブに手を掛けた。
「入るぞ」
「はあい」
彩子は、(もおう、遅いよお)という顔をしていた。
「すまん、すまん」(なんで謝まってるんだ、俺。。。)
「先生、なんか、目がエロい」
「ブ、ブワカー。何言ってるんだ、お前」(タジタジだ)
「どこ見てんの」
「ど、どこも見てねえよ」
「ウソっ」と言って、彩子は目をとろんとさせてきた。
「いいよ、先生」
「え」
「ねえ、早くう」と、彩子が体を上下に揺さぶらせた。
む、胸が揺れている!!!
「あ、先生、エッチ」
もうダメだ。。。
俺は彩子の肩を両腕で抱き締めて、少し強引だったが唇を重ねた。
ああ、やっちまったあ。それも、俺の神聖な教室という職場で。
彩子は、されるがままにしていた。最初は強張っていた緊張も次第にフーッと抜けてきた。そして、ゆっくり腕を俺に回してきた。
その途端、俺は我に返って急に彩子を放してしまった。
「ごめん」
「先生」
「た、玉城さんも分かっていると思うけど、生徒との恋愛は御法度だから」
「なんで」
「え?」
「なんで、好きって言えないの」
「そ、それは・・・」
「先生ずるい。こんなことしておいて、何が御法度よ。先生は私のことなんて、全然好きじゃないんでしょ。好きなら好きって言ってよ」
「玉城さん、落ち着こう」
「嫌。もういい。先生なんか大っ嫌い」
彩子はドアをバッと開き、一目散に校舎から出ていった。ひとり俺だけが教室に取り残された。男が一番やっちゃいけないことを一番好きな人にやってしまった。
塾長が、「あれ、玉城さんは?」と言ってきた。もうどうにでもなれと思った。
「塾長、一番してはいけないことをしてしまいました。俺は失格です」
「沢崎先生、、、。ま、しょうがない。。。しょうがない。入りましょう」
俺はどの面下げて職員室へ入れば良いかわからなかった。と、向こうから、
「沢崎先生、今日は麻雀になりました。まずは腹ごしらえで牛丼買ってきます、何にします?」という声が聞こえた。
「ああ、ごめん、俺、ちょっと今日行くところがあるんで。お先に失礼します」
「そうかあ。じゃあ、塾長、今日は寝かせませんよ」
そそくさと校舎を出ると、一台だけ自転車が止まっていた。人影が見えた。彩子だった。彩子は、自転車にうずくまりながら肩を上下にしている。鼻をすする音も聴こえる。
「彩子」
びっくりして彩子が振り向いた。そしてそれが俺だとわかるとひょいっと顔を背けた。
「さっきはごめん」
「な、なんの、ヒック、こと、ヒック?」
「だから、さっきのことさ」
「さっきって、ヒック?」
「俺は彩子が好きだ」
彩子はこちらを振り向いて、またびっくりした顔を見せた。今度のびっくりは希望に満ちたびっくりだった。
「聞こえないんだけど。。。」
「え?」
「き、ヒック、こえな、ヒック、い!」
「バカだなー、何時だと思ってるんだよ」
「関係、ヒック、ないもん」ヒックは落ち着いてきたようだ。
「分かった。今度はよく聞けよ。俺はー!彩子がー!好きだー!」
シーンと静まり返った商店街。酔っ払ったサラリーマンが一人、フィリピン女性と若い兄ちゃんのカップルが一組、《なんだあ》って顔で俺を見た。
「ばっかじゃないの笑」と、今度は彩子がツッコミを入れてきた。
「好きだ、好きだ、好きだ、俺は彩子が好きなんだー」
フィリピン女性が拍手した。つられて兄ちゃんも拍手した。
「もう、バカ。 バカ、バカ、バカ、バカ」って彩子が俺の胸を叩き始めた。嬉しそうだった。まだ泣いている。
「まだ泣いてるのかよ」
「違うよー。これは嬉しくて泣いてるのおー」
俺だって、この先のことを思ったら泣きてえよ。
でも、これで、けじめってやつ? つけてやったぜ。
牛丼が来るまでの間に、職員室では雀卓の準備に講師陣が追われていた。そして、麻雀牌をジャラジャラさせながらパウダーをまぶしていると、外から、『俺はー!彩子がー!好きだー!』だの『好きだ、好きだ、好きだ、俺は彩子が好きなんだー』だのと叫ぶ声が聞こえてきた。そのあとちらほら拍手が聞こえ『もう、バカ。 バカ、バカ、バカ、バカ』と喧嘩が始まったような気配があった。講師陣はまたどっかのアホが酔っ払ってるんだろ程度にしか考えていなかったが、塾長だけはニヤニヤしていた。
牛丼を抱えて戻ってきた講師が、興奮気味に帰ってきた。
「見ーちゃった、見ーちゃったー」
「おう、おかえり。みんな、一個ずつ取って、塾長、ゴチです!」
「よし、じゃ、おっぱじめるか」
ガラガラと麻雀牌を積んで第一局が始まった。
「おい、さっき、見ーちゃった、見ーちゃった、って何?」
「ああ。見ーちゃった、見ーちゃった、沢崎さんちのバカ息子ー」
「え? 沢崎がどうしたって?」
「一線を超えてしまったってことですよ」
「え? じゃ、さっきのバカ騒ぎは、あいつかよ」
三人の雀士が一斉に塾長を見た。塾長はニヤニヤしている。
「塾長、いいんですか、見過ごして」
「あ、それ、ポン」
「ああ!白ポン? 塾長のペースだよコレー」
「あ、それもポン」
「へ?中もポン?ヤッベー」
「ツモ、大三元」
「ちょっと塾長、最初からそれなしでお願いしますよー」
「悪いねー、私は今夜はついてるかなー」
沢崎のことが話題になっても、意に介さない塾長。三人の講師陣(雀士)は、俺たちが何を言ったところで所詮は塾長の意のままかと、頭を切り替えて、役満の痛手を取り戻すことに集中し始めた。結局この麻雀は朝まで続いた。
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